第33話



「回復したか? 動いて大丈夫なのか?」


 杖を見て心配する俺に、ダクテムは笑って首を横に振った。


「まだまだ、全身に力が戻りませぬ。少々無茶をしすぎました」


「そうか……」


「しかし、どうしてもひとこと、自分の口から言わねばと思いましてな」


「いつから見ていた?」


「マロネ様にお気遣いいただき、氷の魔王と対峙なさったあたりから、ずっと」


 マロネめ……。


「き……きみは!」


 ファレンスが立ち上がり、ダクテムを前にする。

 覚えていたか。

 自分が追放した男の顔を。


「ファレンス殿、お久しゅうございますな」


「ああ! そうか、きみか……ゼルスンの関係者だったのか」


「自分も、アリーシャ殿と同じく、弟子の1人です」


「!! そうだったのか! なら文句ない、ぜひ我がパーティに戻ってきてくれ! 私が間違っていた!」


 ……ダクテムは。

 決して近接戦闘が得意なタイプではない。

 城に出戻ってきたときは、あれほどの立ち回りを見せてくれはしたが。

 本来は、戦場全体を把握し、上手に力を使う役回りだ。


 ゆえに、ファレンスのようなタイプとの相性は悪くない。

 追放の理由も、このぶんだと……


「反省した! 本当だ! もうきみが、私に断りなく村の人々の傷を癒していたとしても、クビにしたりはしない!!」


 想像より100倍どうしようもない理由だった。

 マジかおまえ。


「人気取りをしていると疑ってしまったんだ! もちろん今ではそんなことはない、ゼルスンの弟子ならそんなことはしない! きみの能力には何の文句もなかった、本当だ!」


「ファレンス殿……」


「あ、ああ!」


 ダクテムは居住まいを正し、わずかに微笑んで言った。




「お断りいたします」




「えっ?」


「ファレンス殿のパーティには、戻りません」


「……あ……え?」


「それを、伝えに参りました。短い間でしたが、お世話になりましたな」


 ダクテム……

 ふむ。


「いいのか?」


「はい」


 俺への返事にも、迷いがない。

 マロネも言っていたが、こうなるとわかっていたかのようだな。


「な……なっ……な、なぜ!! なぜだ!?」


 ファレンスがダクテムの両肩をつかむ。

 おいおい。うちの子にあまり乱暴してくれるなよ。


「どうしてなんだ!? 勇者パーティだぞ!? ゼルスンの言うこともわかるが、しかしともかく、国家公認であることも事実だ! 待遇についてはじゅうぶん考慮する!」


「ファレンス殿。自分はまだまだ未熟。戦いで得られる以上の報酬はいただけませぬ」


「そっ……そうか。ならそれでもいい、尊重しよう! 戻ってきて、私を支えてくれ!」


「……ワシはな、ファレンス殿」


 あくまで静かな口調を保ったまま、ダクテムがファレンスの手をそっと払った。


「誰かにほめられたくて、認められたくて、勇者になろうと思ったわけではない。魔王を倒すために……世のため人のために、そのために強くなろうと思ったのだよ」


「だ……だったら!」


「ファレンス殿は弱い」


「ぐ!!」


「アリーシャ殿にあしらわれたことを言っているのではない。強さとは、剣の腕前や魔力の格、スキルのレベルだけではないのだ。剣士や魔術士ならいざしらず……そう……だから、そう」


 ダクテムがひとつ、小さくうなずいた。


「あなたは勇者ではない」


 数秒の沈黙ののち。

 ファレンスの体が、ゆっくりと真後ろにかたむいていった。

 ばたーん、とダンジョンの床にひっくり返る。


 ……白目をむいて、気を失っているようだ。

 実はリアクションの引き出し、多いやつだったんだなあ。


「ショックの量が、心のキャパシティを上回ったようですね」


『あっはははははおもしろ~い! これだから人間って好きい~!』


「マロネ様……趣味のお悪い」


『え~そう~? ゼルス様にくらべたらぜんぜんだよ』


「何をおっしゃいますか」


『だってこの人いま絶対、ファレンスのこと憐れだとか思ってるよ。こんなミスタースカポンタンを』


「……それは……まあ。はい」


『自分のピュアさで詰ましたようなもんなのにさー。魔族でも人間でも、こーゆー手合いがいちばんタチ悪いんだよね。こわーい」


「あの。マロネ様。よろしくないのでは」


『へーきへーき、今はアリーシャにしか聞かせてないからさ~』


 そうだな、マロネよ。


「俺に聞く気がなかったら、そうだったかもな」


『そーそー。このスキル双方向だから、ゼルス様に聞こうとされたら聞かれちゃうんだけど。でもどーせゼルス様気づいてな……い、でしょ……』


「ああ。気づいてないとも」


『……ですよねー……』


「向こう10日間、自慢のツインテを城の屋根にくくり、ぶら下がった状態で眠ることを許可する」


『闇の精霊に頭皮の限界に挑ませてどうなさるおつもりで!?』


 知るか。

 勝手にハゲあがるがいい。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は11/27、7時ごろの更新です。

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