第72話
魔王、というのは立場の名前で、当然種族名じゃない。
いろんな魔族が魔王になっている。
俺は魔人だし、精霊の魔王もいる。
スレイプニルだって、マーメイドだって。
かつてはなんと、人間の魔王とかいうよくわからん存在もいたとかいなかったとか……
ともあれ。
もともと母数の多い種族なんかは、多数の魔王を輩出してたりもする。
そうなってくると、ま、生き物だからな。
誰がいちばん強いのか、的な興味を抑えきれん連中も、ままいるわけだ。
ドラゴンなんて、その最たる例。
ラグラドヴァリエの名を知らない魔王はいない。
ドラゴン族の魔王にて最強。
魔王全体でも、3本の指に入るといわれるほどの力を持つ、まさしく大魔王だ。
「部下の教育がなっとらんようだな、魔王ゼルス?」
乗ってきたドラゴンの首に腰掛け、ラグラドヴァリエはじろりとマロネをにらんだ。
「わらわの空軍をたたき落とす、と? 実行しておったら、ものの数秒で塵になっておったぞ、そこな精霊」
「ごめんなさあ~いっ!」
下がらせたマロネがいきなりきゃぴり倒す。
にぎった両手を笑顔でふりふり、俺から見ても実にいらだたしい。
「音に聞こえたラグラドヴァリエ様だったなんてえ! ぜんぶゼルス様の教育が悪いんですう、ごめりんこっ☆」
「……頭が悪いのか、育ちが悪いのか。誰に口をきいて――」
「うっせんだよババア。へたくそな若作りしやがって。アポも取らずに乗り込んできた時点で歓迎なんぞされるわきゃねえーだろ、ボケ」
「ほう……」
「序列がどうだか知ったこっちゃないけど、テメー生きて帰れると思うなよ? うちのゼルス様は勇者にゃやさしいけど魔王にゃ厳しいんだからな! ドラゴンなんぞかば焼きにしてやらあ!!」
「……ちょっと、最後のほう……わらわの耳をもってしても、なんと言っているのか聞き取れなんだのだが」
うん。
俺にも聞こえなかった。
俺の指示通りマロネは下がって、しゃべりながら下がって、下がって下がって下がり続けて、謁見の間から出て行っちゃったからね。
……あんにゃろ……
「不出来な部下が、まったく申し訳ない」
「ふん。変わった城のようだな。うわさ通りだ」
「……ふむ? うわさ?」
「当人は知らぬか。まあうわさとはそういうもの。性急な本題というのも無粋ではあるが……」
薄緑色の扇を広げて、ラグラドヴァリエが優雅に微笑む。
「わらわとて、領土を出てきておる。ひまな立場でもない」
「世間話がしたいわけでもなさそうだしな? あの大所帯じゃ」
「そういうわけでもないぞ? 貴様の返答次第では、楽しいひとときとなろう」
「うん?」
「確かめたいことがある」
ちろ、とラグラドヴァリエの視線が流れた。
俺のかたわらに控えるアリーシャに。
「魔王ゼルス、貴様……勇者を育てて野に放っている、といううわさ話は、真実か?」
そろそろ誰かに嗅ぎつけられるんじゃないか。
そう思っていなかったわけじゃない。
だから、
「何のことだ?」
俺は思いっきりすっとぼけた。
迷いなく。ためらいもなく。
「勇者を? 魔王が? 育てる? ゆかいな発想だな~」
「……知らぬと? うわさはうそだと言うのか?」
「そーゆーことになるなあ。俺はそんなことしてないから」
「そこな人間は?」
龍魔王の視線を受け止め、しかしアリーシャは平然としている。
魔王からすりゃ、気に入らないたたずまいだろう、おそらく。
「見たところ、勇者然としているようだが?」
「これはコスプレだ」
「……こ?」
「コスプレだ」
「こす……なんと?」
「知らないか? 人間社会の罪深い文化だ。彼女は勇者じゃないのに、勇者の格好をしている。俺がさせている」
「……なにゆえ?」
「それはこの子が」
ぐ、と俺は胸を張った。
弟子の誰にでも使えるわけではないワザ……
今そばにいるのがおまえでよかったぞ、アリーシャ!
「俺の性的なアレだからだ!!」
だ!
だっ……
謁見の間に響き渡った声は、こだまとなって空に溶けていった。
……やばい。
思ってたより恥ずかしいな、これ。
眉毛の1本すら動かさないアリーシャの無表情が、逆に胸にきてます。
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お読みくださり、ありがとうございます。
次は4/10、19時ごろの更新です。
(しばらくは1の位が0と5の日に更新して参ります)
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