第97話
「ばかな……わ、私は……!」
両腕を拘束されたまま、セオリナ姫が唇を噛みしめています。
もがいていますが、ユグスの尾はビクともしないようです。
斬り裂いてやりたいところですが……
今となっては、わたしにもわかります。
ラグラドヴァリエが、完全にわたしをマークしていることが。
「私はっ、セオリナ……! セオリナ・ラン・カロッド・ラリアディだぞ!! ラリアディ王国の正統な王女、正式な勇者だ!!」
「王女は王女じゃが第9王女、でもって勇者はかりそめじゃ」
「い、幾十も、幾百も魔物を倒してきたんだぞ! 魔族だって倒した! ドラゴンだってっ……! す、すべてうそだとでも言うのか!!」
「そう言うとろうが。すべてうそじゃ」
「だまれっ……!!」
「ワシが証拠よ」
自分を見せびらかすように、ユグスは両手を広げました。
「出会ったばかりのころから、姫はおかわいらしゅうございましたぞ? 装備ばかり立派で、部下ばかり立派で。だのに本人には覇気がない、やる気もない、自分の立場にあきらめきっとる! そんな
「誰の話ですか……セオリナ姫のことですか?」
「おおよ、アリーシャ。かわいいかわいいこの姫様はな、厄介払いされとったんじゃ。武門で鳴る王家ラリアディの娘、しかし才能はハンパで際立った腕もない。第9王女で継承権も望み薄、となれば使い道は政略結婚のエサよ。年頃に育つまで、アルリオンなんぞという見かけ倒しの聖剣をおもちゃにもらって、好きに放牧されとったというわけじゃ」
ギリ、と姫の奥歯が音を立てました。
血走った目で、ユグスをにらみつけていますが……何も言いはしません。
本当の話、ですか。
「ワシャがんばったぞ? おだててやった! 実績も作ってやった! 勘違いの上に勘違いが積み重なるまで、丁寧に丁寧に育ててやったわ。誰も死なない正義の部隊、不死隊を率いるカリスマ勇者姫としてのう! かっこよかろうが、んん?」
「目的は何です? 勘違いさせておいて殺す、などというだけではあまりに悪趣味でしょう」
「もちろんそんなわけがあるかい。誤算じゃったのはラリアディ王よ! ワシがあれほど――」
「ユグスゾロニエ」
と、甲高くも有無を言わせぬ、ラグラドヴァリエの声が響き渡りました。
ち……
やはり、舌先三寸でどうにかなるのはユグスまで、ですか。
「そのアゴちぎりとって、南の海にでも放り捨ててくれようか……?」
「っ、も、もっ……申しわけもございませんっ、ラグラドヴァリエ様……!!」
「ゆるそう。偶然とはいえ、貴様はふたつの功を立てておる……よくぞ
今度こそ。
まっすぐに視線で射貫かれて、わたしは背筋のこわばりを自覚しました。
落ち着け……落ち着かなくては。
わかっていたことです。
魔王様の居城にて、わたしは姿を、顔を見られております。
忘れていてくれるはずなど、ありません……
「? ラグラドヴァリエ様……?」
「貴様らの用はすんだ。
「は、ははっ! ……あ、あの……この姫については、そのう、ワシの望みは……」
「好きにせよ」
「はは! ありがたき幸せ!!」
叫び散らすセオリナ姫を引きずって、ユグスが大広間から出てゆきます。
いよいよ危ういです。
よもや、このようなことになろうとは。
わたしに……このアリーシャにとって……
願ってもないこと。
この上もない修行の場となるでしょう。
生きて帰ることができれば、ですが。
「さて。小娘よ」
ふわふわと漂う珠の上で、ラグラドヴァリエが笑っています。
さすがにどうも、美しく。
ユグスなど比にならぬほど禍々しく。
「魔王ゼルスは何を企んでおる?」
「お答えいたしかねます」
「貴様に選択権はない。こうやって問うてやることも、わらわの恩情ぞ? 手足を1本ずつ引きちぎられて、自分からなにもかもをしゃべりたいか?」
「どうぞ」
ぞ、を言いかけたあたりで、反射的に剣を上げていなければ、どうなっていたでしょうか。
ガルマガルミアが小さくきしむほどの衝撃。
7、8馬身ほども弾き飛ばされ……転ばずに着地できたのは奇跡でしょうか。
なにをされた?
どんな攻撃を?
なぜラグラドヴァリエは、床に立っているのでしょう?
いつ珠から降りた……? どうやって?
「やばいですね……」
「わらわは龍族序列1位――」
改めて戦闘態勢に入るわたしに、ラグラドヴァリエはなぜか力を抜いたようでした。
「ではない」
「……?……」
「正しくは、世界第2位と呼ばれるべきであろう。わらわをしのぐ力の持ち主など、龍族はもとより、この世に存在せぬのだからな」
「ツッコみどころが多すぎますが……なら、まず、第1位はどなたなのですか?」
「人間」
「……!」
「きゃつらが群れたときの力。群が集となり個に至ったときの力。それは見誤るわけにいかぬ。人間の力はすさまじい」
その点においては……
魔王様と同じ考えですか。
「凡百の魔族は、それを認めたがらぬ。個としては魔族が上、それもまた当然のことよの。それゆえ、勇者パーティなどに後れを取る」
「なるほど……」
「ゼルスめは、その力を利用しようとしておるのではないのか?」
「……!」
「人間の力を我がものとする。あるいは、人間の考え方を魔族に浸透させる。そうして新たな力を作ろうとしておるならば……ゼルスの治める領土の力は、わらわを上回るやもしれん」
「いけませんか?」
「なんだと」
「魔王同士、馴れ合いもしないが、反目し合う必要もない。あなたはそうおっしゃっておられたはず。魔王ゼルス様が、とても強い力を得られたとして、それがいけませんか?」
沈黙は、ほんのわずかでした。
しかしそのあいだで、変化したラグラドヴァリエの表情。
今まで見たこともないような笑顔、
深く、
清々しく、
まっすぐな憎悪に満ちた、
この世のなにもかもが血の海に沈むことを願いやまないような、
そんな笑顔が。
わたしの目の前、剣を上げれば刃が当たる程度の距離に、あります。
見え――ましたよ。
どうやって、近づいてきたのか……!
「食い殺しづらくなるであろ?」
「……!」
「のう? そんな力を持たれたら……わらわがいずれ、すべての魔王を喰らい尽くすというのに。邪魔になるであろうよ!!」
「心配無用」
ラグラドヴァリエに応えたのは。
わたしではありません。
まったく突然に、少し離れた床の中から、
どぱんっ
と木の板を叩くような音とともに、ハンマーを持った『鎧』が飛び出してきました。
にぶい銀色。
極めてミニマムなサイズ。
兜のフェイスガードが下りてはいますが……
こんなヒト、この世に1人しかいません。
「喰うことはない。おまえは。もうなにも」
「テミティさん……!」
「ラグラドヴァリエ」
自分の体積の何倍あるのかわからないほど巨大なハンマー。
ドワーフ族の女戦士は、両手で軽々とそれを振り回し――
ぴたりと、正面の魔王へと向けました。
「覚悟」
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次は8/10、19時ごろの更新です。
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