第106話



 下着姿になってしまったテミティ様に、ありもののマントを巻きつけます。

 第3勇者隊の装備です。


「感謝」


「いえいえ。…………」


「どうした」


 ……こんな状況でさえなければ……

 見た目にはまるで、おめかし遊びをする幼子おさなごのようで……

 魔王様のいをおともに、心ゆくまで鑑賞したいところですけれども。


「それにしても……途中からなんとなく、テミティ様の狙わんとするところだけは察していましたが。裏返しのミスリル、とは? 普通のミスリル鎧ではありませんよね?」


「ミスリルなことは、ミスリル。弾かず取り込む」


「……敵の攻撃を? そんなことが……」


「極めて特殊な製法。造れたとて、普通は板」


「鎧の形に加工するのが難しい、ということですか。確かに想像もつきません。いったいどちらの名工が……」


「がんばった」


「がんばりましたか。左様でございますか」


 いかなドワーフが鋳造に長けた種族だとて、テミティ様お手製だなどと誰が思うでしょう。

 何者ですか本当に。


「ドワーフのお姫様であらせられますし、あのラグラドヴァリエを倒してしまわれますし。異様な密度ですねテミティ様」


「甘いな。意外と。アリーシャたんは」


「たん……、甘い、ですか?」


「勝ちきれたものではない。あの程度で。あの飛龍魔王に」


「……!……」


 思わず背後を振り返ります。

 テミティ様の1撃で、大きくすり鉢状にえぐられた宮殿。

 その底に潰れて倒れているソレからは、何の気配も伝わってきませんが……


 確かに。なるほど。

 今のこの感じ・・は、倒せた気分とも違うものですね。


「今のうちに、トドメを……?」


「やめておけ。命を賭けることになる、我々も。この戦場はそれに値しない。いまだ秘めたるものもありそうだがな、そのガルマガルミアには」


「……はい」


「披露したいか? 今ここで。闇の精霊の目があるやもしれぬ中で」


 やはりいらしているのですか、マロネ様も。

 となれば話は早いですね。


「では」


「ああ。脱出」


「はい。テミティ様は、いかように?」


「どこからでも出られる。地精操作で。入ってくるのには苦労させられたが」


「地精、操作……」


「対策がされていなければ、もぐれる。地面だろうが岩盤だろうが。この城はザル」


「なんと……」


「魔王ゼルスの城もザル」


「なんと」


 得心いたしました。

 それで、あのとき……最初にお会いしたとき、誰にも気づかれずに謁見の間まで侵入してこられたのですね。

 こんなチートな御方、改めて初めて見ました。


「では、テミティ様はお早く。わたしは姫様をさがして、連れ出して参ります」


「見ていたぞ。哀れな女だ、あれも。死なせてやるのも情ではないか?」


「……おっしゃる通りかもしれません。ただ、一宿一飯の恩義がございますので」


「ふむ……。ならば同じか、わたくしも。付き合おう」


「助かります」


 テミティ様とともに、龍の宮殿を駆け出す瞬間。

 ほんのひと呼吸だけ振り返り、わたしはそっと、下唇を噛みました。


 わたしでは……まだ届きません。

 ラグラドヴァリエが倒せないでいて、どうしてアレが倒せましょうか。

 かの魔王のすさまじさは、わたしが――今現在は――最も身近で、感じているところ。

 まだまだ、倒せません。


 もっと精進しなければ。

 もっと、もっと。……ずっと……




**********




 ゴゴゴゴ、と重い魔力が渦巻いている。

 俺がここに来たときには、もうそうなっていた。

 耳が痛くなるほど、空気そのものが震えているな。


 震源地は、言うまでもない。

 なんだかすごいことになっている、ラグラドヴァリエだ。


『逃げられるとでも……思うておるのか……!!』


 ごき、ぼき、と骨が砕け、またつながる音。

 もともとの長身がさらに伸び、体表が碧いウロコに美しく覆われてゆく。

 翼もなにやら増えていって、今や5対、6対……


 う~ん。派手だなー。

 俺もこういうことやったほうがいいのかな。


『こざかしい、下等生物どもが……! このラグラドヴァリエを本気にさせたこと、後悔させてくれるわ。ゆるさん……ゆるさんぞおおおおおおおおおお!!』


 ドオオオ、と空間の魔力濃度が急上昇する。

 氷がきしむような音を立てて、あちこちに色とりどりの珠が出現した。

 エネルギーが固まって物質化したのか。

 何の意味があるのかはわからんが、オシャレだなー。


『うまく利用してやろうと思うたが、もうよいわ。勇者など、いつでもどうにでもなる……わらわをなめくさった報い、その魂魄に刻んでくれようぞ! 親兄弟まで八つ裂きだ、ほほ、きょほほほほほ……!!』


 ふーむ。

 そいつは困るな……


『……その前に』


 む――


 ラグラドヴァリエの目元が光ったと思った瞬間。

 俺が身を潜めていた金色の円柱が爆散した。


 おいおい。

 大した威力だが、ただでさえこのでっかい部屋、柱少ないだろ。

 平気か? 天井落ちてきたりしないか?


『隠れてこそこそ盗み見おって……! ずいぶんいい度胸だ、逃げ出さぬとはな! 出てこい!? あのドワーフかアリーシャめの連れであろうが!』


「まあ、そうだけど」


『……! ほお……』


 粉塵の向こうで、ラグラドヴァリエがこっちに体の向きを変える。

 忙しいやつだな。

 逃げたこと怒ったり、逃げてないこと怒ったり。


『今のを受けて無傷か……ふん。いちいち面倒なやつらよ、忌々しい』


「先にちょっかいかけてきたのはそっちじゃないか」


『なんだと? 我が配下のまぬけな作戦に勝手に引っかかったのは、あの――……』


 ラグラドヴァリエが言葉を切る。

 粉塵が晴れ、俺と目が合ったからだろう。


 両腕を地面と水平に伸ばし、

 足は直立、きれいにそろえたまま、

 堂々と胸を張るこの俺と。


『な……』


「こうやれば小鳥がとまってくれるよ、という人間のアドバイスを忠実に実行してたら100年くらい過ぎてて地域の偶像と化してしまったサンドゴーレム!!」


 今回の沈黙は長かった。

 時が止まったのかとすら思った。

 さすがの俺も、時間を操るすべなどは、身につけていないんだが……


『……き……さま』


「いや、考えてみたら、魔王に対してはやってみせたことないな~と思って。俺のこのモンスターモノマネギャグ。どう?」


『ゼルス……魔王ゼルス!! どういうことだ!?』


「ゴーレムってなぜか小鳥好きじゃない?」


『黙れ阿呆!! いつからだ!? いつから紛れておった!? なぜわらわがっ……側近の者どもが気づかなかった!!』


 そりゃあ、まあ。


「お前が気づかなかったのは、なんでか知らんが……それだけアリーシャたちに夢中になってたんじゃないか?」


『なにを……!』


「他のドラゴンどもは、気づいてないわけじゃなかったぞ。うちのマロネを追っかけて集まってきたからな」


『……!! まさか……まさか貴様』


 ユグスはやっぱり、ラグラドヴァリエの部下の中じゃ下っ端だったみたいだな。

 あやつは四天王で最弱、とでもいったところか。

 その後のほうが手間で、時間かかっちまったよ。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は9/30、19時ごろの更新です。

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