第73話
もしもこの場にマロネがいたなら、「え? よく聞こえませんでした、もっかい言ってください☆」とか煽り立てられること間違いなしだったが、
「お……おお……?」
ラグラドヴァリエには有効だったようだ。
そこそこ混乱した様子が見て取れる。よっしゃ。
「性的な……アレ、だと……?」
「そうだ。知ってるかわからんが、俺は魔人だからな。性的嗜好のアレとかは人間に近い。かわいい女の子が大好きだ」
「そうか。いや聞いてないが。なぜ同じ魔人ではなく……」
「俺も魔王だからな! 魔王イズ邪悪! 人間を苦しめてしかるべき! 夜ごとこの小娘に、魔王と人間の格の違いを思い知らせてやっておるのだ、クククク」
「慰みものにしているのはわかったが」
「そんな言葉使うな!! アリーシャたんに向かって!!」
「えっ」
「えっ、あっ、ごほんごほん! ともかく! 勇者の格好戦士の格好、魔法使い僧侶遊び人、果てはナースやメイドや女海賊まで。多種多様に取りそろえておるのだ……すごかろう」
ラグラドヴァリエは答えない。
赤い瞳で、じっと俺を見つめている。
い……今、そんな目で見つめられると。
なんかこう、ちょっと、ごめんなさいしたくなるな……
「勇者を育てているわけではない、と……?」
「そ、そうだ。育ててないぞ。野に放ったりもしてない。間違いない勇者パーティの作りかた、なんて冊子を製作したりもしてないんだ」
「……魔王ゼルスよ。わらわはなにも、わざわざ責め立てに来たわけではない」
「む……?」
「勇者という、人間特有の制度……そこをつつくのは悪くない。わらわも、そう考えておるからのう」
…………。
こいつ……
「わらわにだけ、本当のところを教えてはくれんか?」
ラグラドヴァリエは動いていない。
しかしその瞳との距離が、ぐっと狭まったような気がした。
「勇者を育てて、なにを企んでおる……?」
「育ててない」
「……強情だのう」
「強情もなにも、育ててないんだからしょうがない。育てる理由もないだろう」
「そんなことはなかろ? 少し想像を巡らすだけでも、たとえば……己が序列を上げたいがため、自分以外の魔王を勇者に倒してもらいたい、と考えるような」
「ぎくり」
「なにか聞こえたが?」
「ななななんにも!? なるほどなあーそういう発想もあるのかあ~!」
序列なんぞに興味はないが、
こいつ、思ったよりやわらかい頭してるな……見た目はともかく、俺より長く生きてるはずだが。
だてにドラゴン最強張っちゃいねえってか。
「育てていないのだな?」
「いない!」
「これから育てるつもりも?」
「ない! あ! 俺好みのおっぱいでっかいかわいい女の子だったら考えるかもしれない!」
「……実はわらわも、人間の類いを育てておるのだよ、と」
……ふん……
「そう言ったとしたら? いかがか、魔王ゼルス」
「びっくりぎょうてんする」
「……そうではなくて。……何か言うことはないのか?」
「別に? 人間とか勇者とかって怖いのに、よくやるなあと」
「は。……なんとも、食えない魔王よな」
「おほめにあずかりまして」
ラグラドヴァリエを座らせたまま、ゆら、とドラゴンが首をもたげた。
バルコニーの外で翼が空を打つ。
ひとこともしゃべらないアリーシャの前髪を、突風がかき乱した。
「どうやら、わらわの準備不足だったようだ。出直すとしよう」
「また来るのか?」
「貴様にはなにかある。このまま領地を併呑してやってもよいと思っておったが……退いたふりをして、わらわの部下を狙い続けている闇の精霊。あれの攻撃のほうが、わらわの命令よりも速そうだからな」
気づいてやがったか、マロネの動きに……
食えねえ態度はお互い様だ、まったく。
「魔王ゼルスよ」
「なんだ?」
「我ら魔王同士、馴れ合いもせぬが、反目し合う必要もない……敵の敵は味方、そうではないかの?」
「さてな」
「きっと美しいぞ、人間のおらぬ世界は。いずれわらわの考えを話し聞かせてやろう」
「めんどくさいのは嫌いだ」
「ふふふふ。ほほほ、きょほほほほほほほっ!!」
甲高い哄笑を残して、ラグラドヴァリエが城を離れてゆく。
しばしそのまま、俺は黙っていた。
……本当に、このまま帰るみたいだな。
空の大編隊が、向きを変えている。
マロネを警戒していたものの、被害を考えなければ、この城を全壊させるくらいはできただろう。
利益がないと考え直したか。
利益……
やつはいったい、なにを求めてここまで来たんだ?
「この世は闇が多すぎる……」
久しぶりに、その大きなかけらに触れたな。
ラグラドヴァリエが、ああいう魔王だったとは。
各地の弟子たちが、今さらながら心配だ。
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お読みくださり、ありがとうございます。
次は4/10、19時ごろの更新です。
(しばらくは1の位が0と5の日に更新して参ります)
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