第78話
テミティが気を失っていたのは、ほんの数時間だけだった。
夕飯前には起きてきて、顔を洗い、ぼさぼさだった髪を自らくしけずり、
アリーシャに薄いシャツを所望し、借りたそれを洒脱なワンピースかのように着こなし、
自分の倍ほども高さのあるイスを軽々と担ぎ、謁見の間までとことこやって来て、
「魔王様。空腹」
「なんてすばやく場になじむのだ、テミティよ……!」
イールギットとは真逆の性格、ダクテムとも異なるタイプ。
借り物衣装で当然のごとく、どこか優雅なまでにイスに腰掛けている、その自由な様子は――
はちゃめちゃに愛い。
「ごはんだなっ、すぐに用意させよう! なにを食うっ? お子様ランチかっ?」
「魔王様。以前も」
「そうだな! 前にも何度もこーゆーこと言って、殴られたり蹴られたりしたな! 変わってなくてなによりだ、うんうん! 肉とビールでいいか!?」
「キッシュも」
「いっぱい持ってこさせようしばし待て!」
ぱんぱんと手を叩くと、総務課|(と呼びはじめたのはアリーシャだったか誰だったか)のコボルトたちが食事用の長テーブルを運びこんできた。
ついでにやってきたマロネが、ありゃ~、と珍しい顔をする。
「ほんとにテミっちだ。よく来たねえ」
「マロネ。幾久しく」
「うんうんおひさ~。なつかしいわ、そのバチクソに言葉足らずな感じ。てゆーかなじんでんねえ」
「実家のような安心感」
「んん~、勇者の襲撃があったって聞いてたんだけど、誤報でしたかにゃ~?」
誤報、とテミティが細い眉をひそめた。
物言いたげに小さな口を開き――
つと振り向いてパチンと指を鳴らし、寄ってきたコボルトに「ワイン。常温の白」と告げて、改めてマロネを見やる。
「誤報。まさに。わたくしは
「いやうんなんか、そーゆートコじゃなくない? もうこの城のヌシ、ゼルス様なんだかアンタなんだか」
「愚問。わたくしは客」
「せめて建前上捕虜とかの認識にしとけば? ほんと特権階級だわね、ドワーフのお姫さんは」
姫? と、配膳を手伝っていたアリーシャが手を止めた。
「やはり、そうだったのですか……?」
「ありゃ? アリーシャたん、ゼルス様から聞いてないの?」
「さっきの今ですから」
「そーいやそっか。『気品と威厳を兼ね備えた振る舞いポジション』をテミっちに奪われて、ゼルス様すねてるのかと思っちった。キャハ」
マロネよ……
おまえのそーゆームダに鋭いとこ、普段は隠しといたほうがいいって、俺は思うな……
「お名前に
「まさにそうだアリーシャ。ドワーフには王族やらの観念がないから、正確にはひとつの部族を束ねる血筋ということだがな。テミティはバドミ族の末娘だ」
「たいへんなお方ではないですか。……魔王様の、元弟子……?」
「ああ。比較的最近だが、それでももう10年ほど前になるか」
「……えっ。では」
「ん? どした?」
珍しく両目をぱちぱちさせているアリーシャの前にも、コボルトたちが料理を並べていく。
あー、とマロネが得心顔でうなずいた。
「
「そうだったのですね……」
「イールギットのアホなんかより、よっぽど人生経験積んでるもん。ねーテミっち」
否定、とグラスを受け取りながら、テミティが首を振る。
「単に長命。小娘は小娘」
「エルフほどじゃないにせよドワーフも長生きする種族だから、自分なんてまだまだっつってんのね」
「小娘なりに……。このワインは実に香りが
「マロネががんばって通訳してんのに、しゃべりたいことだけめっちゃ早口になるあたりも、こう、お姫さまって感じぃ」
はは。
いいな。俺も思い出してきた。
テミティはマロネと相性がいいんだ。
ぶっきらぼうなドワーフとおちゃらけた精霊なのに、ふしぎと2人でよくわちゃわちゃしてた。
マロネはからかいたがりだから、イールギットみたいにやり合ったり、一方的におもちゃにされたりする弟子のほうが多いんだが。
そういう意味じゃ、アリーシャとテミティは似てるな。
「ま……ともあれ。夕食が少しにぎやかで、うれしいじゃないか」
用意ができた食卓に、俺は酒のグラスをかかげた。
「乾杯はおおげさか? いいやおおげさじゃないな? かわいいかわいいテミティと俺様の衝撃的再会を祝して――」
「魔王様」
「……な……なにかなテミティちゃん? 乾杯イヤ?」
「ひとつ、ある。わからぬことが」
背の高いイスに腰かけ、ちみちみの両足を組み、老獪な猛禽のような深く鋭い眼光でもって、テミティは呟いた。
「なぜ、わたくしが……追放されたのか」
しん、と広間が静まりかえる。
顔をしかめる俺をはじめ、一同をぐるりと見回して……
テミティはわずかに、グラスを持ち上げた。
「乾杯」
おまえが言うんかい。
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