第109話



「まあ冗談はともかくとして」


「マロネは冗談なんてひとことも言ってませんが? 思ってませんが?」


「勇者の存在を、単なる脅威としか認識していない……そんな魔王ばかりだったから、俺もある意味のんびりしていられたが」


「ませんが?」


 正確に言えば、「勇者は脅威だが自分だけは負けない」と考えている魔王、だな。

 マジで魔王はそんなやつばっかだ。

 だからこそ、これほどの量的な差がある状況で、魔族と人間が形ばかりでも均衡してきたんだが……


「このままほっとくとまずい、と考える魔王が今後も出てくるとなると……うまくないな」


「ラグラドヴァリエは2人組の勇者に倒された、ってうわさも広まっちゃいましたしね」


「あれはあのままでいいぞ? めんどくさいからな、俺の名前が出ると」


「心得てます。アリーシャたんのほうはできるだけ謎にして、テミっちに魔界のお尋ね者になってもらうよう、うわさを追い打ちしていきますよ」


「頼む」


 テミティにこのことを話したら、望むところだと言ってくれた。

 もともとの性格かもしれないが……なりゆきとはいえ、アリーシャと戦場をともにして、テミティにも思うところができたのかもしれない。


 そう。そうだ。

 アリーシャ……アリーシャなあ。


「手元に置きすぎかなあ……」


「なにがです?」


「アリーシャはもう、そこらの勇者なぞ比較にならない……巣立っていった元弟子たちと比べても、まるで見劣りしなくなってきた。……いや、それどころか……」


「ラグラドヴァリエの遠距離攻撃をしのぎきったんですから、そりゃあ、ねえ、はい」


「ひとかわむけたよな」


「今はもう勝てる気しないですねえ」


「ははは。じゃあアリーシャが俺の前に立つときは、マロネが先に戦ってくれるわけだ?」


 マロネは数秒、口をつぐんだ。

 微笑は消さず、しかし何事か考えを巡らせている。


「……アリーシャたんには、今しばらくゼルス様の教えを受けさせていただければ、とは思いますね。アリーシャたんがどうこうじゃなくて、マロネの個人的希望ですけど」


「ほう」


「このまま巣立たれると、どっかでとんでもない化けかたされて……対策を思いつけない可能性があるので」


 ……ほ~……

 勝てる気がしない、というのは冗談だろうが。

 本気でアリーシャの腕を認めはじめている……つまり将来的には、冗談ではなくなる可能性が高い、ということか。


 こういうところだ。

 人間のすばらしさ。

 俺もマロネも、どれほど生きたとて、今より見違えるほど強く成長することなどない。

 勇気を持つことも。

 きっと、ない。


「命乞いの練習でもしとくか……」


「マロネそーゆーのうまいですよ!」


「うそこけ。おまえは謝ることで相手を逆上させるタイプだ」


「そんなことないですし!? 闇の精霊族に受け継がれし伝統のドゲザ作法もありますし!」


「おまえのドゲザはイールギットゆずりだろうが!」


「ああああんなやつのきったないドゲザ、参考にしたこともないですしい!」


「しろとも言わんが」


 きゃんきゃん吠えるマロネの向こう、謁見の間の通路に人影が現れた。

 うわさをすれば、か。


「おはよう、アリーシャ。体力のほうは戻ったか?」


「おはようございます。ずいぶん良いと思います」


「ラグラドヴァリエとあれだけ戦ったんだ。魔力にも瘴気にもてられてるだろう、無理はするなよ」


「はい。ですが、わたしよりも無理を通す御方が」


「うん?」


「起床したときから、テミティ様の姿が見えません」


 顔を見合わせる俺とマロネに、アリーシャが畳まれた紙片を差し出した。


「荷物もなく、ベッドの上にこのような物だけが置いてありました」


「……手紙か?」


「そのようです。夜のうちに旅立たれたものかと」


「地精操作だな。言いたいことはあるかマロネよ?」


 ゼルス様だってゼルス様だってっ、とじたばたするマロネの顔面を握りこみながら、アリーシャにうなずく。


「開けてみてくれ」


「はい。……ドワーフの文字ですね」


「読めるか?」


「少しでしたら。……ですが、ええと……これは? 意味が合っているものかどうか……?」


「はは、テミティのことだからな。手紙でも言葉足らずなのは知ってる。なんて書いてあるんだ?」


「はい。『アードランツを倒しに行く』、と読めます」


 ぴく、

 と、俺の手の中でマロネが反応した。


 俺も同じく腕の力をゆるめ、頭の中で反芻する。

 アードランツ、

 を、

 倒しに行く……?


「……どういう……ことだ?」


「魔王の名でしょうか? アードランツ、聞き覚えはありませんが」


「その名は知っている」


「左様ですか」


「元弟子の名だ」


「……え?」


 立ち上がり、俺は空に目を向けた。

 今日も変わらず、どこまでも青いが……


 テミティよ。

 おまえの見ているどこか遠くで、いったい何が起きている?

 元弟子が。

 元弟子を倒しに行くだと?


「マロネ」


「御意」


 即座に姿を消した右腕が、そう時間をかけずに情報を持ってくるだろう。

 しかし。

 ……だからな。

 何度も言ってるだろ。

 テミティ・バドミ・ドワーフ!


「もうちょっと、いろいろ……わかるように、こう……! ああもう」


 愛いやつめ!



**********



第三部完結です。

お読みくださり、ありがとうございました。

今回もおまけがございます。

今話と同時に更新しておりますので、

よろしければそちらもお楽しみください。


次回更新は、11/1を予定しております。

その際に、近況報告も更新させていただく予定です。

しばらく間が空くことになりますが、

今後ともゼルスたちをよろしくお願いいたします。


(2021/10/31追記)

次回更新予定を12/1に変更とさせていただきます。

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