第113話



「だっ、誰が! 誰が豚だとっ!?」


「貴様以外に誰がいる。愚王の愚臣、いっそ豚にも劣るか、ポドンゴよ」


 つばを飛ばして怒鳴り散らす隊長に、ささやくような声でアードランツが答える。

 なにか仕掛けがあるんだろう、誰の声よりもよく響いた。


 つーかさらっと今、隊長の名前が……いいやどうでもいい、そうか、わかったぞ。この場の違和感の正体。

 波の音がしない!

 海に向かって開放された壁、なんなら波しぶきまで見えるくらいなのに、音が完全に遮られてるんだ。

 空間を魔力で制御して、思うままに演出してるんだろう。


 意図こそわからん。

 わからんが……


「カッケェ……!」


「…………」


 なにも言われないと言われないで、俺はさびしいんだぞアリーシャたん。


「おっ、おっ、お前に豚呼ばわりされる筋合いはっ、ないっ! 恩を仇で返すようなやからにっ!」


「恩……? やはり豚か、言葉の使いかたもわからんとは」


「なっ、なっ、なっ」


「豚に恩を受けたことなどない……いいや。ヒトにもだ、人間にもだ。我は復讐などに手を染めようとは思わぬ。だが醜きモノを愛でる趣味もない」


 すう、とまるで幽鬼のように、アードランツが立ち上がる。

 玉座を囲む討伐隊を、土地の気候と真逆の視線で見回した。


「ろくろく友もおらぬくせに、よくもこれだけ集めたものだ……」


「うるさいっ! おっ、お前こそっ、パーティの厄介者だったくせにっ!」


「ああ。我も反省している。豚の前でヒトらしく振る舞いすぎたとな。安んぜよ、今の我は魔王だ」


「ぐぎぎぎっ……! い、いつまで余裕ぶっていられるかなっ! 出てこいっ、槍使いのヤーリー!」


 おうッ、と1人の傭兵が応じ、集団から2歩、3歩と先んじる。

 わかりやすく手にした槍の穂先を、まっすぐアードランツへと向けた。


「おれさまの槍はすべてを貫く! 魔王に成り下がった人間くずれめ、覚悟しろ!」


「……そこの豚と、豚にすら雇われてしまう貴様らのようなモノを、この場所まで通したのは」


「おりゃああ~~~っあああああアアアアアアアアーーーッ!?」


 突きかかった気合いの尾を引いて、槍使いが吹き飛んでいく。

 すさまじい勢いで、遠く遠く海の彼方へ……海面で跳ね、また跳ね、水切りのように何度か繰り返したあと、やがて着水したようだ。

 どよっ、とまた部隊がおののく。

 ふむふむ……


「これだけの数で粗暴に振る舞われれば、せっかく手ずから整えた城が荒らされてしまうやもしれぬ。些事ではあるが、しかし下らぬ」


「おっ、おのれえっ……! 出てこい大剣使いのタイケンっ!」


アアアアーーーッ


「泳げぬモノは見逃してやる、しゃべらず静かに引き返すがよい。沖のクラーケンに捕まると、ずいぶんと素敵なことになるぞ」


「そっ、そんな口上で誰がビビるかっ! ゆくのだ双剣使いのソーケンっ!」


アアアアーーーッ


「自らかかってくることもできぬのか、豚には?」


「だっ、黙れっ、私は隊長だっ! トップが真っ先に戦ってどうする! 私に出番を回すんじゃないぞ大槌使いのハンマっ!」


アアアアーーーッ


「……愚かしい」


 次々に向かっていっては、次々に吹っ飛ばされる傭兵たち。

 少しは気が利く連中が、2人3人で同時にかかったりもしてるが……同じだな。

 弓使いが狙っても、魔法使いが対抗しようとしても。

 まとめて苦もなく、大海原に放り出されている。


「あれは……あのスキルは、いったい……?」


運搬用・・・の魔法使いスキルだな。ごく一般的な」


「運搬用……!?」


 驚くアリーシャに、俺はうなずいた。

 ピンと来ないのも無理はない。

 俺がアレを教えたときと、出力が桁違いになっている。


「物を運ぶのを手伝ったりするときのやつだ。応用すれば、ああいうこともできる。にしても尋常な腕じゃないがな」


「そのスキルは、はい、知っていますが……威力はともかくとしても、ふたりひと組で使うもののはずでは? そこのあたりが魔王、ということでしょうか……?」


「さてな。アリーシャの言う通り、と言いたいところなんだが……」


 ――なにをもってして、魔王は闇なんだ?

 はからずもついこのあいだ、別の魔王にぶつけた問いではあるが……


 アードランツよ。

 勇者と違って、魔王は名乗ったもん勝ちで魔王、というわけじゃない。

 ないんだが……ないんだが、おまえ……

 めちゃめちゃ魔王っぽいじゃあないかッ……!!


「ちっ、ちぐしょおおおおおおおおおっ!?」


 隊長の絶叫が響くころには、部隊の人数はそりゃもう激減していた。

 両手の指で足りるほど……あっ、俺たちより後ろにいた数人が、荷物ほっぽり出して逃げてった。

 残りは俺たちと、隊長足して3人。

 う~ん、さすが寄せ集めだな。宵闇鶏より根性がない。


「あっ、アードランツお前っ……お前ええええっ……!」


「豚に名を呼ばれる筋合いも、お前呼ばわりされる筋合いもない。かつてのよしみだ、我を魔王様と呼ぶことを許そう」


「黙りえええええええっ! 気にいらんっ、気にいらんっ! お前は生きていてはならん存在なのだっ!」


「そう急くな。我は豚にも存在価値を認めているぞ? 貴様のようなモノが息をしていればこそ、我が領土の人口は・・・・・・・・うなぎのぼりだ・・・・・・・。今後とも励むがよい」


「へっ、減らず口もそこまでだっ……!」


「ほう。ならばどうする? 殺しにかかるか? かかれるか?」


「なめおってえええええっ! さあいけっ……!」


 振り返ってようやく、この場に残ってるのが俺たちだけだと、隊長は気づいたようだが。

 そもそもそこで振り返るからなめられるのでは?


「えっ……ええっとっ……! い、いけっ、ええとっ、ええとっ……!」


「うむ?」


「えーっとっ……! なんかがんばって戦うゼルスンとっ! なんか剣が高価たかそうなアリーシャよっ! やつを倒せいっ!」


「認識よ」


「うるさいっ! お前らのことはよく知らんからっ!」


 まあ自己紹介もろくろくせずに参加していたのは確かだが。

 それで加われたというのもすごい。


 ゼルス? とアードランツが小さく笑うのが見えた。


「ふん。モノにしては、なかなか良い名ま……え、だ……?」


 こっちを見ている。

 俺を見ている。

 見えやすいように、隊長の陰から出てやろうか……

 まだ見ている。じっと。

 ……ポーズでも決めてやるか?


「…………」


 スタイリッシュな魔王装束のふところから、アードランツが何かを取り出した。

 ごっつい厚さの黒縁メガネ。

 すちゃっ、と両手でそれを掛け……はて、彼は目が悪かったかな……?


「……!!……」


 レンズ越しに俺と視線が合って。

 アードランツの顔色が変わった。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は12/20、19時ごろの更新です。

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