第108話
「――というわけで、分断が起こった様子ですね」
久方ぶりの我が居城にて。
マロネの報告を聞きながら、俺は謁見の間の玉座深くに身を沈めた。
「あんまりいい選択じゃなかったかもなー……」
「どうしてです? 何の前触れもなく
「おまえそんなにドラゴンきらいだったの?」
「攻めこんできやがったんですもん攻めこんできやがったんですもん!」
「まあ、そうだけども」
「でっかい闇がひとつ消えたんですから、人間的にも万々歳でしょ~? 難しいことはよくわかんないですけど、ゼルス様の狙い通りなんじゃないですか?」
確かにな。
ラグラドヴァリエを失ったことで、やつの配下の生き残りはおろか、他の龍族魔王の動きもにぶくなるだろう。
それは俺にとっても、都合の悪いことじゃない……
しかしなるほど。
頭が潰れると、残った部分がどれほどの混乱に至るものか。
そこについての想像も、まだまだ及んでいなかったな。
後釜狙って、きったはったの大騒ぎか……
「浅ましいねえ……」
「まったくですねえ」
「俺もうかうか死ぬわけにいかんなあ。あとのわやくちゃぶりを思うと……」
「むっ。何をおっしゃいますやら! ゼルス様の部下はみな忠臣中の忠臣! ラグラドヴァリエ領みたいなことなんて起きるはずもありません! 忠臣中の忠臣に輪をかけた忠臣たるマロネが保証いたしますとも!」
「もし俺が死んだら、マロネまずどうする?」
「ゼルス様の私物にぜんぶマロネの名前書きます」
「私利私欲と書いて忠臣と読むとは知らなんだ」
グラスの酒を、ちびりと口に含む。
今回のこと、いろいろな新しい経験ができて、楽しかったんだが……
さすがに少しばかり疲れたな。
ラグラドヴァリエと似た考えを持つ魔王が、ほかにもいないとは限らない。
いや……いるだろうな、たぶん。
それに結局、あいつが勇者という存在を利用して、何をしようとしていたのかははっきりわからなかった。
ユグスがやってたことは、本命じゃなかったっぽいし……う~む……?
「ま……テミティたちに何事もなかったし、それがいちばんだがな」
「テミっちは快復も順調なようです」
「そうか。さすがにけっこう参ってたみたいだもんな……鎧ごしとはいえ、魔王の攻撃を受け続けたんだから。まったくムチャする子だ! あとで甘やかしてやらねば……」
「ゆーて昨日、お城の工房使って、新しい鎧完成させてましたけどね」
「マジかー」
「つーかあれやばいっスよ。裏返しのミスリルなんて、マロネも伝承でしか聞いたことないです」
俺も実物は初めて見た。
というか、目の前で堂々と着て歩き回られてたのに、そうと気づきもしなかった。
テミティは「自分の腕がまだ拙い証拠」とかなんとか言ってたが……
「その伝承通りだとすれば、あれ……精度が上がってきたら、デモゴルゴンの魔光すら吸収して撃ち返す、とか聞いたんだが」
「術者も関係ないとかいいますよ。地獄の火山って魔力帯びてるじゃないですか、あの噴火も吸収して噴火し返すんだとか」
「火山とケンカできる鎧かよ、どうなってんだよ」
「実は下のほうの魔物から苦情が来てました、加工中の工房に近寄るだけでスライム蒸発するからやめてほしいって」
「もうテロじゃん」
テロティじゃん。
「ゼルス様が手出ししなくても、ラグラドヴァリエに勝ててたかもしれないですねえ」
「そうだな。……五体満足で、かどうかはわからないが」
「そんなにやばかったです?」
「マロネはどう思った?」
む、とマロネがくちびるを尖らせた。
小さな胸をそらし、それでいてこっちをまっすぐ見ずに、小さく鼻を鳴らす。
「このマロネが、ほんとにやばいと思う相手なら……ゼルス様を直接相対させるなんて、絶対ゆるしてません」
「ほう」
「まずはマロネが当たって、多少なりとも弱らせます。この命を賭けて。そうしない場合、つまりは値しないということです」
「……
「……あれは」
にい、とマロネがそっぽを向いたまま笑う。
テミティの得意とする地精操作。
かつて、この謁見の間まで彼女を侵入させたのも、いまだ脅威に値せずとマロネが見切ったから――
「ガチで気づきませんでした……」
ではなかった。
「おまえ今日から1週間トイレ掃除な」
「ゼルス様だって気づかなかったじゃないですか! ゼルス様だって!! 気づかなかったじゃないですか!!!」
「俺は魔王だからいいの」
「ハアアアアア魔王がスルーしたほうがダメでしょ!? ゼルス様もトイレ掃除! マロネといっしょにトイレ掃除!!」
「おーわかったよテメこのやってやんよ!? 俺様が本気出したらどんだけキレイになるか、思い知らせてやらあ!」
「やった~トイレ掃除デートいえ~~~い!!」
それそんなうれしい?
魔王と闇精霊がそろってトイレ掃除だぞ。我ながらどんな売り言葉と買い言葉だよ。
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次は10/10、19時ごろの更新です。
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