第88話



 兵士たちが俺を置き去りにする中、


「ゼルスン様」


 アリーシャだけが足を止め、ブーツの手入れをするふりをして俺に目を向けた。


「勉強させていただきました」


「おう。兵士ゼルスン晴れて初陣完了、といったところだな!」


「おめでとうございます。それはともかく」


「と、ともかくか……うう……」


「今のところ、なぜテミティ様がこの隊を追放されてしまったのか、わたしには推察いたしかねます」


「ふむ。なぜだ?」


「セオリナ姫の勇者ぶり、見事なものかと。堂に入っておられますし、型も持っておられます」


「おまえもそう見るか」


「はい。ゼルスン様は……」


「同じだ。セオリナの期待値・・・は高そうだ、と思いはじめている。今度こそ、俺の知る……かつて本気で俺を殺しに来た勇者たちと、同類の女なのではないか……とな」


「……テミティ様は、追放理由を能力不足としか語られなかったのですか?」


「ああ」


 とにもかくにも、引っかかるのはそこだ。


 駆け足の能力は絶対的に足りていないが……ちっと特別扱いして、馬などに乗せればすむだけのこと。

 それを軍としての規則だかなんだかに照らして、駆け足できないから追放! なんてことは……よもやないと思うが。


 なにせまさしく、今のグルキオストラのような相手に対して、テミティの有用性は絶大だ。

 前にちょこんと置いておくだけで、行動を大きく制限できる。

 グルキオストラから見れば、テミティは豆粒も同然だろうが……


「もしもテミティ様が、この部隊に加わっておられましたなら――」


「アリーシャ!」


 騎士ロームンの声が飛ぶ。

 いかんな。

 話しこみすぎて怪しまれたか?


「そのバカタレの背中に乗ってやれ! 重しがわりだ!」


 ちょっとは怪しめムートン。

 てか自分は乗らないって言っときながら。


「承知いたしました」


 アリーシャたん?

 即答? 即答はどういうこと?

 だがこの魔王ゼルス、もとい男ゼルスン、かわいい女の子1人に揺らぐものではないぞ!


 ドンときなさいって待ってアリーシャたん! この感触!

 もしかして背中に立ってる!?

 立ってる!?

 魔王にして師匠の背中を踏みつけにしちゃってる!?

 無言で!?


 アリーシャたん……恐ろしい子……!

 ロームンもちょっと引き気味の顔してるじゃねーか!


「……!」


 そして。

 視点が高くなったから、というわけでもないのだろうが。


「ゼルスン様」


「ああ」


 気づいた・・・・アリーシャに、俺は口元だけで笑った。

 今度のやつは、さっきより気が利いてるな。


『グオオオオオオオオオ!!』


 空を震わせるがごとき咆哮とともに、草原に接していた森の木々が吹き飛んだ。

 土ぼこりを蹴立てて現れたのは、グルキオストラ。

 2匹目。


「なっ……!?」


 騎士ロームンが狼狽している。

 1匹目の死骸の獣臭がすごくて、誰も気配に気づかなかったようだな。

 俺やアリーシャより、死骸に群がっていた勇者隊のほうが、ずっと森に近い。


 さあ。

 アリーシャの言う通り、なぜテミティを追放したのか。俺はそれが知りたい。

 もっともっと、この部隊の戦いを見てみることで、わかる気がしているぞ。


 突然のこの危機、セオリナ姫様はどう対処する?――


「った……退避ーーーッ!!」


 む?

 退避……逃げるのか。

 それは?


「距離を取れ!! はやく! はやく! 急ぎ隊列を組み直すのだ!!」


「は、走れ! 走れえーッ!!」


 セオリナの声にロームンが応え、部隊は一斉に死体から離れた。

 指示自体は、なるほどわかる……が……

 無理だろう?


 現れた2匹目の体格は、1匹目とほぼ同等。

 となれば動きの速さも推しはかれる。

 あの距離から逃げ出したとて、騎馬はともかく歩兵は……


「ゼルスン様」


「おまえは部隊に合流しろ!」


 背中から飛び降りたアリーシャのほうは見ず、俺はまっすぐに駆け出した。


 グルキオストラが大口を開け、よだれをまき散らしながら突進してくる。

 やはり速い。

 第3勇者隊は逃げ切れない。

 間違いなく2、3人は大アゴの餌食になる。


 セオリナ姫。

 それにアリーシャよ。

 テミティがもし、この部隊にいたならば……


「なっ……!? ぜ、ゼルスン、どこへ行く!? 指示に従え! やめろッ!!」


 騎士ロームンの焦った言葉も。

 不必要なものになっただろう!


「ゼルスンッ――!?」


 最後尾にいたセオリナ姫ともすれ違い、俺はグルキオストラの眼前に立った。

 当然、噛みついてくる……

 かと思いきや、魔獣は勢いそのままに、巨大な脚を振り上げた。


 食いでがないと思われちまったか? ははは。

 それもまたよし。


「<グランド・【タイタン】・アロスメデッサ>!!」


 スキルで肉体を強化する。

 しなくともいけるとは思うが。

 だがテミティなら、こうする。


 こうして――


「こうするッ!!」


 踏みつけてくるグルキオストラに、むしろ合わせるかのように俺は踏みこんだ。

 魔王っ……

 アッパーーーーー!!


 ゴッ


『グヒョッ?』


 あ。

 この手応え。やばい。俺。

 やりすぎてる。


『グゴオオオオオオオ!?』


 魔獣の吠え声だというのに、はっきり悲鳴とわかるそれの尾を長引かせ、グルキオストラが天高く吹き飛ぶ。

 空中で、ゆっくり半回転……

 そのまま落ちてきて、地面にぐしゃりと叩きつけられた。


 ……お……おお。

 やっぱり、スキルは……よけいだったか。


「いや。その。まあ。はは」


「とっ……突撃いいいーーーーーッ!!」


 うろたえも垣間見えるロームンの号令で、勇者隊がぴくぴくしているグルキオストラに突っ込んでいく。

 おお。あの短時間で隊列を整え直していたのか。

 本当によく鍛えられている兵たちだな。


「ゼルスンッ!!」


「姫……」


 騎馬を駆り、セオリナが近づいてくる。

 パッと見でわかるほど、血相が変わってるなあ。


 目立ちすぎてしまったか……

 能力をいぶかしまれたか……

 まさかの無事を心配されたか……

 いや。ここはあれか。

 命令違反は命令違反だから、とがめられるか! それだな!


「ゼルスン……!」


「は! 申し訳ありません姫! 退避との命令に背いてしまいました、なんなりと罰則を!」


「……きみをうちで預かることはできない」


「サーイエッサー!!」


 我ながら、元気よく返事をしてから。


「…………。サー?」


 さすがに聞き返さざるをえなかった。


「きみのためだ。ゼルスン。今の仕事・・を最後として……」


 いつも通りの態度で――しかし笑顔はなく。

 セオリナ姫は告げた。


「我が隊から出て行ってくれ」



**********



お読みくださり、ありがとうございます。



次は6/30、19時ごろの更新です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る