第100話
「なっ……にい!? う、うぐぎっ……う、う、動かん、じゃと……!?」
ギシィ、と尾に全力をかたむけているユグスをよそに。
ゼルスンはようやく首をめぐらせ、呆然としているセオリナを見つめた。
「どうなんだ? セオリナ」
「え……あ、え……? な、何が、起きてるんだ……? どうしてゼルスンが……?」
「ま、それはいいじゃないか、今は。覚えてるか? テミティっつって、こ~んなちっちゃい、でも切れ長の目したかわいい子。テミティ・バドミ・ドワーフ」
「あ、ああ……お、覚えては、いる……」
「あいつも部隊から追い出したんだろ? どうしてだ? 俺はその理由を知るために、セオリナの部隊に入ったんだ」
「ど……どうしてって。そんな前のこと……い、いや、今はそもそも……!」
「いいから。大丈夫だから。思い出してくれ」
咆哮が響き渡る。
尾をゼルスンに止められたまま、ユグスの肉体が変貌していた。
メキメキと音を立てて筋肉が盛り上がる。
血臭がこもらないよう高めに造られている地下の天井に、頭が届かんばかりの巨大な龍魔族と化した。
「ゴフゥーーー……!! このダークドラゴン、ユグスゾロニエ様を無視するとは。マヌケもそこまでいくと笑えんぞゼルスン!」
「そうか。次は大ウケとれるようにがんばる。で、どうなんだセオリナ?」
「無視するなと言うとろうに!?」
「うるさいなあ。じゃあお前がかわりに答えろよ、どうなんだユグス?」
「お、お前じゃとお……!? ふんっ、答えるまでもなかろうが! 要はちやほやされたいだけじゃ、
「仮にも勇者なんだから、ちやほやされるんじゃないのか?」
「おおとも、ちやほやされたぞ、ワシがそばについてからはな。それでも決して、こいつの兄弟姉妹を超える手柄は立てさせずにおいたんじゃ。第3勇者隊にしか居場所がないように……無条件で自分を信じぬ者、愛さぬ者はすぐ追放するようにのう」
「テミティは、セオリナを信じなかったのか」
「あのドワーフ娘か。厄介じゃったわい。アリーシャほどカンが鋭くはなかったが、何を考えとるのかまったく理解できんで……」
「わかる~」
「セオリナの戦術の不備を真っ向から指摘してくれたゆえ、追い出すのは簡単じゃったがのう。ま、あやつはワシの好みでもなかったし……」
「どういう意味だ? テミティかわいいだろよ」
「ククク。第3勇者隊の冒険者枠は、いわばワシ用のオーディションステージよ!」
変貌したユグスの口に並んだ牙を、じゅる、とよだれまみれの舌がなぞった。
老爺の面影をわずかに残す目尻が、ゆかいげに細められる。
「頭の悪くて肉付きのよい女が好みじゃ、プライドが高ければなおよろしい。ワシの目にかなう女冒険者がセオリナに追い出されたら……あとでおいしく、いただかせてもらっとったわ」
「魔族らしいな」
「ふん、やかましいわい! ワシも必死なんじゃぞ、好みの女などなかなか来んからのう! 男なぞ片っ端から追い出して、回転率を上げて……そういう意味ではアリーシャは惜しかった。実にええ体をしておった! ああラグラドヴァリエ様、どうにか半殺し程度でおさめてくださらぬものか。さすればあとは、ワシが引き受けるものを……」
「ほお……」
しかし、とユグスが笑みを消し、セオリナを見た。
「ゼルスン、貴様の言う通りでもある。こんな魔族らしい話を聞かされたら、ふつう、勇者は怒るじゃろ? 激高するじゃろ? 信仰する神の名に誓い必ずや滅ぼしてやるとか怖いこと言ってくるじゃろ?」
「まあ、そうだな。ぜひ言ってほしいな」
「ここに第3勇者隊がおれば、セオリナも言うたかもしれん。じゃが、今は? クククク、言わんのじゃなあこれが」
「ふむ……」
「ゼルスン、ワシのしっぽを見切ってびくとも動かん貴様も、やはりただ者ではない。勇者に憧れて独り修行したくちか? こんなセオリナ姫様を見てどう思う?」
「どうとも思わない」
「……なんじゃあ?」
ぱ、と肥大化したユグスの尾を放し、ゼルスンはセオリナに顔を向けた。
「セオリナが勇者なら、この程度の状況は危機でもなんでもないだろ? 今はそれより、テミティのことを知りたいんだ。今の話は事実か?」
「…………ち……ち、がう……」
「違うのか?」
「ちがう、ちがうちがうちがう、ちがうちがうちがう!! わ、私は、そういうっ……そういう勇者じゃないだけだ!」
「あ、そっち? え、そーゆー勇者ってなに?」
「わ、私は、皆の憧れなんだ!! 民を慈しみ、部下を1人も死なせない、真の勇者なんだ!!」
「ほう」
「いま、だ、第3勇者隊が、私の大事な部隊が……ユグスの幻覚にかかって、人質になってしまっている!」
ぴく、とゼルスンの眉が動いた。
無論気づかず、セオリナは必死の形相で続ける。
「だから、だから立ち向かえないっ……私が敵わないわけじゃない!!」
「ふむ……?」
「魔王とだって、本当は戦えた! 国内の魔物を狩るだけじゃなく、ま、魔王城に攻めこんだって、私は良かったんだ! 私は! だけど、部隊に犠牲が出るからっ……私は不死隊の名を守るべく、無理をしなかったんだ! ゼルスンを除隊したのも、き、きみを死なせないためだ! な!? 私はそう言ったな!? な!?」
くふふふふ、とユグスが愉しげに笑った。
龍の姿をとっても、妙に人間じみている。
「よいのう、よいのう。姫様のおかわいらしい~ところじゃ。見栄っ張りで、からっぽで、頭が悪うて、プライドばかり高い……いい~メスに育ってくれたわい」
「だ、黙れ……! 貴様など、ほ、本当ならっ……!」
「その仮定の話に何の意味がある? 姫がここでどうさえずろうと、勇者隊は来んし、魔王様のもとへも行けん。死ぬまでワシの慰みものとして、無様に生きる未来しかなかろうに?」
「うるさい……! うるさい……!!」
「お前は
「ちがうううううううっううぅ、うう、っうーーーッ……!!」
「勇者隊なら無事だぞ」
ころん、と無造作に転がされたようなゼルスンの言葉を。
セオリナはもちろん、ユグスも受け止め損ねたようだった。
数秒、ふしぎな沈黙が落ちる。
「……え……?」
「アリーシャとセオリナが転移させられたあと、カメレオンドラゴンは倒しておいた。部隊は、まあ、どういう幻覚を見てるんだか、ひたすら洞窟内を駆け足しながら行軍歌うたい続けてたから、とりあえずほっといてきたけど」
「そ……み……みんな、ぶ……無事……?」
「ああ。騎士ロームンも、みんなだ。セオリナを縛るものは何もない」
「あ……」
「ついでにいうと、魔王には会いに行く必要すらない」
「え?」
「俺が魔王だからだ」
今度こそ、いかなる言葉もなく。
ただただ立ち尽くすセオリナの前で、魔王が自らをビッと親指で示した。
「ラグラドヴァリエが龍の魔王なら、この俺は元2等兵の魔王。魔王ゼルスでありますよ、姫様」
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お読みくださり、ありがとうございます。
次は8/30、19時ごろの更新です。
ご愛読くださる皆様方のおかげで、この作品を100話まで掲載することができました。
まことにありがとうございます。
今後ともゼルスたちを、ついでにねぎさんしょ作品をよろしくお願い申し上げます。
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