第46話
「と、ゆーわけでイールギットよ。向かいの牢屋を使うぞ」
は? と目を丸くするイールギットにかまわず。
相変わらずのコボルト軍団が、イールギットのいる場所の真向かいの牢獄を、えいほえいほと整備しはじめた。
ある程度きれいにしたところで、今度は大量の
土嚢。
当然、土が入っている。
「ま、今回はきめの細かい、白砂ばかりだけどな」
「ちょ、ちょっと……? なにやってんのよ?」
「すぐにわかる。お、水槽もきたな、よーしこっちだ」
「水槽!?」
「ばらしたまま持って入って、中で組み立ててくれ。この城でいちばん
「いやだから、なんでそんなもんをここに……!?」
ふふふ。
イールギットめ、釘付けになっているな。
もともと好奇心の強い子なんだ。
目の前でこんなことをされては、ワクワクせざるをえまい!
「イールギット様、大丈夫です。そう臨戦態勢になられる必要はありません」
なにい!?
り、臨戦態勢!?
「魔王様のいつもの発作です。お心当たりもあられることかと」
「あ、ああ……。え、あ、アンタ誰?」
「申し遅れました。アリーシャ・ベル・エル・ファンカトラスという者です。魔王様に教えを受けております。イールギット様の後輩です」
「……そうなんだ」
「よろしくお願いいたします」
なんか、会話の内容が納得いかんが……
ともあれ、コボルトの群れが退出していく。
準備が整ったぞ!
癒やし尽くされるがいいイールギット!
「魔王ゼルスの名において! 出でよ!」
ゴアッ、と牢獄に光が満ちる。
青い燐光の中に黒の奔流がまざった、闇の力を示す色合い。
イールギットの表情が引きつる。
「しょ……召喚……!?」
まさしくそうだ。
イールギットが看破した通り、光の中に何かの影が現れ――
ぱしゃん、と小さな音がした。
光が消え、牢屋に薄闇と静けさが戻る。
召喚成功。当然のことだがな。
「あらあら……?」
イールギットでも、アリーシャでもない女の声。
大きな水槽に、それでも入りきらない大きな尾びれが、ぺたぺたと石の壁をたたく。
急造の砂浜に上半身を横たえ、魚の下半身を持つ美女が両目をぱちぱちさせた。
「またずいぶんと、殺風景なところにお喚び出しくださいましたのねえ」
「ははは、すまんな! なにぶん急いだものでね」
「まあ。お急ぎでしたら、わたくしでお役に立てるかどうか、不安ですけれども……なにぶん、のんびりが信条ですので」
「それでかまわんよ! 世間話をしてやってほしいだけだからな」
せけんばなし、とつぶやくイールギットに向き直る。
「イールギット。こちら、マーメイドのマメ子さんだ」
「名前よ」
「マメ子さんの話は楽しいぞ~! なんでも知ってる超世間通だしな。さ、話すがいい!」
「いやいやいや、え? な、なに……? ぜんぜん意味わかんないんだけど」
む。
確かにアリーシャの言う通り、イールギット、緊張しているのか……?
身構えていては話も弾むまい。
なんとかほぐしてやらねば。
えーとえーと。
「そうですわよねえ」
ぱしゃ、と水槽の塩水で遊びながら、マメ子さんがにっこり笑った。
「こんな無茶ぶり、久しぶりですわ。イールギットさんとやら、わたくしを哀れに思ってくださる?」
「え? あ、ま、まあ……そうね……」
「ありがとう。わたくし、普段は水のきれいな入り江にしかあがりませんのよ? ここの魔王様には、いつだったか熱心に口説かれて、変則的な契約魔族みたいにしていただいてるんですけど」
「なんで……!?」
「謎ですわ」
謎とか言わんでも。
「それよりイールギットさん、お声がステキでいらっしゃること!」
「え、えっ? あたし!? あ、ありがと……?」
「発音もおきれいでいらっしゃいますけど、ほんのちょっぴり西のなまりが入ってらっしゃるかしら?」
「え、わかるの!? そんなにしゃべってないのに!?」
「わかりますとも。西のほうといえば、先日ワラニエ公国の国門大橋が崩落してしまわれたの、ご存じ?」
「こくも、ええうっそ、冗談でしょ!? あの大橋!? あんなの落ちることあるの!?」
「たいへんな騒ぎだったようですわよ。もしかしてご出身?」
「あ、いえ、あたしは違うけど。リルモックってところで……」
「まあ、リルモック! 大きな峡谷があるところですわね、眺めがすばらしいと聞き及んでおりますわ。でしたら山育ちのお方――」
さすがだマーメイド族。
おしゃべり大好き、うわさ話をさせたらいつまでもしゃべり続けている。
イールギットを自分のペースに巻き込むのに、1分とかかっていない。
だがこのマメ子さんの話には、いくら巻きこまれても振り回されても、嫌な心地がしないのだ。
俺にもこのあと、「うわさ話をさせた対価」として、うわさ話に付き合わされるという、えもいわれぬ未来が待っているのだが……
このぶんだと、ずいぶん遅くなりそうだな。
「たっぷりおしゃべりして、癒やされるんだぞ、イールギット……!」
「疲れ果てそうな気もいたしますが」
「あー、まあな。でも心地よい疲れだぞ! 俺も毎回、5時間ばかし付き合わされるんだが。まさにスローライフ!」
「スローライフがそういうものだったかはともかく……魔王様と己のレベル差を痛感いたします」
ククク、アリーシャよ。ほめてもらえてうれしいがな。
まだまだこんなものではないぞ?
イールギットスローライフ計画、本番は牢を出てからだ!
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お読みくださり、ありがとうございます。
更新遅れまして申し訳ありません!
次は12/17、19時ごろの更新です。
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