第34話



 さて。これにて目的達成。

 したのはいいわけだが。


「まあ……うん、そうか……」


 ぽりぽりと頬をかいて、俺は向き直った。

 弓ちゃんに。


「きみには、ま、そりゃばれるか」


 弓ちゃんは答えない。

 じっと俺をにらんだまま、弓を片手に、半身で立っている。


 ずっと、1歩引いたような距離から、俺たちやファレンスを見てたもんな。

 俺が魔王だということに、察しをつけている。

 ……むしろ、ファレンスが気づいてなさそうだったことのほうが、アレかな。


「町まで送ろうか?」


 再び、答えない。

 ただその全身から、にじみ出すような焦燥と、そして隠しきれない闘気がみなぎっている。

 闘気……いや。

 勇気、か。


 ふふ。


「どうする?」


 弓ちゃんが動いた。

 こちらを向いたまま、ゆっくりと1歩、後ろへとさがる。


 徐々に、徐々に距離をとっていく。

 転がっている氷に足を取られないよう、見事なすり足さばきで。


 やがて彼女は、俺から視線を外さないまま、壊れた入り口から姿を消した。

 ……なんであの子、ファレンスに雇われてたんだ?

 ちゃんと名前を聞いておけばよかったな。

 マロネが知ってるか。


「ゼルス様。こちら、いかがいたしましょうか?」


 倒れたままのファレンスを見下ろして、アリーシャが言う。

 いかがする、って?


「ここで始末したほうが良いと思うのですが」


 アリーシャさん!?


「いや、それはー……だな……」


「ご意向に沿いませんか?」


「ファレンスはまあ、勇者たりえる人間ではなかったが、それは我々の……俺の価値観だしな? 別にこいつがなにか、悪事を働いたわけではないし……」


「わたしは、そうは思いません」


「ほう?」


「ファレンスのような、わかりやすい強さばかりを誇示する勇気なき輩がのさばるせいで、真に勇者にふさわしい人間が割を食います。ダクテム様のように」


 ダクテム……

 アリーシャに目を向けられた彼は、杖に体重を預けて深く息をはいた。


「ワシのことはいい……が、アリーシャ殿の言うこともわかる。確かに、知人がワシのような思いをするかもしれないと考えると、ファレンスは害ですな……」


「ダクテム、おまえ寒くないか? 急に転送されてきたもんな、俺のローブを羽織っておけ」


「ぜ、ゼルス様、自分は平気です、そのような……!」


『オカンか』


 うるさいぞマロネ。

 風邪とかひいたら大変だろうが。


『んでもねダクテム、アリーシャたん。勇者のもと・・として考えると、ファレンスみたいなのでも貴重なんじゃない?』


 もとっておまえ。


『仮にも聖剣使い。パーティのリーダーとしてはスカみたいだったけど、今後は魔王の1人もうっかり倒してくれるかもしれない。それがいちばん、ゼルス様にとっては大切なんだよ』


 ……まあ、な。

 確かに魔王は倒してほしい。

 それをやるのは人間でなければならない。


 俺がやると、同族殺しになってしまう。

 それは禁忌だ。

 バドマトスも、ただ吹っ飛ばしただけだしな。


『反省して、精神的にも勇者になっちゃうかもしれないじゃん? 人間ってそーゆーとこあるんでしょ?』


「普通の真心を持つ人間であれば、確かに。しかしこの男ファレンスに、そんなものがあるとは、わたしには思えません」


『そーなの? マロネそのへんわかんにゃい。魔族の悲しみ』


「やはりこの場で」


 待て、とダクテムが2人を止めた。

 俺にむりやり羽織らされたローブがとてもよく似合っている。


「ゼルス様に決めていただくのがよかろう」


「……それは。……そうですね」


「今回だけの問題ではない。全体を、世界を見る目を持っていなければな」


 なんか話がでっかくなってる気配。

 ほんでみんな俺見てる。魔王を見ちゃってる。

 照れる……愛いやつらめ……


「ゼルス様。お願いいたします」


「俺は勇者が好きだ」


「……左様ですね。では――」


「だが、勇者のことはわからん」


「……は」


「勉強できるかと思ってここまで来たが、なんというかな、まだまだつかめなかった。魔王の悲しみ」


 ぶふっ、とマロネがふきだした。

 我々は闇。人間は光。

 おもしろいなあ、おい。


「だから、こうしよう」


 上半身ハダカで胸を張り、俺は決定した。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は11/27、19時ごろの更新です。

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