第107話



『バカな……!! わらわの、わらわの眷属が、全滅……!?』


「そうでもないぞ」


 柱の残骸に腰を下ろして、俺はラグラドヴァリエを見上げた。

 こいつ、ああ……アレか。

 ワイヴァーンに、なにか、地獄方面の血が混ざってるのか。

 魔界由来だけじゃない力があっての、突然変異種みたいだな。


 ちょっと予想が外れた……

 てっきりワイヴァーンてなウソで、龍母神ティアマトだろうと踏んでたんだが。

 そうじゃないとなると。ふむ。


「お前の手下、けっこうぱらぱら、城から逃げてったのもいる。統率方法は恐怖政治か? そーゆーの、いざというとき案外もろいぜ」


『やかましい!! なんだ貴様は!? なんっ……な、なんなのだ!?』


「落ち着け」


『落ち着けるか!! こ、これほどの……これほどの屈辱。このラグラドヴァリエが、屈辱を受けたのだぞ……!!』


「しかも、どういう種類の屈辱かわからない?」


『それだ!! うるさいわ!! 和むな!! もうよい、もうどうでもよい、ともかくも今ここで貴様を殺す!!』


「それで得か?」


『あ!?』


「なにがお前の、いちばんの得だ? ラグラドヴァリエよ」


 俺は視線を巡らせた。

 ……空が見えない広間は、落ち着かないな。

 世界と繋がっている気がしない。


 人間たちの……

 勇者たちの住む世界と。

 常に前を向いている、光の根差す世界と。


「この世は闇が多すぎる。そう思わんか?」


『なにをほざく……!? 貴様も闇であろうが!』


「そうだ。そのはずだ。お前もそう言ってくれるか」


『ふざけるなよ貴様……!』


「なにをもってして、魔王は闇なんだ?」


 首からぶら下げた『勇者』の札。

 それを持っていれば勇者、というわけではないように。


「なにがどうだから、俺たちは闇なんだ? ラグラドヴァリエ」


『魔族であるからに決まっておろうが!!』


「俺の考えと違うな。俺は、光があるからだと思う」


『ぁあ……!?』


人間ひかりがあるから、我々が闇なんだ。世界はしょせん、バランスを取っているに過ぎん。人間がいなければ、我々が存在する意味もない」


『そんなわけがなかろうが!? 貴様なにが言いたい!!』


「1等賞の闇になりたいんだろ? お前は」


 お山のガキ大将と、基本は同じだ。


「この世界の最大になりたい。天秤に乗るほうじゃなく、天秤になりたい。ま、その発想はけっこう闇だ」


『…………。それが魔王であろうが』


「やりかただけ似てるんだよ、俺とお前は」


『なにい……?』


「この世界、実にヘタクソなんだな、バランスの取りかたが。だから闇が多すぎる、魔王の数が増えすぎる。お前が1等賞になりたくて他の魔王を殺すなら、俺は大歓迎だ、じゃんじゃんやればいい。俺は俺で、似たようなことをやる」


『貴様……やはり勇者を育てて野に放っておるな!!』


「なかなか思惑通りにはいってくれないんだけどな」


 人間の中にも、闇があるみたいだから。

 俺やラグラドヴァリエが知らないような。


「なあ、ラグラドヴァリエよ。アリーシャとテミティを追わないでくれないか?」


『……ほう……!?』


「お前の考えは俺にも利益がある。俺の弟子には手を出さず、今まで通り好きにやれ。そうすりゃ弟子にも、ラグラドヴァリエを倒すのは俺のちょっと前にしろ、って伝えておくよ」


『なんだ、貴様……? 弟子に自分を倒せと言うておるのか!?』


「そうだが?」


『っほほほほ、きょほほほほほほ!! なんだ貴様は! 正真正銘の阿呆か、魔人にも出来損ないがおったものよ!』


「光は輝きかたを求める」


『ほほほほ……! ……?……』


「求めることができる。光にはいろいろある。闇は闇だ。ただ在るだけだし、それだけでいい。蠢きかたなど、模索しても意味がない。むなしい……」


 ラグラドヴァリエよ。

 いや。

 世のすべての魔王たちよ。


「俺とお前は同じだ。闇らしくわだかまって、出しゃばろうとする暗がりをもっと昏いところに引きずり込んでりゃ、それでいいんじゃないのか?」


『おとなしく、人間に倒されるのを待てとでも言うのか……!?』


「……どう思う? どうだろう?」


『どう……!?』


「倒せると思うか? 俺やお前を。アリーシャたち賢いだろ、ここでお前を倒そうとしたら命を捨ててかからなきゃならないと見切ったんだぜ!! そしたら俺が困るんだ、またあのレベルの弟子たちを育てるところからになる! 倒してもらえる日が遠のく!」


『貴様……なにを言って……!?』


「あの子たちはそれもわかってるんだ、だから今日は逃げた! 2人だと死ぬ可能性があるからな、でも4、5人になったらもう逃げてくれないぜ!! お前が何やってもボコボコにされるだろうよ、いやどうだろう!? どう思う!?」


『…………!!』


「人間はすごいだろ!? 勇者はすごいだろ!! どこまでだって成長していくぞ!! そしていつか、俺たちには絶対に手に入れられないものを心に宿すんだ!!」


 勇気を。


「それを見せに来てくれるんだ!!」


 討伐によって。


「なあ!?」


『……魔王ゼルスよ』


「ああ!」


『貴様、狂っておるぞ』


「いいや。俺はまだまだだ」


『……チッ……』


「確かな勇気を胸に抱き、そして敗れてくれた者を、俺は殺せなかった。こんなだからダメなんだ、闇は多いだけで強くない。もっとしっかりしなくては」


『わらわなら殺すぞ? 躊躇なくな』


「お前は俺より弱い。光の本質をわかってないどころか、闇が光を覆えるとでも思ってるんだろう? そこを改めろ」


『改めて、わらわに何の得がある?』


「この場で俺に殺されずにすむだろ」


 ラグラドヴァリエの翼が展開した。

 空間そのものが、パリパリと帯電する。

 行き場を失った魔力同士がぶつかり合ってるな……

 すさまじいエネルギーだ。


 まあ、裏を返せば。

 それだけ無駄が多いってことなんだが。


「この城をうろつきながら、いろいろと見た・・・・・・・。人間向けにあれこれ企んでるみたいだが、すべて破棄して魔王どもを倒せ。お前にメリットがないわけじゃないだろ?」


『今だけそれに従ってやろう。目の前の魔王を倒すことでな』


「その発想はなかった」


『死ぬがよい』


 すべての翼が鳴動し、龍の力が轟然と放たれた。

 同時に、そこらに転がっていた珠が変形し、巨大な錐となって俺を貫く。

 もともと荒れ放題だった宮殿をさらに破壊し、蹂躙していく。


 掃除が大変そうだ。

 なるほど龍族1位、それは疑いようもなさそうだな。

 俺の力に無駄があったら、危なかったかもしれない。


『……な、にい……!?』


「魔王はなにをもって闇かと……さっきお前に訊いたが」


『貴様、それはっ……その瘴気の密度は!! なんだッ!!』


「俺が自分で答えるなら、正解ではないにせよ瘴気これを挙げる」


 俺の姿がぼやけて見えているかな、ラグラドヴァリエには。

 全身にまとう黒の奔流。

 どこから湧き出たとも、いつ果てるともわからない、この漆黒のために。


 穢れ。

 精気。

 常闇の吐息。

 魔の泉の意思持つ死毒。

 いろいろと言い表される瘴気だが、魔王なら、いいや強力な魔族なら、誰もがその身に宿している。

 人間、エルフ、ドワーフの別なく、闇に属さない生き物にとっては、必ず毒だ。


 逆に、闇の者同士の争いでは、まず問題になることはない……

 この俺を除いては。


「ごたいそうな名前をつけるほどじゃないが、<獄皇崩鎧ゲヘナシュラウド>とでも言っておこうか」


『それほどの……量……み、見たこともない。我が……我がとて……!』


「昂ぶると抑えられなくなってしまうし、今は抑えるつもりもない。よくぞ密度を見切ったな。やはりお前はそれなりの闇だ」


『何者だ……何者だ魔王ゼルス!?』


「そんなことより、これからそっちに歩いていくが、逃げ回る以外にやりようがあるか?」


『……!!』


 弟子たちにも、まだ見せたことはない。

 彼らは初見で止めてくれるだろうか?

 我が闇を切り裂くほどの光を、しっかりその身に宿してきてくれるだろうか?


 ……いや。ああ。そうか。

 元弟子は……イールギットあの子はヒントを持っているな。そうか。

 これは楽しみだ。俄然、楽しみだ。


「お前の攻撃は何も通用しない。俺に届く前にすべて瘴気が喰らう。及ばないのはスピードだけだが、知っての通り瘴気は滞留するし拡散もする。時間の問題だ」


『……そうなれば……密度が薄くもなろう……!!』


「その通り。そこに賭けるか? お前は便利そうだから、殺したくないんだがな」


『ほ……ほほ、ほほほほっ……このラグラドヴァリエが、小間使いにでも見えるか。この、屈辱……きょほほほほほっ……このような屈辱なら……!』


 ぐりん、とラグラドヴァリエが伸びた首を巡らせる。

 闇を宿した美しい両眼に、新たななにかを映そうと……

 しているように、見えたんだが。


『知っているぞ。これならば』


「……なに?」


魔王がために・・・・・・死なんことを・・・・・・


「……!! ……お前が……」


 お前が、その言葉を口にするのか。

 龍族1位が。

 ラグラドヴァリエが……。


 本当に、闇が多すぎるな。


「面倒なことだ」


『きょほほほほほほほっ!!』


 すべての魔力をまき散らしながら、飛龍魔王が突進してくる。

 俺はただ1歩ずつ、前へと踏み出す。


 激突した瞬間、どちらの闇が光と化すのかは……

 ラグラドヴァリエも、きっと知っていた。



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お読みくださり、ありがとうございます。


次は10/5、19時ごろの更新です。

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