第47話



 イールギットは囚われの身だ。

 そして聞くところによると、人間の軍隊には俘虜ふりょを働かせるルールがあるという。

 土木工事などをさせて、国の利にするのだとか。


 実にうまい考えではないか。

 というわけで。


「ほんとに、外に出ていいって言うの……?」


「ああ」


 魔王城1階。

 どでかい俺の銅像なんかも飾られている『最初の大広間』で、イールギットは露骨に不審げな顔を見せた。


「ふっ。そう警戒するな。マーメイドとのお茶会も楽しかったろう?」


「まあ……久しぶりに故郷の話なんか聞けて、ついつい気を許しちゃったけど。でも疲れ果てたわよ。途中からあたし、相づち打ってるのか打たされてるのか、わかんなくなっちゃってたし」


「はっはっはっ、おもしろい表現だ!」


「新手の精神攻撃でしょあれ? そうなんでしょ? あとあたしが警戒してんのは、この銅像含めた意味わかんない趣味のほうだから。来たときも思ったけど怪しすぎ」


「え、そうか? ロビーにはあるだろこういうの」


「魔王城を高級宿屋ホテルみたいに言うな!」


 イールギットの次に巣立っていった掘削師が、置き土産にと彫っていってくれたんだ。

 俺は気に入ってるんだがなあ。変にリアルで。


「趣味悪いといえば、この腕輪――魔力手錠も……」


「おう。それは外しちゃダメだぞ。外れないようには作ってあるけど、おまえが本気出したらわからんからなあ」


「ほ……ほめられたって、うれしくないし! なによ、手錠プレイが好きなんだったら、そ、そう言えばいいでしょ……!」


「手錠プレイ? よくわからんが、これを外そうとするとだな」


 イールギットの右手をとって、手首にはまっている腕輪をくいっと引っ張ってみる。


 ぱかっ


 と、腕輪の表面に、分厚いタラコくちびるが現れた。

 ……確かに、趣味がいいとは言えないかもしれん。


『〇月×日、今日も魔王様といっしょにテイムの修行をした。ここのところ毎日、でもなかなか上手にできないの。しょんぼり』


「……っな……!? こ、これ、はっ!?」


『でも魔王様はとってもやさしくて、あたしのこと気遣って教えてくれる。うまくできたら、頭をなでてほめてくれるし、とってもうれしいな。早く1人前にならなくっちゃ』


「ひいっ!?」


『〇月△日、今日の修行はフェゾーネ様と。フェゾーネ様もいい人だけど、やっぱりあたしは魔王様が――』


「だめえええええ黙れええええええええ!?」


 ごむごむごむ、とイールギットが左手で腕輪を殴りまくる。

 こ、こらこら!


「外そうとしちゃダメだって言っただろ!?」


「してないわよ!! 黙らそうとしてんの!! あ、黙った」


「まったく、いかんぞ! 女の子はもっとおしとやかでなくては」


「うるさいわねッ!? てゆーか、い、今の……今のって、まさか……!」


「イールギットがここでの修業時代に書いていた、かわいらしい日記だ。手錠を外そうとすると、大音量で朗読がはじまる」


「なんでそんなもんがあるのよおおおおおお!? あたしちゃんと持って出たでしょ!? だ、誰にも見せてないはずっ……!」


「それが、こっそりぜんぶ書き写していた不心得者がいてなあ。誰とは言わないが」


「あンのクソ闇精霊があああああああ!!」


 なぜ秒でばれた?

 いやまあばれるか。


「ち、違うし……これは違うし、そんな、その、違うし……!」


「それでだな、イールギットは現在、魔王城に囚われの身なのだからして」


「ノーリアクションもそれはそれで腹立つわあ……!」


「要求に応えてもらいたいわけだ。何をしてもらうかと言うと……ま、ついてきてくれ」


 ロビー(たまにフロントとも呼ぶ)を出て、魔王城の前庭に。

 木々のみずみずしい緑が、今日もきれいだな。

 クソ闇精霊は、もといマロネは「魔王城なんだから枯らしましょうよ」とか言うけど、それを枯らすなんてとんでもない。


 深い濠を越え、分けられた区画へ。

 背が低い、ゴツゴツした岩がむき出しに造られた、真四角な建物がひっそりと建っている。


「ここだ」


「……これは……?」


 イールギットが細い眉をひそめる。

 見たことがないだろう。

 ごく最近に設置したものだ。


「ここの生き物たちの、面倒を見てもらう」


「なんですって……!?」


「ドアを開けてみろ」


 こく、とイールギットが小さくのどを鳴らす。

 察しがいいな。感じ取ったか。

 俺もできれば、ここには入りたくないからな……


「……!……」


 意を決したか、イールギットの手が、重い金属製のドアにかかった。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は12/19、19時ごろの更新です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る