第29話



「じょ……冗談じゃねえ!」


 鎧くんは、まだ世間話を続けたいようだった。

 余裕があるのはいいことだが、今のところ、バドマトスに対する決め手が明らかになっていない。


 ファレンスの奥義は、もうダメ・・だろう?

 そこのとこ、そろそろ話し合ったほうがいいんじゃないかなって、魔王は思うぞ。


「ダンナがあの熊を倒してくれねえんじゃねーか!」


「なんだと!?」


「あんたが倒してりゃ、それですむ話だろ! てゆーか倒せんのか!? なんか危なくねーか!?」


「き……貴様、クビだ! ユミーナと同じく、今回限りだ! いいな!!」


「っ……こ、こいつイカレてやがる。付き合ってられっか!」


「あっ、き、貴様っ……!」


 鎧くんはガチャガチャと、神殿の奥へ走っていってしまった。

 ふむ。

 そっちに出口がある可能性は低いと思うが……


 ま、行きたいというなら、別に止める理由はない。

 彼よりもずっと、ファレンスに興味があるしな、俺は。


「ど、どいつもこいつも……! なぜだ!? なぜ私の思い通りにならんッ……!?」


 カチカチと、ファレンスは小さく歯を鳴らしている。

 ……寒くなってきたかな? さすがに。


「勇者だぞ私は。勇者ファレンスだぞ! 私の思い通りに……言う通りにしていればいいだけだろうがっ……! そ、それを……!」


「大変だなあ勇者は」


「ゼルスン! 何をひとごとのように……!」


「ひとごとなんかじゃないさ。次はどうする?」


「あ、ああ……かくなる上は」


「ああ」


「撤退する」


「おう! ……えっ?」




「えっ?」


「えっ?」




 俺の「えっ」に、

 応えてファレンスの「えっ」、

 それが意外でまた俺の「えっ」。

 都合3回響かせて、俺たちはしばし、顔を見合わせた。


「え……って。あ、ああ、心配するな。撤退方法なら……」


「いや、えっ? 逃げるのか?」


「え、うっ……!?」


「それはちょっと、予想外だったから……」


「よ、予想外……!? ゼルスン、わ、私はな、さっき卑怯にも腕に矢を受けてしまったのだ。まったく不本意だが、ここは……」


「ああ、当たってたな。でもまだ腕1本だろ?」


「……え……?」


「人間の腕は2本ある。ファレンスは勇者なんだから、ほかよりすごいのがもう1本ついてる! 戦えるだろ?」


 ファレンスは、きょとんとしたように俺を見て……

 なぜか急に、怒った顔になった。


「な……なにを言ってる! こんなときに、ふざけるな!」


「いや別にふざけては」


「こっちに来い! 脱出するぞ。ユミーナも連れていってやる。タテノスのやつは置き去りだ、はは、ざまをみろ!」


 置き去り……

 という名の作戦は、

 ない、

 はずだな?

 ファレンス……?


「この転送輝石で、ダンジョンの外に出る」


 ふところから取り出した宝石を、ファレンスが左手で握りしめた。

 なるほど。

 なにか備えてるだろうとは思ってたが、転送輝石かー。


 それはー……

 勇者にしては、ちょっと普通すぎる・・・・・、と思うなあ。


「転送、発動!」


 ファレンスの言葉に、宝石が白い光を発して……

 そのままだった。

 何も起きない。

 もちろん、転送などされていない。


「な……っな!? ど、どういうことだ!?」


「あー」


「アイテム屋め、ガラクタをつかませやがったのか!? ば、バカなっ……!」


「いや。そのアイテム屋はたぶん悪くないぞ」


「なに……!?」


「バドマトスだよ」


 俺の指さした先で、グホフフフ、と魔王が笑っている。

 やつを中心に、神殿の氷がわずかな光を帯びていて……


 ファレンスの顔色が変わった。

 氷にこめられたバドマトスの魔力が、転送を妨害しているんだ。

 輝石程度の小さな力じゃ、突破するのは無理だろうなあ。


「に……逃げられない……?」


「バドマトスも、くどくどと言ってたな。ハッタリじゃなかったってわけだ」


「そんな……うそだ……」


「さて! どうするファレンス?」


「えっ……」


 ほうけたようなファレンスに、俺は大きくうなずいてみせた。


「どうやって魔王を倒す? それしか生きる道はないぞ」


「い、生き……死ぬ? のか? できないと。この私が?」


「そりゃそうだろう。いくら勇者だって、不死身じゃあるまい?」


「う……く、くっそおお……!」


 ぎり、と歯を食いしばったファレンスが、傷ついた右腕を左手で握る。

 光が集まって……おお、傷が治ったぞ!


「なんだ! 回復スキルも使えるんじゃないか、さすが勇者だな。なんで早く使わなかったんだ?」


「い……いちいちうるさいぞ!」


「おっとすまん。で、やるのか?」


「それしかないんだろ!? や、やってやる……私は勇者ファレンスだ。負けるはずがないッ……!」


 今までにない闘争の色が、ファレンスの瞳に宿っている。

 そう。

 そうこなくては。

 ここから逆転してこその勇者だ!


「ゼルスン!! 強化だ、さらに強い強化スキルを! 私と剣に!!」


「それは無理だ!」


「っい………………っ、う、えっ……えっ? な……?」


 魔王に向かいかけてつんのめり、振り返ったファレンスが、口をぱくぱくさせる。

 よく聞こえなかったのかな?

 よし。もう少し元気な声で。


「さっきの強化が最大だ!! それ以上はできない!!」


「う……う……う、うそを、うそをつけッ!!」


「うん?」


「ど、どう見たっておまえ、余力があるだろう!? さっきのスキルも、ぜ、絶対全力じゃないじゃないか! そうだろ!? 今だってそんな、涼しい顔で、なあ!?」


「……あー。いや、ほんとにできないんだよ」


「なぜだ!? どうしてだッ!?」


 なぜもなにも……あ。

 そうか。


 ダクテムに・・・・・できる最大の支援……

 正確には、その少しだけ上の効果を持つスキルまでしか使わないから、っていう説明は、しちゃいけないよな。

 彼が追放された理由を調べてるのは、こっちの都合だもんなあ。


 しかたない。

 作戦名、素直。


「どうしてもだ!!」


 せめてもの誠意で、俺は笑った。

 ファレンスはなぜか、絶望したような顔だった。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は11/25、21時ごろの更新です。

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