第74話



「ただいまでぇ~す」


 徐々に緊張をゆるませる謁見の間に、マロネがとことこ帰ってきた。


「いや~、びっくらこきましたね。ゼルス様」


「まったくな。たったあれだけの話をするためだけに、あんなぞろぞろ引き連れてきやがって」


「ゼルス様がうまく受け答えしなかったら、そのまま攻めこんでくるつもりだったんでしょ?」


「どうかな? あいつの領土はずっと北だ。こんな飛び地を手に入れたって、しょうがないだろう」


「それもそーですか」


 俺を殺しておくつもりだった、ってのはあったかもしれないけどな。

 魔王はそれぞれ、人間と敵対してるが、魔王同士で仲がいいわけじゃない……いるにはいるけどな、そういうのも。

 だが基本、目障りな相手がいたら、排除しようとケンカを吹っかけてくる。

 おまけに交渉事にうとい魔王やつばっかだから、手段が腕力しかなくて面倒なんだ。


 勇者育成疑惑がうそでも本当でも、せっかく来たのだから魔王くらい倒しておこう、となった可能性は高い。

 そうしなかったのはたぶん、マロネの機転と……


「本当にアイツも、なんらかの形で勇者を利用しているか……。マロネよ。明日からラグラドヴァリエ領の諜報を頼む」


「がってんです。今から行きますよ?」


「いや、今はなんかもう、アレだ。疲れた。気晴らし的なことをしよう。城のみんなも安心させたいしな、『龍族1位追い返してやったぜパーティ』とか銘打って、パーッと」


「! パーティ!」


「ああ」


「どんちゃん騒ぎ! お酒! 酔っぱらうゼルス様! 介抱するマロネ! 見つめ合う2人! ラブレボリューション!」


「なんでもいいから準備を手配してくれ。……しかし、ドラゴンくさくなっちまったな」


 ラグラドヴァリエとその搭乗獣、2体入ってきただけだったが、強烈な獣臭が今も残っている。

 魔族だろうが人間だろうが、感性をにぶらされるにおいだ。

 あるいはこれも、ドラゴン族の能力のひとつか……


 ま、この謁見の間は、開放しっぱなしだからな。

 ほっといたら換気されるだろう。

 外までドラゴンくさくなってたらたまらんけど、さすがに――


「……ん……?」


 くん、と俺は鼻に意識を集中した。

 ……なんだ?

 今、なんか、違和感が……

 ドラゴンのにおいの中に、また別の嗅ぎ慣れないにおいを感じたような。


 気のせいか。

 いやまて。

 やっぱりおかしい――


「ゼルス様」


 るんるんで謁見の間を出て行くマロネと入れ替わりに、アリーシャがそばに寄ってきた。

 ちょっとまってくれ、においが…………、う~ん、アリーシャたんは今日も良~い香り。

 ラズベリーみたいに甘くて爽やかなにおいだ。愛い愛い。


「どうした、アリーシャ?」


「あの、先ほどの……」


「先ほど? ……あ」


「龍族の魔王に、わたしのことを……」


「ち、違うぞ!? その、えっと、違うからな!? まさかこの俺が弟子の人間をそんな目で見ているとか、そんなのないからな!? 誓って!」


「いえ、あの……こすぷれというのは、何でしょうか?」


「…………うん?」


「人間社会の文化とおっしゃいましたが、不勉強なもので知りません。どういったものでしょう? 何に役立てるものですか……?」


 ……う~む。なんてこった。

 ラグラドヴァリエよりピュア……いや世間知らずというべきか。

 その。まあ。なんだ。

 本来のニュアンスとはだいぶ違ってたけれども、そこのところはおいといて、と。


「仮装のことだヨ」


「ああ。そうなのですか」


「そうとも。人間たちはときに大勢で集まって、いろいろな仮装を楽しむというじゃないか。それのことなのであるよ」


「仮装が罪深い文化、なのですか……?」


「そのへん深くつっこまないでお願い――……」


 おかしい。

 やはりにおう・・・

 アリーシャの香り、マロネの残り香。


 慣れたにおいの中に紛れこんで。

 なにか……これは……


「おい……」


「はい、さすがはゼルス様。実はわたし、仮装に凝っていた時期がありました。ご要望とあらば、女海賊でもなんでも」


「いや違くて。……いつからだ?」


「はい?」


「いつからそこに、そんな鎧あった……?」


 俺が指さす、広間のすみ。

 魔王この城を巣立っていった弟子たちの石像|(よくラグラドヴァリエにこれツッコまれなかったよな)の端。

 色合いこそ、石像とよく似てはいるが……


 にぶくくすんだ銀色は、極めて硬質なミスリル銀のそれ。

 完全防備のフルフェイスな兜が、弟子たちの石像に彫ってあるはずの顔部分を覆っている。

 なにより。

 ちっちゃい。


 小柄なマロネの、さらに半分程度……

 俺のひざ上ちょっとくらいしかないだろう。

 そんなミニチュアな置物や像など、かざった覚えはない。

 というか。


「あれは……?」


 気づいたらしいアリーシャの前で。

 がちょんっ

 とその鎧が動いた。


「「なっ……!?」」


 びっくりする俺たちに、鎧はその正面を向けた。

 フルプレート。

 兜の面も下りているせいで、鎧の中身は見通せない。

 しかし、誰かが着ている。

 めっちゃちっちゃい誰かが。


「お……おまえ、まさか……!?」


 鎧は黙ったまま、ゆっくりと手を伸ばした。

 かたわらの石像|(ガチ)のうしろから――巨大なハンマーを取り出す。

 そっちはマジででかい。

 柄の長さが俺の身長よりある。


 ぶぶんっ、と軽々それを振り回し、


「魔王」


 初めて鎧がしゃべった。


「覚悟」



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は4/20、19時ごろの更新です。

(しばらくは1の位が0と5の日に更新して参ります)

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