おまけ



「なるほど……」


 ラリアディ王国、その王城。

 豪奢でありながら剛健にしつらえられた大広間で、セオリナ・ラン・カロッド・ラリアディは片ひざをついていた。


 正面の玉座。

 厳めしい顔つきを崩さない父王を、まっすぐに見つめる。


 ――半年前までは、そんなことすらも容易にはできなかった。

 自分はなにひとつ期待されていないのだと。

 そのことに気づかないふりをする、それだけで本当に必死だった。

 今は違う。


「ロームンの報告と合致するな」


「はい」


「余としても、うかつであったわ……あのユグスめが、そのような魔の手先だったとは。信用などしておらなんだが、疑いもしていなかった」


「御身に近づけてしまったこと、このセオリナ一生の不覚です」


「よい。それより、任を解かれたいと言ったな?」


 はい、と答えつつ、視線を下げてしまいそうになる。

 胸の中の気持ちを、いまだ説明できない。

 考えをそのままぶつければいいのだと、ここへ来るまでは勢いこんでいたが……

 いざこの父王を前にすると、やはり怖じ気づいてしまう。


(いいや……実の父だぞ。なにも恐れることなどない)


 あの魔王たちとは違うのだ。

 セオリナのことを、羽虫ほどにも認識していなかったラグラドヴァリエや。

 近くにいながらにして、あの強大な力をつゆほども感じさせなかったゼルスとは。


「恐れ多くも、我が王から賜りし第3勇者隊隊長の責務ではありますが、このたび――」


「形式はよい。頭の中を聞かせろ、セオリナ」


「……はい。……私は、……まがい物であります」


「…………」


「第9王女。王族たる才覚も、勇者たる資質もなし。もともと落ちこぼれであったのみならず、かりそめの栄誉に手もなく飛びついた、愚か者であります」


 セオリナ姫様、と王のかたわらに控える側近が口を挟む。


「なんという申されようか。あなた様は、偉大なる陛下の血を引いておられるのですぞ。そのようにご自分を卑下なさることは、陛下のご威光をも曇らせることに――」


「よい」


「……陛下?」


「続けろ、セオリナ」


 セオリナは、薄く自嘲的に笑み、床に置いたアルリオンを一瞥した。


「聖剣をもらったから勇者だ、だの。武功を立てたから英雄だ、だの。踊らされるべくして踊らされ、救われた気持ちにすらなっておりました。私は……私のやるべきことを、いちどたりとも考えようといたしませんでした」


「何をやるべきだというのだ?」


「まだわかりません。私は、私が何者か、わかっていないからです」


「ほう……」


「隊長の任から離れ、1兵卒として、なにもかも経験し直したく思います。もういちど剣と向き合って、父上の娘ということとも向き合って……その上で、何を為すべきか。この人生を賭して考えたいと思っています」


 じろ、と王の視線がセオリナを貫く。

 かつては、恐ろしくもわずらわしく、怯えながらも苛立いらだっていた父のこの眼が――今となっては、頼もしくてしかたがない。


 自分の愚かさを見抜いてくれていた。

 ならば、賢くなったなら。もしも気高くなったなら。

 きっと気づいてくれるに違いない。

 見ていてくれるに、違いない。


「……まだ勘違いしておる」


「!」


「セオリナよ。第3勇者隊はおまえの『力』だ。離れることはならん。成長したいなら、隊とともに成長しろ」


「父上……」


「なぜ勇者たる者がおらんのに、勇者隊と名乗ることをゆるしたか。それがわからんなら、立場を変えたとて同じことよ」


 勇気は1人で手に入れなければならないものではないからだ。

 セオリナは、すぐにうなずくことができた。


 抱えて産まれてくるものではない。誰かに与えられるものでもない。

 逆に、抱えて産まれたならそれは幸運だ。誰かに与えられたなら2人分の勇気だ。

 1人で手に入れたっていい。

 けれどセオリナには、第3勇者隊がいる。


「しかと心得ました」


「うむ……だが、わかっていような? 隊を率いるのならば、為すべきことがわからないなどという自侭じままな理屈は通らぬぞ」


「はい。うそはつけません、為すべきことはじっくりさがしますが……やりたいことならば、あります」


「なんだ?」


「戦いたい魔王がいます」


「龍魔王ラグラドヴァリエは、滅んだようだぞ」


「はい。私は……やつを倒したのは、別の魔王ではないかと考えているのです」


「魔王ゼルスとやらか」


「はい」


 ふふふ、と王が笑った。

 彼の笑顔など、ついぞセオリナの記憶にもないというのに。


「確かに聞く限り、なかなかおもしろい魔王だ……ふふふふ、元2等兵の魔王か」


「はい」


「そやつを相手取るなら、第3勇者隊が小隊のままでは、おそらく話にならんぞ。人の資質もあるが、単純な数だ。大隊でも足りるかどうか」


「……第1勇者隊の兄上は、大佐のお立場になられたとか」


「ああ。あれには連隊をまかせておる」


「ならば、私は将軍になります」


 ひよっこの姫君が何を言うのか。

 国内で過保護に戦ってばかりのくせに。


 そういうまわりの視線を受け止め、その上でセオリナは父を見つめた。


「第3勇者隊を、第3勇者師団とし……かの魔王を討伐してみせます」


「…………。おい、大臣よ。あれを」


 近くの壁にかかっていた剣を取り寄せ、王がセオリナにそれを差し出した。


「これをもて、セオリナ。12聖剣がひとつだ」


「! ……なんと……!」


「これはひいき・・・だ。我が不出来な娘であるがゆえのな。しなくともよいことだ。だが、今のおまえなら、これを手にしようとも揺らぐことはあるまい。そう判断したからこそだ。少しでも早く成長する道具としろ」


「ありがたき幸せ! ……ですが、父上。重ねてお願いがございます。このまま宝帯剣を、アルリオンを使い続けることをお赦しください」


「なに……?」


「私は、アルリオンで……、いえ。アルリオンが良いんです」


 愛剣を手に取り、セオリナは立ち上がった。

 鞘の中で、きっとわずかに明滅してくれているだろう、苦労の剣。

 いまだ、その声を聞くことはできていないけれど。


「必ずや……この剣を持たせて良かったと。父上に言わせてみせます」


 あの魔王にも、きっと。


 胸の内でも、そう言い切ってから――

 急激に不安になり、セオリナは結局目を伏せた。


「こ……これも勘違い、でしょうか?」


「勘違いだな」


「う……」


「よい。正しき道が必ず通ずるとは限らん」


「……!」


「誤った旅が必ず惑うわけでもない。征く者の眼が、おまえの眼がいているかどうか。それが肝要だ……。ふふ……余も会うてみたいな、魔王ゼルスとやらに」


「父上……?」


「さぞかし見惚れる闇なのであろう。おまえが両眼を見開くほどの」


「……はい!」


「下がってよいぞ」


 一礼してきびすを返し、セオリナは歩き出した。

 やるべきことはたくさんある。

 不死隊の名をかなぐり捨てて。

 あの不名誉・・・な称号に未練などない……しかし――


 こわい。

 荷が重い。

 逃げ出したい。

 それでも。


「だからこそ……戦うぞ……!」


 まずは、かつて所属した冒険者たちに、できる限り連絡を取らなければ。

 特に、そう――いつかまた会えるだろうか?

 あの頑丈すぎるドワーフと。

 無表情すぎる女剣士に。



**********



第三部のおまけでありました。

お読みくださり、ありがとうございます。


次回更新は、11/1を予定しております。


(2021/10/31追記)

次回更新予定を12/1に変更とさせていただきます。

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