第96話



「ラグラドヴァリエ様! ご覧の通り、このユグスゾロニエ、任務を達成いたしましてございます」


 最大限に腰を折ったまま、ユグスがなにやらアピールします。

 本当の名前はそんなだったのですね。

 心からどうでもよいですが。


「まこと長らくお待たせしてしまい、恥じ入るばかりでございますが。しかし時間をかけただけありまして、完璧に! 万全に! ラグラドヴァリエ様のお望み通りに運びましてございます! 今も例の洞窟にて――」


「ユグス」


「っは……ははあ!」


「貴様にしては上出来である。評価する気がないでもない」


「おお……!」


「だがの。貴様はわらわの画策した通り、言うままに動いただけであろ? 完璧も万全も、当然のこと」


「も、もちろんでございます!」


「むしろなにがしか不都合があれば、すなわち己の責ととらえるがいい……ぬかりはないな?」


「は、はい、はい! 決してミスなどは! はい!」


「……ふん」


 ほんの刹那。

 ラグラドヴァリエの赤い視線が、わたしに向いたように思えました。

 気のせいでしょうか。

 ぜひとも気のせいで。


「どういうことだ……」


 震える声は、セオリナ姫のもの。

 ようやく、頭が回転しはじめたのでしょうか。

 抜き身のままのアルリオンを握りしめ、ラグラドヴァリエをにらみつけています。


「どういうことだっ……なんなんだこれは!! いったい何が起きている!? 説明しろユグス!! お前はっ……お前は裏切っていたのか!!」


「正確ではないのう」


「えっ……?」


「ワシャいちどたりとも、お前なぞの仲間になったつもりはない。裏切るもなにもないわ、我が主は後にも先にもラグラドヴァリエ様のみ」


「……仲間に、なっ……え? それ、は……ええ……?」


「はじめから、うそをついていたというだけの話。それだけでございますよ、セオリナ姫様」


 柔和に微笑むユグスに、セオリナ姫が1歩、2歩とよろめきます。

 ……同じことでしょう、どちらでも。

 ショックを受けるのはいたしかたありません、ですが捉えどころを間違えてはなりません。


「ユグスは、敵。今はそれだけわかっていればよいことです」


 ぼそぼそと、姫にだけ届く声で、わたしはささやきました。

 もっとはっきり尻を叩きたいところですが、正直その……

 ……いえ……

 そうですよね。

 バレていますよね・・・・・・・・、当然。


「しっかりなさいませ、姫様」

「……!」


 兜を脱ぎ、投げ捨てたわたしに、セオリナ姫が揺れる瞳を向けました。

 お美しい。

 ですが今する表情ではありません。


「ここは敵地。味方はわたしだけ。魔王とその部下が目の前です。まずはご理解いただければ」


「ま……魔王の、部下……」


「感傷に浸るのは生きて帰ってからでもできます。戦わねば」


「……ゆ……ユグス、貴様……!」


 姫の唇に、力が戻ったように見えました。


「貴様ああああああああ!!」


 地を駆けた姫が、アルリオンを振り抜きます。

 ユグスの持つ杖に弾かれ、しかし間髪入れずに2撃、3撃。


 ……一流の腕前ではあります。

 ですが。

 一流止まりでは、この敵は……


「うはっはっはっはっ、姫! あいかわらずおかわいらしいですなあ!」


「っき、貴様……!! うあああああああ!!」


 セオリナ姫が、アルリオンを片手持ちに。

 左手の中に、白光の剣を生み出します。

 わたしも剣を構えました。

 いまだ動かないラグラドヴァリエが、気がかりではありますが……


「<アルリオン・スタンラード>ッ!!」


 必殺のスキルが、ユグスを直撃します。

 その瞬間、

 ダメだ、

 と思いました。


 理由は……ひとつではありません、いろいろあります。

 大半がカン、気配、感覚、そういった不確かなものですが。

 いちばんは、姫のことをよく知るユグスが、避けようともしなかったこと。

 避ける必要などないと、考えているに違いないこと。


「ば……ばかな……っ!?」


 アルリオン1本にすがるように、セオリナ姫が後ずさります。

 どれほど巨大な魔物でも、確実にスタンさせてきた姫のスキル……

 全力のそれを打ちこまれて、しかしユグスが邪悪な笑みを深めました。


「やんちゃはいけませんぞ、姫様――」


 させません。


「ッ……ぐむう!?」


 飛びこんだわたしの剣線も、ユグスの杖に弾かれます。

 叩きつける刃から、反動で伝わってくる底知れないパワー。


 けれどやれる。

 れる。

 噛み砕け、ガルマガルミア――


「く!!」


 勢いのまま、前のめりに突っ込みかけた体を、わたしはどうにか床に投げ出しました。

 すぐ頭上を、なにか恐ろしい、想像もしたくないエネルギーのかたまりが過ぎ去ってゆきます。


「きょほほほほ……!」


 響くは甲高い笑い声。

 ラグラドヴァリエ……!


「あ、アリーシャ!? 大丈夫かっ――」


「おっと、姫様の席はこっちじゃ!」


「うっ、ぐっ……!?」


 !

 しまった……


 ユグスのローブから伸びた黒く長いしっぽが、セオリナ姫の動きを縛めています。

 そういうの、持っているだろうとは予測していましたが……

 なんとも悪趣味なことです。


「ふう~、いやはや。つくづくアリーシャ、何なんじゃお前は? 姫なぞよりよほど手強いとはわかっとったが、脈絡がなさすぎじゃろ。いったい何者じゃい?」


「……なぜ、セオリナ姫のスキルが……アルリオンの固有が効かないのですか?」


「質問を質問で返すな! これじゃから人間は……。まあよいわ」


 にい、とユグスが笑います。

 いつからそうだったのか、大きく縦に割れたトカゲの眼で。


「そもそもアルリオンは強うない。それだけの話じゃ」


「……な……? なにを……なにを言っている、ユグス爺……!?」


「姫様はまったく気づいとらなんだのう。かわいいのう。はしゃいではしゃいで、勇者気取りで大活躍じゃったのう。思い出すほどににやけてしまうわい、うふふふ」


「なにを言っているんだ!!」


「すべてはワシの調整・・よ」


 ……そういうことですか。


「第3勇者隊が戦ってきた魔物の強さは、ワシが操作しておった。姫が気持ちよく倒せるように……へなちょこアルリオンの攻撃でも、じゅうぶんな効果が出るようになあ」


「そ……っ、は? な、なにを……そんなこと、できるわけが……」


「ワシャ、魔物を造るのが得意での。先ごろのグルキオストラをはじめ、傑作ばかりじゃったろ? ん?」


「ッ……!?」


「たまに野良の魔物と遭遇したときは面倒じゃったが、ま、そのときは本気で支援させてもろうたわい。気持ちよかったじゃろう。くふふふふふふ」


 つい先ほど、カメレオンドラゴンに、アルリオンが通じなかったのも……

 ユグスの支援が本気ではなかった。

 あるいは、そういうふうに――倒されるように造った魔物ではなかった、ということですか。


 姫は。

 セオリナ姫は、いつから。

 どれほどの昔から、ユグスの手のひらの上で踊らされて……?



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は8/10、19時ごろの更新です。

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