第105話



 ……わたしを?

 守るために?


 そうですか……?

 これは本当にそうでしょうか?

 わたしがいっしゅん、勝手に勘違いしただけなのでは?

 いえしかし、そうでなければ、攻撃をわざわざ引き寄せたりなど……


 パーティの前衛を張る装甲戦士にとって、魔力誘引は防壁展開と並んで重要な技術です。

 特にテミティ様は、物理的なサイズがなかなかにドワーフですので。

 第3勇者隊に所属されていたときも、きっと魔力誘引で大いにご活躍なさったことでしょう。


 それはよろしいとして、今?

 普通に立っていても当たりまくるでしょうラグラドヴァリエの攻撃を、魔力の流れを操ってまで自分に引き寄せて……


 そうしたい、から?


 これをこそ狙っていたから。

 だから、遠距離攻撃を……誘っていた?

 ……いえ、そんなわけはありませんか。

 意味がわかりませんし。メリットも、なにも。


「きょほほほほほほほほ!!」


 ラグラドヴァリエの機嫌も、それは良くなるというものでしょう。


「なにを企んでおるのかと思うたら! 美談!? 美談というやつか!? かわいらしくて涙が出てくるのう!」


「くっ……」


「しかし美談とは、どちらかが生き残ってこそ! このままでは貴様もアリーシャも、2人とも消し炭になってしまうぞ!? さあどうするのかのう! かわいいドワーフに、ここから何ができるのかのう!」


 などと言いつつ、何もさせないつもりなのでしょう。

 ラグラドヴァリエの攻撃は、まるで終わる気配も見せません。


 明らかに、対人間軍隊・・用のスキル……

 集となれば人間が最強となる、そう評したのはうそではないようです。

 その力が今、テミティ様だけに。

 この状況……わたしにできることは、いったい――


「……!」


 テミティ様の鎧が、変色している……?

 何百、何千の光弾が直撃し、ミスリル製の鎧がどす黒く……

 これは。

 いけません。


「なんとか……しなければ……!」


 どうやって?

 この弾雨をかわして、ラグラドヴァリエにもう1撃……

 できますか?

 テミティ様の防御力を100とするならば、わたしは2とか、1とか、それ以下かと思われますが?


 やります。

 できるかどうかではない。

 やらねば。

 なぜなら――


「わたしは、勇者ですから」


「その通り」


 今度のテミティ様の声は、どうしてかはっきり耳に届きました。

 ぐぐ、と。

 テミティ様の鎧の背中が、大きくなったように感じます。

 そんなことは、あるはずもないのに。


「そしてそれは」


「テミティ様……?」


「わたくしも同じ」


 ぶんっ


 と鋭く投げ上げられたハンマーが、宮殿の天井をうがち、突き刺さりました。

 こわすぎます。

 いえ、今はそれよりも。


「む……!?」


 眉をひそめるラグラドヴァリエに、テミティ様が向かっていきます。

 歩いて。

 早歩きで。

 ついには走って。

 相変わらずの攻撃の中を、黒く波打つ鎧でまっすぐに。


「テミティ様っ……くっ!」


 テミティ様から離れたことで、わたしのほうにも光弾が来ます。

 ガルマガルミアで斬り払い、それでもテミティ様に続こうと――思えば、できましたが。

 そうはするな、と。

 背中で語られているような気がしました。


「……チッ……」


 ラグラドヴァリエにも油断はないようです。

 攻撃がいよいよ苛烈さを増しています。

 テミティ様が、無意味な特攻などなさるはずはないと……そう考えているのでしょうか?


 本当に、やつが勇者を甘く見ていないのなら。

 次に来るのは……


「そちらから近づいてくれるなら、楽なものよ!」


 ラグラドヴァリエの右手に光が宿ります。

 群攻術ではない、対単体スキル。

 しまった。

 わかっていたのに、反応が送れました。

 斬撃わたしが役立てるなら今だというのに!


「テミティ様ッ――」


 ガアンッ!!


 光の杭とでもいうべきスキルが、正面からテミティ様を撃ちます。

 ふわりと、彼女の小さな両足が、宙に浮くほどの衝撃。

 どれほどの威力か、こちらにまで伝わって……


 ……いえ?


「なに……?」


 ラグラドヴァリエが両目を見開きます。

 彼女も気づいたのでしょう。

 わたしも今、ようやくわかりました。


 テミティ様の鎧が。

 ミスリルが。

 攻撃を弾いていません・・・・


 極めて硬質なミスリル銀。

 魔力を跳ね返し、スキル攻撃に対して非常に強いはずのそれが。

 ラグラドヴァリエの光弾や光線を、表面で……受け止め、

 いえ、

 吸収している?


「まさか……貴様っ!?」


「”裏返しのミスリル”」


 ラグラドヴァリエが動きを見せます。

 させません。

 届け、ガルマガルミア。


「<不滅の道アタナシアロード>!」


 飛んだ剣線が、ラグラドヴァリエの広げかけた翼を打ちます。

 このスキル、距離があればあるほど、威力は落ちてしまいますが……

 今は、それでじゅうぶん。


 テミティ様はもう、ラグラドヴァリエの足もとです。


「返すぞ。術を」


「待っ――」


「<魔銀咆哮ミスリルズフォール>」


 黒く染まったミスリル鎧から、白い光がほとばしり――

 たっぷりためこんだラグラドヴァ・・・・・・リエの・・・攻撃力・・・を、ひと息に解放しました。


 大爆発。


 に次ぐ大爆発。

 に重なる大爆発……

 どこまでも連鎖する光と轟音が、ラグラドヴァリエの悲鳴をかき消します。


 わたしも見事に吹き飛ばされました。

 どうにか足から着地して……、しかし、これは。

 まさか。

 自爆技……!?


「テミティ様……!」


 顔を上げると、宮殿がえぐれています。

 すり鉢状にうがたれて、柱も何本もなぎ倒されて。

 ラグラドヴァリエの自慢なのでしょう宝珠も、すべてが割れ砕け……もはや無事なものは、ひとつとしてありません。

 しかし、テミティ様も。ああ。

 もしも同じ状態なのであれば。


「テミティ様!!」


「お……っの、れえええ……!!」


 ガレキの中から、長身の女が立ち上がります。

 焦げ、すすけ、ずたぼろの装い。

 ドレスが跡形もなく吹き飛んで、裸身があらわになっています。


 ――切りかえろ。

 切りかえ、なさい、アリーシャ。

 ここで倒しきっておかなければ。

 テミティ様がどうであれ、今は切りかえて、今は、今だけはやつを――


「ゆるさんぞニンゲンどもっ……!!」


 それはこちらの、


「セリフだ」


 え。


 上空から聞こえた端的な声に、わたしはマヌケにも見上げてしまいました。

 ラグラドヴァリエから目線を切って。

 ガルマガルミアをハンパに構えて。


 ドワーフの女性が落ちてきます。

 ハンマーを手にして――天井にぶちこんだやつです――まっすぐに、ラグラドヴァリエの頭上へ。

 ……短距離……

 短距離転移。

 そういえば、確かにあなた、してましたね。


「貴様ッ――」


「ぬん」


 ズガアアアアアアアアアアアアンンンン……ッ!!


 幾重にも響いた轟音は、この城のすみずみまで届いたことでしょう。

 大地震もかくやという縦揺れに、あやうくわたしも転びそうになりましたが。


 それでも、はっきりと見ました。

 巨大なハンマーが、ラグラドヴァリエの顔面にめりこむところを。

 ……テミティ様。


「御見事です」


 さすがは、姉弟子。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は9/25、19時ごろの更新です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る