第86話



 グルキオストラってモンスターは、なんというか、不格好なやつで。

 あごが体の半分近くあるっつーか、あごから脚が生えてるっつーか、そういうやつだ。


 イメージにもれず肉食獣。

 いつぞの時代を生きたむちゃくちゃ優秀な人間の魔法使いが、どういう目的か知らないが創り出した人造モンスターだって話だな。

 カンペキに創られすぎて子孫も残せるから、ほかの魔獣と交配して進化したり、なんか草食になっちゃったり、いろいろなパターンがある。


 それでも。


「距離をとれ! はやく! はなれろおおおおおお!!」


 ズドーン!

 と逆に雑な感すらある轟音とともに、地面が縦揺れする。

 空を噛みそうなほど巨大なあごからよだれをまき散らし、グルキオストラが吠え猛った。


 いやー。

 いくら可能性に満ちた人造モンスターっつっても、こんなデッケーのは初めて見るなあ。

 生みの親の魔法使いもびっくりだろ。後の世で魔王になったとか聞くけど。


「ゼルスン、もたもたするなっ!? 退避だ!!」


「しかし騎士ロームン、姫様が!」


「ロームンだッ!! ……あっ、えっ? あ、ちゃんと、あ、なんかすまん……」


「姫様が敵に接近中でありますサー!」


 俺の示した先。

 ばかでかいグルキオストラのまわりを馬で駆け巡り、姫が長剣を振り回している。


 魔獣から見れば縫い針のごとき刃だろうが、やっぱり斬られると痛いのか、うるさそうに姫を追いかけている。

 つまり、今の状況は、えー……だから……

 ダメだろ?


「姫様をお救いせねばならんのではサー!」


「サーはかたくなだな貴様……! いいからはなれろ!」


「しかし!」


「貴様が行ってなにかできるのか!?」


 できると思うが、できないてい・・のほうがいいんだろうなー。


「自分、前衛タンクでありますから! できれば前衛に!」


「なんだそのシンプルすぎる考えは!?」


「囮くらいにはなれるでありますサー! このまま逃げるしかないよりは!」


「誰が逃げると言った!」


 ほう?


「そもそも、姫様のほうが我らより安全だ! ユグス殿が全力で支援している!」


 確かに。

 あのジーサン魔法使いだけ隊列をはなれて、セオリナ姫からもつかずはなれず、ずっとスキルを使い続けているな。


「これがいつもの戦法だ! グルキオストラの大きさは想定外だったが、我らの勝利は変わらない!」


「サー!?」


「走れゼルスン! 隊列に追いつくんだ、1人でも多いほうがいい!」


「サー!」


「あと俺は本当にお前がキライだ!」

「サー!?」


 なぜだ騎士殿! 俺はけっこう好きだというのに!

 部下にいたら毎日でもからかってやりたいくらいだ!


「うおおおおおおお!!」


 セオリナ姫の気合いがこだまする。

 グルキオストラの何度も繰り出す、巨体のわりにすばやい噛みつきや、長くはないが極太な破城槌のごときしっぽの攻撃を、巧みな馬術でかわし続けている。


 グルキオストラは焦れているな。

 だがもちろん、倒れるような攻撃は受けていない。

 平原に弧を描いた部隊が列を整え、俺もそこに加わったが……

 ここから、いったい?


「姫様! 頃合いかと!」


「わかっている!」


 セオリナ姫の手に、剣が現れた・・・

 右手に、もともと抜いていた長剣。

 かかげた左手に、まばゆく輝く真っ白い光の剣。


「<アルリオン・スタンラード>ッ!!」


 馬上の二刀流。

 長剣と同時に打ちこまれた光の刃が、斬撃を輝く杭と化してグルキオストラの脚に食いこむ――いや。

 食いこむ、どころの話じゃないか?


 魔獣の体を、光に乗せて打ちこまれた姫の魔力がさかのぼっていくのが見える。

 それは分厚い肉の奥の心臓に届き、さらにどでかい頭蓋の中の脳にまで達し――


 グルキオストラが動きを止めた。

 倒れはしない。

 ただ、大きな見えない力に押さえこまれているかのように、両目を見開いて立ち尽くしている。


「突撃ぃーーーッ!!」


 ロームン騎士の号令一下、勇者隊が襲いかかった。

 槍を放つ者、投げ縄をかける者、剣にスキルをのせて勇敢に斬りつける者。

 てんでばらばらなように見えて、全体の動きが統制され、有効にダメージを積み重ねてゆく。

 おお、アリーシャも斬りかかっているな!

 ぶっとい脚の腱のところを、見事に断ち割っているぞ。すばらしい。


 よーし、俺も命令に従おうじゃないか。

 槍を投げろと言われてたんだったな。

 ふむ。

 えーと。

 どこを狙って投げよう……

 もうちょっと近づこうかな?


「ようし退避ーーーっ!!」


「えっ?」


 またもロームンの指示が飛び、部隊がいっせいに散開する。

 おろおろする俺の頭上に、グルキオストラがゆっくりと倒れこんできた。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は6/20、19時ごろの更新です。

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