第112話



 魔王アードランツ討伐隊。

 ここらの沿岸部一帯を占める国が、公に募集して組織された、約50人の集団だ。

 こういうこと自体は珍しくない。

 魔王ゼルス領うちには滅多に来ないけどな。


 ただ、アードランツの討伐は、今回初めて行われるらしい。

 そのへんのことを、部隊の長あたりに詳しく聞くタイミングをうかがってたんだが……


「順調だっ! 順調だっ!」


「ふむ、ふむ」


「やれるぞっ、やれるぞっ、やれるぞっ!」


「ほう、ほう」


「倒すのだっ! ぜったいに倒すのだっ!」


 場所はすでに、岩山を覆うようにして造られている、魔王城の中。

 スキルの光に照らされた広い通路に、でっぷり太った部隊長の声が延々と響き続けている。

 俺のすぐ前をゆく、明らかに特注サイズのぽっちゃりメイルを身につけた男がそれだが……


「順調だっ! すこぶる順調だっ!」


「そうだな。まったくだ。ところで隊長殿」


「おうっ! なんだっ! ゼルスンだったなっ、順調だなっ!」


「そうだな。ところで」


「このままいけば無傷でいける! あのにっくきアードランツの野郎を、ギタギタにしてくれるわっ! なあ! 順調だぞっ!」


「うむ、うむ。ところでそのアードランツは――」


「順調だっ! 順調なのだっ!」


 うわあい、やっぱりすんごいやる気。

 謎のエネルギーがほとばしりすぎて、まったく会話ができていない。

 俺の対人間話術も……まだまだだな……


 いや!

 学べ! これは学ぶチャンスだ!


「このくらいつばをまき散らすほどでなくちゃ、昨今の勇者は務まらんということだな! 熱意だぜ……!」


「いかがなものかと」


「うむ? どうしたアリーシャたん、さっきから隊の後ろのほういて。おなか痛いか?」


「ありがとうございます、健勝です。ゼルスン様、少し……」


 アリーシャはひそひそと声を抑えるのではなく、ぼそぼそと低くこもるようにしゃべっている。

 このほうが会話を聞き取られづらい。

 ぞろぞろ進む討伐隊に知られたくない話か?


「隊長殿は順調とおっしゃっていますが、魔王城の門をくぐってから今まで、魔物に出遭っておりません」


「そうだな。おかげで部隊がまったくの無傷だ」


「これは順調なのでしょうか?」


「そりゃあ……順調だぞ? 少なくとも、俺にとってはな」


 討伐が成功するかどうか、という話であれば知らん。

 俺はそれには興味がない。

 いや、ないというか、なんというかな……

 彼ら・・がアードランツに勝てないことは、もうわかっている。


「勇者ならまだしも、『討伐成功したら国家公認勇者になれるかもしれない』程度のエサで集まった連中じゃ、城の中だろうが外だろうが戦いがはじまった時点で以上終了だろうよ」


「まったくおっしゃる通りですが……逆にまだ、期待してらっしゃるのですね?」


「うん?」


「勇者なら、と……あれほど何人も、御目でがっかり勇者たちを見てこられましたのに」


「そりゃ当たり前だ。俺ごときが、どれほどの経験をしたという? 世の魔王にいろいろいるように、勇者たちにも様々あるだろう」


「見習うべきお考えと思います」


 はは。アリーシャもアレだな、こういうところがきっと人間なんだな。

 マロネと通信が繋がってたら、闇の長としての自覚がうんぬん、とか説教かまされてたところだ。


「それに、アードランツは……あいつはなー。おもしろいやつだからな」


「とおっしゃいますと」


「勇者大好き人間なんだ。俺の弟子の中で、誰よりも強く勇者に憧れていた。かわいかったなー」


 場合によっては、俺よりもずっと強く……

 いや、いっしょにしたらいかんな、アードランツに悪い。

 やつの想いは、勇者になりたい。

 俺のは……よくわからんからな、自分でも。


「魔法使いとして勇者パーティのリーダーになるんだ、っつってなあ。勇んで俺のもとを巣立っていった。珍しいパターンだが、実現したらおもしろいよな」


「……ゼルスン様。この討伐隊の隊長殿ですが」


「おう?」


「アードランツ様の、元パーティメンバーであるとのことです」


 ……ほう?

 あの勢いおデブちゃんが……


「このような形で、国から派遣される部隊としての討伐は初めてのことらしいですが、隊長殿が個人的にあの魔王城へ攻め入ったことは、幾度もあるのだとか」


「ふむ……確かか?」


「うわさの範疇ではあります。事情を直に知る者は部隊におりませんでしたが、情報通と自称する者がまことしやかに。それに……隊長殿の様子を見ていると、あながちでまかせとも思えません」


「そういうものか……」


 てっきり隊長は、魔王討伐に気がはやっているのだとばかり……

 まてよ?

 パーティメンバー、って言ったか……?


「嫌な予感がするな……」


「アードランツ様の優秀さを妬んだか理解できなかった隊長殿が、理不尽なこじつけで勇者パーティからアードランツ様を追放したため、激おこ化していっそ魔王になってやると思い立ったがゆえの現状、というのはわたしの勝手な想像ではありますが」


「嫌な予感をまるっと言語化されてしまった……。ん……?」


 つと、俺は耳を澄ませた。

 なにか聞こえる……いいや、実のところしばらく前から聞こえていた。

 それが徐々に大きく、まわりの人間たちにまで聞き取れるほどになっている。


「なっ……なんだっ……?」


 足を止めた部隊長にもわかったようだ。

 うめき声……とも、笑い声、とも。

 なんともつかない遠い叫びが、通路にも漂う潮の香りにのって地の底から湧き出ているような。


「うっ……うっ、うろたえるなっ!」


 ざわつく傭兵たちを、隊長が一喝した。

 その声もけっこう震えているが。


「こ、こけおどしだ! 我らの陣容におそれをなし、遠くから吠えかかっているだけだ! わはっ、わはははははっ!」


「そうかなあ……」


「しかし油断するなっ、やはり魔物どもはいるぞ! い、いつ襲いかかってくるかわからん、気をつけろ! 全隊、前へ! 急げっ、なおかつゆっくり進めっ!」


「人間は器用だなあ……」


「こらそこぉ!? やかましいぞゼルスン、いちいち文句言うな! 黙って歩けっ!」


 やべやべ。つい、人間はとか言っちった。

 隊長の言う通り、気をつけないとなあ……

 ……しかし……


「この城……なんか……」


「いかがなさいましたか、ゼルスン様」


「うむ、いや……」


「今回は隊長殿の言う通り、確かに魔物の気配は遠いかと。おどしの意味するところはわかりませんが……」


「おどしとは少し違うな。演出・・だろ」


「演出?」


 この城の主にもわかってるってことだ。

 討伐隊など、自分の相手にはならないと。


「ふ~~~む……」


 薄暗い通路。

 壁にかかった松明……そう、部隊がスキルの灯りで照らしてはいるが、それがなければ松明が唯一の光源だ。逆に言えば、それが用意されてはいる。

 さらによくよく見れば……遠く高い天井に刻まれた、なんらかの悪魔を象ったらしい紋様。


「なあ……アリーシャたん。この城……」


「はい」


「良くね?」


「……はい?」


 魔王がいたぞおー! という声が響いたので、それ以上の応答はできなかった。

 通路の先、城のおそらくいちばん奥になるんだろう。

 獅子のこうべを模した巨大な扉が、自動的に中心から分かたれて、内向きに開いてゆく。

 部隊のそこかしこから、オォとどよめきが上がった。いきなり気圧されてどうする……


「でもなんか……イイな……!」


「ゼルスン様……?」


 薄暗かった通路に光が差す。

 いわゆる謁見の間であるらしいそこは、右側一面の壁がなかった。

 よく凪いだ、青い青い海がどこまでも広がる――いきなりのどかな景色だが、しかし、なんだ?

 なにかおかしいぞ……?


「いぃいいっ、いたぞっ! 魔王だああーっ!!」


 隊長の雄叫びが教える通り。

 海面の反射光に満ちあふれた広間に、ただひとつぽつんと据えられた小高い玉座。

 男が1人、長い足を組んで腰かけている。


 枯れ木のような細身、加えて座っていてもわかるほどの長身。

 怜悧な表情に冷めた知性をたたえ、なだれこむ部隊をじっと見つめている。

 その薄いくちびるが、かすかに動いた。


「ようこそ……飼われた豚に従えられし、哀れでいびつなモノどもよ」


 ……確かに。

 声まで含めて、確かにおまえだ。

 なにも変わっていないな、アードランツ!

 ていうか!


「セリフ……めっちゃそれっぽい……!」


「魔王様……」


 魔王って言っちゃダメだってばアリーシャたん。



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お読みくださり、ありがとうございます。


次は12/15、19時ごろの更新です。

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