第99話



「ご安心くだされ、姫」


 にこ、と笑顔を以前のもの・・・・・に戻して、ユグスは続けた。


「昔のことなど、もう何もお悩みになる必要はない。これからはこの地下牢で、静かに生活していってくださればよいのじゃからな」


「わ……私を、こ、殺すのか……!」

「話はちゃんと聞け。誰が殺すものかよ、やっと手に入れたというのに」


「て、手に……? なにを言って……!?」


「ワシは姫が大好きなんじゃよ! 身の程知らずぶりがかわいらしゅうてのう。長年連れ添った情もある」


「……ヘドが出る……!」


「じゃから姫には」


 ユグスの口が、ぱかりと大きく、耳のあたりまで裂け開いた。

 人のそれにしては赤すぎる舌が、ぬらぬらと光っている。


「ワシの子を産んでもらうんじゃ」


「……は……?」


「オスとメス、10ずつほどは欲しいかのう。この城の環境は厳しいでな、半分も生き残れんじゃろうから。なるべく多くな」


「ちょ……っと、は? き、きっ、貴様……ま、魔物の分際で、わ、私を犯すつもりか……!?」


「そんな言いかたはうれしゅうないのう。ここは拷問もできる地下牢じゃが、放し飼いにしてやるし、ラグラドヴァリエ様に恭順を示すならちゃんと個室を与えよう。ワシの幼妻としてのう! 6回りほど年の差はあるが、ええじゃろう?」


「虫唾が走る!!」


 強く言い放つセオリナの両手。

 先ほどから小刻みに震えているそれを、ユグスが見逃すはずもない。

 嫌らしい笑みが、さらに深まった。


「そう心を乱さずとも、姫の伝説はこれからも続きますぞ? 帰らずの洞窟で幻覚相手に戦っている勇者隊のマヌケどもは、な~~~んにも気づいておらんからなあ」


「幻覚だと……!?」


「姫も気づいておらなんだか! ほっほっほっ、つくづく無能どもよ。ワシが作ったあのカメレオンドラゴンの魔力に呑まれた者は、みな幻覚の中で都合の良い夢を見る。普段通り、セオリナを先頭にして戦い、普段通り勝利する夢をな」


「わ……罠、か。アリーシャの、言った、通り……!」


「ポンコツとはいえ聖剣を持つ姫と、案の定アリーシャには効かなんだゆえ、城で処理することにした。部隊はいまごろ凱歌を上げとるだろうよ。まあ、もっとも……」


 ユグスがゆっくりと近づいてくる。

 セオリナは動かなかった。


 すぐ背後が壁だとわかっているからか。

 それともすでに――心のどこかで、諦めてしまったからか。

 抵抗は無駄だと。通用しないと。


「ロームンの小僧は、殺しておくよう言いつけてあるがのう」


「!! な……んだと……!?」


「あやつだけはカンが働く。騎士としての実力も申し分ない、入れ替わらせるニセモノの姫に気づくやもしれん。第3勇者隊、初の殉職者になってもらわねば」


「やめっ――」


「心配ご無用。ちゃんと3倍給金を適用させるからのう」


 絶句するセオリナの前で、ユグスが地下牢の壁を指さす。

 掛けられていた真っ黒い鏡が、ぼんやりと昏い光を宿した。


「どれ、カメレオンめの仕事ぶりを見てやるとするか。歓喜する勇者隊の横で、1人骸と化しておるロームンをのう」


「や、やめろ……やめて……!」


「そういえば、ロームンは身のほども知らず、姫に惚れとったようじゃな? おお、せっかくじゃ。ロームンの亡骸のとなりで、姫を孕ませるとしようか」


「ひッ……!?」


「ふっひょっひょっひょっ……ひょ、む?」


 ユグスが眉をひそめる。

 帰らずの洞窟を映し出すはずの鏡は、黒く曇ったまま変化しなかった。

 時折、なにかの影響を受けているかのように、ざざっと小さな音をもらしている。


「なんじゃい……? 壊れよったのか? そんなはずは……う~む……?」


「ろ……ロームン! 逃げてっ! 逃げてくれ! ロームン!」


「わははははなんじゃそりゃ、えらくかわいらしいのう姫! 聞こえるわけがなかろうが! よしんばロームンがまだ生きとったとしてものう!」


「おっ……お、お願いだ、なんでもする。なんでもするから、だ、誰も殺さないで……」


「ほお~、なんでもか? ククク、そうじゃのう、なら……自分で服を脱いでもらおうかの?」


 セオリナが唇を引き結ぶ。

 アルリオンの刀身が、再び淡く明滅した。

 しかし、その柄をにぎるセオリナの指からは、徐々に力が抜けていって――


「話、終わりか?」


 弾かれたように、2人は振り返った。

 追い詰められていたセオリナから、いくばくも離れていない場所。

 棺桶型の拷問器具にもたれかかっていた男が、ぽりぽりと頬をかいた。


「終わりなら、俺からひとつ聞きたいんだが……」


「ぜ……っぜ!? ぜ、ぜぜぜぜっ……!?」


「テミティを追放したのは、あいつが強すぎるからってことでいいのか?」


「ゼルスンッ!? じゃとお!?」


「おう。ゼルス元2等兵でありますが、それはまあいいとして」


 大口をさらに大きくかっぴらいて驚愕するユグスに対し。

 コツンとかかとを鳴らしたゼルスン・・・・は、立ち尽くすセオリナを静かに覗きこんだ。


「なあ? 暴走して勝手に死にそうだから追放したって言ってたのはうそで、強すぎて自分の邪魔になりそうだからどっか行ってもらった、と。そういうことでいいのか?」


「なんじゃゼルスン貴様っ、ど、どこから入った!? いや入ったというか、ど、どうやってここまで……!?」


「仮にテミティがそうなら、同じく追放された俺もそうということになって、いささか照れるというか面はゆいというか、ちょっぴり赤面の心地」


「お、おい!? 貴様聞いとるのか!? このっ――」


「なあユグス?」


「うぐっ……!?」


 突如、顔を向けたゼルスンに、ユグスがたじろぐ。

 かつてない、圧倒的な得体の知れなさ。

 加えて、話などいっさい聞く気がないという態度だけは、しっかり伝わってきている。


「さっきのお前たちのやりとりだと、いまいち確信が持てない。テミティはすごかったのか? そうでもなかったのか? どっちだ?」


「な、なにを……! ええい。あのアリーシャにかしずかれとるし、ただ者でないとは思っとったが。貴様ゼルスン、いったい何者じゃ!?」


「教えるのはいっこうに構わんが、先にこっちの答えが聞きたい。テミティは、俺は、どうして部隊を追放されたんだ? なあ?」


「く、ば、バカにしとるのか……!? バカにしとるんじゃな!? 状況を見て物を言えよ小僧!」


「状況?」


「もはや部隊でのやさしいワシではない! 龍魔王ラグラドヴァリエ様がしもべ、ユグスゾロニエをなめるなあ!!」


 ジャッ、と石畳をこすって、ユグスの尾が走る。

 セオリナにそうしたのと同じく、ゼルスンの全身を縛めようとして――


 ユグスの目から、つゆほども視線をそらさぬまま。

 ただゼルスンの突き出した2本の指。

 その指の間に吸い込まれるかのように、尾が絡め取られるべくして絡め取られた。



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お読みくださり、ありがとうございます。


次は8/25、19時ごろの更新です。

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