第101話



「な、なんじゃあ……!? 元2等兵の魔王、じゃと!? ふ、ふふ、ふわっはっはっはっはっ! 笑わせおってこやつめ!」


 両目を見開いて固まってしまったセオリナをよそに、ユグスがせきこむように笑った。


「何をほざくかと思うたら! ずいぶんと設定を練ってきたのう、まったく最近の人間は! 魔王ゼルス!? 聞いたこともないわい!」


「……お前、ユグス……ラグラドヴァリエに、ぜんぜん信頼されてないだろ」


「ッ!? な、なっ、なななな何をぬかすか!? ワシはなあ、それはそれは長いことラグラドヴァリエ様にお仕えして!」


「長いだけなんじゃないのか? ま、第3勇者隊に潜伏してた、ってこともあるのかもしれんが……つい最近、御大将みずから牽制に来た相手の名前、腹心の部下に伝えてないわけないだろうからな」


「な、なんじゃとお……!?」


「さてセオリナ。どうする?」


 体の正面を姫勇者に向け、魔王ゼルスが静かに問う。


「部隊は無事。目の前に魔王。セオリナが勇者なら、さあ、どうするんだ?」


「待てい、貴様! 本当に魔王なら、こ、このラグラドヴァリエ様の城で何をしておる!?」


「なんてまあ、イジワルしたいわけじゃないけどな。セオリナが勇者とは呼べないことは、俺にもなんとなくわかってた。いくつか根拠もあるんだけども」


「おのれ侵入者め! 者どもであえであえ!! 無謀な魔王が攻めこんできておるぞ!!」


「まずその剣の――」


「さっさと排除してラグラドヴァリエ様への忠誠を示してくれるわ!! 死ねいゼルスン――」


「<獄壊暴槍ゲヘナグングニル>」


 ズドン!!


 という炸裂音と同時、ユグスの巨体が吹き飛んだ。

 余波で地下牢の壁が砕かれ、城全体が鳴動し、天井からぱらぱらと砂や小石が落ちてくる。

 セオリナの耳の奥で、キーンと音が鳴り――


 気づいたときには、ただ見上げていた。

 いつのまにかへたりこんでしまった姿勢で。

 目の前に立つ、圧倒的な男を。


「……ま、<獄壊暴槍ゲヘナグングニル>を使えたのは、よかったことにするか」


 なにやらぶつぶつ言っていたらしい彼の声が、ようやく鼓膜に響いてくる。


「最近この技、効いたことなかったもんな。使う相手が相手すぎて。ほんとは強いんだぞ。すごいんだぞ。まあラグラドヴァリエにもたぶん効かないけど……」


「ゴハッ……!?」


 今度は、せきこむようなではなく、せきこんだ声。

 胸のまんなかに風穴を開けられたユグスが、震えながらもまだ顔を上げ、ゼルスをにらんだ。


「き……っ貴様、ごふ、い、いったい……!?」


「いったいも何も。自分は確かに、お願い申し上げたはずですぞ、ユグス殿?」


「な、な……!?」


「アリーシャをよろしくお頼みする、ってな。見事に約束を破ってくれた。その上、あの子の体を狙ってただと……? 貴様初めて、俺を怒らせてくれたな」


「ごぶっ、ごはっ……! く、ぐ、ぐそおおおおおおお……!!」


「このゼルスの前でチョーシぶっこいた代償は――」


「死ねええええええええ!!」


「受けてもらうぞ」


 カッ、と口の中に火球を生み出したユグスを。

 その炎ごと、漆黒の槍が貫いた。

 まばたきほどの間に2本、3本、4本5本6本――


 地下の城壁すらもぶち抜いて、すべての<獄壊暴槍ゲヘナグングニル>が同時に爆ぜる。

 粉微塵になるユグスに、ゼルスは小さく鼻を鳴らした。


「だいたい、わかれよ……力の差ぐらい。部隊にいる間に、正体を看破できなかったって時点で」


「…………」


「こんな小物にまかせてたってことは、ラグラドヴァリエも第3勇者隊の計画には大して期待してなかったな? うまくいったことを望外に思ってるなら、アリーシャけっこう危ないか……、ん?」


 ゼルスが、地下牢の入り口を振り返る。

 ワギャワギャと鳴き声もやかましく、武器を持ったゴブリンたちが押し寄せてきていた。

 何度も響いた轟音のせいだろう。


「なんだ、うっとうしい……まあもういいけどよ、テミティのこともわかったし。上行くか――」


「おまかせを」


 ぶわっ、と地下牢内の闇が渦巻いた。

 驚きおののくゴブリンたちの前で、床にわだかまった暗黒のかたまりが金髪のツインテールを生み出す。


「ゼルス様は、ごゆるりとなさってくださいませ」


「なんだマロネおまえ、いたのか。だったらもっと早く出てこんかい」


「うふふふ、だってだってぇ! 久しぶりにゼルス様のカッチョいいとこ見れるかも、って思ったんですもん! 久しぶりに。ほんとひっさしぶりに」


「強調やめて。んでもどうだ、カッチョよかっただろ?」


「濡れました」


「よろこんでいいのかわからない……。つかおまえこそ久しぶりだろ、どうしてたんだ?」


「へい。テミっちといっしょに、龍族の転移魔法陣ぶち抜いてこの城に突入しまして」


「そこまでは魔力感応で聞いたが」


「見張りのドラゴンがいたのでしばき倒したあと、テミっちが1人で地面にもぐってどっか行っちゃいまして」


「なんなんあの子? 自由すぎない?」


「マロネもがんばって追いかけたんですけど、当然マロネだけドラゴンに見つかっちゃいまして」


「だろうな」


「適度に反撃しつつほどほどに逃げてたら、どんどん見つかってどんどん追っ手が増えまして。ちょっと楽しくなってきたところで、愛しいゼルス様のにおいを感知したので来ました。マロネってばけなげ」


「ほかのドラゴンにぜんぜん遭遇しなかった理由おまえかよ!! すげーな、おかげでめっちゃ楽だったわ! ありがとよ!」


「ほ……ほ? ほめられた? ほめられたっ! マロネ素直にほめられちゃったあ!! うおおおおお来いやゴブリンくそザコどもおおおおおお!!」


 ジョワアアア、とひと山いくらで蒸発させられるゴブリンたちを後目に。

 視線を戻したゼルスが、つと首をかしげた。


 泣いている。

 ぺたりと、小さな女の子のように、おしりを床につけたまま。

 セオリナが静かに涙を流している。


「……勇者に、なれたと……やっとなれたと……思ったのに」


「ユグスがそう言ったのか?」


「……ああ」


「なら、魔王ゼルスが代弁してやろう。お前はまだ勇者じゃない。小さな部隊を率いて、国に守られながら魔物を退治していただけの、ただの部隊長だ」


「っ…………、だ……代弁……?」


「俺はお前のことなど知らない。たった何日か、部隊で面倒を見てもらっただけだしな。だがその何日か分の恩義はあるから、その剣アルリオンの言葉を伝えるくらいはしてやる」


「……アルリオン、の? ことば……?」


 そのときようやく、セオリナは気づいた。

 かたわらに転がる聖剣が、あえかに、力なく、けれど確かに刀身を光らせていることに。

 ずっと自分に、語りかけていてくれたことに。


「聞こえてなかったみたいだな?」


「そんな……剣の……声なんて」


「そこからはじめてみたらどうだ」


 ゼルスがきびすを返した。

 きれいに掃除・・された出入り口に、足音高く向かう。


「もしも剣と通じ合えたなら、アリーシャの足手まといにはならずにすむと思うぞ」


「……ま……まて!! 行くのか!?」


「ん?」


「な、なぜ、私を……! 私、っを……う、ぅ……」


 肩越しに振り返ったゼルスに、しかしセオリナは言葉を失った。

 くちびるが震え、細い肩が落ち、頬を新たな涙が伝う。


「ゆ……ユグスを雑魚扱いするような魔王が、手を下すほどの、価値など……私には、ないか。わ、わかっている。私にはもう、なにも……いや……もともとなにも、なかった……!」


「…………」


「頼む……こ、殺して、くれ……。剣の声なんて、わ、私には無理だ。勇者隊のみんなに、合わせる顔もない……せめて……魔王の手にかかって――」


「殺されるのを待つくらいなら」


 にじみ、ゆがんだぐちゃぐちゃな視界。

 出入り口からの逆光も手伝って、セオリナにはゼルスの口元しか見えなかった。


 それは不敵か。

 侮蔑か。

 寛容か。

 希望を失ったセオリナの頭では、とっさに理解はできないが――それでもゼルスが、笑っていることだけはわかった。

 ラグラドヴァリエのそれとは違う。

 しかし確かな、魔王のかお


「殺しに来てはいかがです? 姫様」


「……え……?」


「我が城で、我が前に立ったなら。そのときは死ぬこともあるでしょう、サー!」


 地下牢から、上へとのぼってゆく影。

 闇よりも濃いその背中を、呆然と見送ることしか、セオリナにはできなかった。

 彼女の指先が触れたアルリオンの、ひときわ強い輝きとともに。



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お読みくださり、ありがとうございます。


次は9/5、19時ごろの更新です。

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