第98話



 龍王ラグラドヴァリエの居城は、岩壁をくりぬいて造られている。

 外からはただの岩山にしか見えないが、内部は縦にも横にも高さにも広い。


 セオリナが連れてこられたのは、居城中心部にある大広間から、下りに下った場所。

 じめじめと湿気の濃い、地下牢であった。


「そうじゃ、そう、奥まで連れていってはなしてやれ。鎧だけ脱がせておくんじゃぞ」


「くっ、や、やめろっ! 返せっ……!」


「剣? よいよい、かまわんかまわん。どうせラグラドヴァリエ様の宝物庫にも納められんナマクラじゃ。鎖なども繋がんでよい、捨ておけ捨ておけ」


「ユグスっ……貴様あ……!」


「にしても、なんでこうまで誰もおらんのじゃい? 城がほとんどカラッポではないか。ゴブリンどもなど使うはめになるとは……、あ? 侵入者? 見張りのドラゴンを張り倒して逃走中? なんじゃそりゃ、大失態ではないか。わかった、もうよい。お前らも行けい」


 ここまでセオリナを引っ立ててきたゴブリンたちが、彼女から離れる。

 途端、彼女は腰の剣を引き抜き、手近な1体を斬り倒した。


 ギギィーッ、とやかましい悲鳴を響かせ、ぞろぞろとゴブリンが退散する。

 地下には、にこやかな笑顔のユグスと、荒い息をつくセオリナだけが残された。


「どうしたんじゃ姫、そんなに慌てて? 姫はもう、何もする必要はないというのに」


「ユグス……お、お前が裏切っていた、ということは、もうわかった。もう、納得した……」


「裏切りという言い方は正確でないというのに……」


「黙れッ! お、お前は、どこまでっ……どこまで私を、こ、この私を……!」


「んん~~~? 何を言うとるのか、いまいち要領を得んが……? ……ああ」


 ユグスが笑みを深める。

 ローブの端から覗く細長いしっぽが、得心したかのようにぺたりと床を打った。


「姫のけなげな活躍が、すべて儚い幻であった、という悲しい物語の件かのう?」


「ふざけるな!! な、なにがけなげだ、私はっ……私の力がっ、幻なわけがあるか!!」


「そんなに気になるか?」


「は……!?」


「洞窟に残してきた第3勇者隊のことより、自分が今まですがりついてきたなけなしの実績が気がかりか」


「……! そ……それは……っ」


 言われて、ようやく思い出す有様だった。

 帰らずの洞窟から、セオリナとアリーシャだけが転移させられたこと。

 様子のおかしかった部下たちの、何の続報も得ていないことを。


「クククク……いいのう、いいのう。姫のそういうところがな、ワシャ大好きなんじゃ!」


「なんだと……!?」


「小物で、臆病で、夢見がちで、夢に溺れる。中身はからっぽの小動物。まったく理想的なニンゲンじゃよ」


「バカにするなあ!!」


 斬りかかったセオリナのアルリオンを、ユグスの杖が造作もなく弾く。

 続く2撃、3撃は、ユグスの体をとらえた。

 しかし効いていない。

 適当に攻撃をあしらいながら、ユグスはにこにこと微笑んだままだ。


「太刀筋だけはそれなりじゃのう、ひょっひょっひょっ」


「くっ……!」


「あの小僧が、ロームンが熱心に練習相手をつとめとったものなあ。趣味の範囲にとどめておけば、あるいはこうはならなかったものを……」


「ど……どういう、意味だッ!?」


 ガキンッ


 振りかぶった剣先が、地下牢の壁に設置された器具にぶつかる。

 それが凄惨な拷問の道具であることを見て取って、セオリナの顔から血の気がひいた。


「まだわからんのか? 部隊を率いる程度の腕前にはなってしもうたから、お前は目をつけられたんじゃよ。ラグラドヴァリエ様にのう」


「な……に……!?」


「送りこまれたワシが、なぜお前を必死にサポートしたかわかるか? 何の才能もないお姫様を、どうして知る者ぞ知る武人にまで育て上げたかわかるか?」


 にいい、と笑みの質を変えるユグスに、セオリナは答えなかった。

 応えられなかった。

 事ここに至るまで、ずっとどこか遠いところにあり続けていたように感じていた恐怖。

 それが突然、目の前に現れたように思えて――


「入れ替わるためじゃよ」


 ユグスの告げた『解答』にも、ろくろく反応することができない。


「人間どもの勇者システムには、龍族もほとほと手を焼かされとる。どれだけパーティを潰そうとも、次から次へと出てくるしのう……お前のような勘違い娘を含め」


「入れ、替わる……? わ、私と、か……!?」


「そうとも。姫を国いちばんの勇者に仕立て上げ、その実、能力はこちらで演出。機を見て変身の得意な魔族と入れ替え、内部から人間の国を崩壊させる! ……予定じゃったが」


 チッ、とユグスは舌打ちし、杖をどこへともなく消し去った。


「お前と違って、あの父王は傑物じゃな。娘がどれほど武功をあげようとも、自分の眼力を信じて重用しようとせん……勇者たりえん、と見切っておる。もうこれ以上は長引かせられんわい」


「ち……違う!!」


「あ?」


「わ、私が出世できないのは、王女とはいえ第9という低い地位だからだ! それでも民のため、誰よりも私は働いた! ただ序列が――」


「この期に及んで誰に言いわけしとるのか知らんが、なぜ民のため・・・・なんじゃ?」


「え……!?」


「王のために魔王を倒せばよかろう。国のために魔族から土地を奪えばよかろう。それがやがては民のためになる。この程度のこと、ランドリザードドラゴンもどきの子どもですら理解しとるぞ」


「……ぐっ……」


「わかっとるよ」


 にこ、とまたユグスは微笑んだ。

 本当の孫娘に向けるかのように。


甘んじた・・・・んじゃなあ」


「…………!!」


「活躍できるのがうれしゅうてうれしゅうて、慕われるのが気持ちようて気持ちようて。第3勇者隊を家族と思うとると言うておったな? うそではあるまいが、そりゃつまりアレじゃろ……」


「ち、ちがう……」


「無条件に母ドラゴンを慕ってくれる、幼竜のように見とったんじゃろう? 強い自分が守ってやると。本当の自分はこんなにも頼られる勇者なんじゃと」


「ちが……!」


「じゃから手練れの冒険者は追い出した。姫を頼ってくれん、頼る必要もない、そういうやつらはことごとく! 当たり前じゃなあ! 姫はもともと何者でもない上に、ワシがそう仕向けたんじゃからのう!!」


「お……お、おまえが……おまえが、アルリオンの力を引き出す戦術を、あの戦術を守るのが最優先と……そう言ったから……」


「そりゃワシはそう言うじゃろ。うそなんじゃから。お前はいちどたりとも、自分の頭で考えなんだようじゃがな」


「そん、な……そ……」


「くく。くほほほ。ほひょーーーっひょっひょっひょっ!!」


 ユグスの高笑いが激しさを増すごとに、セオリナのひざの震えも大きくなっていく。

 もはや存在感を示さぬアルリオンが、淡い光を刀身にまたたかせたが――セオリナの目は、何も映さなかった。



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お読みくださり、ありがとうございます。

更新時間が遅くなりまして、申し訳ありません。


次は8/20、19時ごろの更新です。

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