第87話



「ひょえええええええ!?」


「つかまれゼルスン!」


 あわてて逃げる俺を、はやぶさのように突っ込んできたセオリナ姫が、槍ごと馬に抱え上げてくれた。

 おおっ、これは……! かっこいい助けられ方!

 魔王ゼルス、初体験の心地!!


 ズズウウウン、と大地を揺るがして横転するグルキオストラに、勇者隊が歓声をあげる。

 セオリナ姫は馬の脚をゆるめ、ふ~、と長く吐息した。


「倒せたようだな。やれやれ、よかった」


「サー、姫様の勝利でありますサー!」


「ありがとうゼルスン。はは、その妙な言い回しは方言かなにかか?」


「え、えぇ~……」


 姫様アアア!! と叫びながら、魔法使いユグスが駆け寄ってくる。

 しわくちゃの顔がいつもよりゆがんで、まるで追い詰められた魔王のようだ。

 聞いてた通り、心配性なんだなって痛えっ!?


 殴られた!?

 ジジイの杖で殴られた! 魔王初体験の心地!


「こ、これこれユグス爺!? なにをする、かわいそうじゃないか」


「姫様! はやくその汚物を下ろしなされ! おひざから! お、おひざから!」


「なぜ2回言った?」


 大事なことだからか?

 うむー、確かにセオリナ姫のひざ……というか太もも……

 馬上に引き上げられた勢いのまま、俺は腹ばいに乗っかってるわけだけども。


 安物の鎧の間から感じる、姫の体温。

 とってもあたたかで、やわらか……


「ちえすと!!」


「サーっ!?」


 また殴られた!?

 う、腕っ節に訴えてくる魔法使いだな!?


「やめろと言うのに! まったく爺は、すぐに手が出るのだから。悪いくせだぞ?」


「姫様! 今のこやつのツラはいけません! スケベでエッチでヘンタイなことを考えている者の邪悪なツラでしたのじゃ!」


「ほう? ははは、まあ若い健康な男子だ。おかしなことでもないだろう」


「それを姫様のおひざでというのが、ええいゼルスン貴様さっさと降りんかあ!! まず普通に不敬であろうがよ!!」


 確かに。

 俺はいそいそと地面に下り、ユグスのことはとりあえずスルーして、姫に頭を下げた。


「どうもありがとうございます、姫様」


「ふふ、律儀だな。ひざの礼とは」


「確かにそれも、あいやその、助けていただいたことで」


「ああ、いやいや。私が手伝わずとも、きみは走って逃げ切れていただろう、ゼルスン? 馬上でそう察してはいたつもりだが、あそこで手を貸さないのもそれはそれでどうか、と思ってね」


「……。まことにありがたく」


 うそいつわりも飾りもない、姫の気持ちだろう。

 やさしいお姫様、か。

 それでいて勇気もある……ふむ……


「姫様。あいかわらずの技の冴えでございました」


 隊をまとめて戻ってきたロームンに、セオリナ姫が笑顔を向ける。


「ありがとう、ロームン。きみの指揮もね。今日も見事なタイミングだった」


「なんの。姫様に合わせただけで……。グルキオストラの死骸、いかがいたしますか? いつものように?」


「うむ。適当に解体だけして、近くの村に報せてやれ。生活に役立てられるかもしれない」


「はっ」


 ロームンの指示で、槍を肩に担いだ兵士たちが、眼を開けたまま倒れているグルキオストラに近づいてゆく。

 血が逆流してきているのだろう、茶色くにごった魔獣の眼……

 よどみの奥に、小さな光が鋭くひらめいた瞬間。


 ドッ!!


 俺の投げ放った槍が、まっすぐにその光を貫き通した。


「ッ!? な……お、こ、こらあ!?」


 ロームンが怒鳴る。

 驚いて足を止めた兵士たちの心を代弁するかのようだ。

 歯をむき出して、う~ん、なんともテリブル。


「また貴様かゼルスン!? なんだ! なんのつもりだ!」


「サー! 騎士殿に槍を投げろと命じられておりましたので、投げましたサー!」


「なぜ!? なぜ今だ!? バカなのか!? いやバカなのはもうじゅうぶんにわかった、だが死体槍投げ選手権に出場希望レベルのバカとは限度を超えてるぞ!」


「お、おお……言われてることの意味はわからんのに、確かにすげえバカというニュアンスは痛いほど伝わってくる。騎士ロームン、ただ者ではない……サー」


「腕立てをしろおおおおおおおおおさまらんッ! 重しがわりに俺が貴様の背に乗ってやる!!」


 ひえええ、人間の罰則ってバリエーション豊富。

 苦笑いのセオリナ姫が、まあまあ、と口を挟んだ。


「今日もまた、1人の死者も出なかった。それがいちばんだ! あまり怒ってやるなよ?」


「いいえ怒ります。姫様がおやさしくあられるぶん、我々が怒らないでなんとします!」


「ははは! すまんなゼルスン。いっそ私が叱ったほうがマシかと思うが、私は戦以外、教育もなにもからっきしでね!」


「ふんっ……しかし姫様のご厚意だ、乗るのはカンベンしてやる。よしと言うまで腕立て開始!」


 わっせわっせと筋トレをはじめる俺をよそに、部隊は今度こそ、グルキオストラの死骸に向かっていった。

 魔獣の体は、肉こそマズいのが多いが、皮やら骨やら有用部位がたくさんだ。

 解体もみんなでやるんだなー。なるほど。

 楽しそうだぜ勇者隊。



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お読みくださり、ありがとうございます。


次は6/25、19時ごろの更新です。

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