第28話



 魔王バドマトスを追って踏みこんだ洞窟は、それまでの広場よりも大きな空間だった。

 これは、むしろ。

 洞窟というより、神殿……?


「ふん? 新米魔王のくせに、達者な小細工だな!」


 ファレンスが余裕たっぷりに吐き捨てる。

 ……もう勝ったつもりか?

 いやいやまさか。

 勇者の底がそんなに浅いはずはないな。


 なにせこの神殿。

 さっきまでと同じく、壁や天井が分厚い氷で覆われているが、それがほぼ360度全体にわたっている。

 単なる凝り性とは思えない。

 もしかすると、これは……


「グクフフフフフフフ……!」


 ズンン、と背後からの音に振り返る。

 俺たちが通ってきた入り口に、バドマトスの姿があった。


「なにい……!? ど、どうやって後ろに!?」


「グフハハハハハかかったな人間どもよふくろのねずみだなぶりごろしにしてくれる恐れおののけこの魔王の恐るべき力の恐ろしい」


「あまりしゃべるな貴様は!」


 セリフについちゃ、ファレンスとまったく同意見ではあるが。

 おそらく、氷の中を移動したな。

 やはりこの魔王、歴が浅いにしちゃ芸達者だぞ。


「お、おい、退路を断たれたぜ……大丈夫か、ファレンスのダンナ!?」


「うろたえるな!」


「け、けどよ……」


「タテノス!」


「わ……悪かった! なんでもねえよ」


 キンッ、とファレンスが聖剣を鞘に納めた。

 再び奥義を使うつもりか。


「人間の技などもう通用しないおとなしくしていればまばたきほどの間に殺してやるなぜならばこの我こそは」


「<ヴァイオレットジャスト>!!」


 赤い光がほとばしる。

 魔王はよけようともしなかった。


「フンバッ!!」


 謎の気合いで、毛皮に包まれた筋肉が、ぐわっと膨張する。

 必殺の光線は弾き散らされ、今度はダメージも通っていないようだった。


「グハハハハハハおろかなり人間おろかなり人間魔王最強魔王最強――」


「ゼルスン! 火属性支援を!!」


「……なにっ!?」


 よーしきたきた。

 いいともいいとも!


「<グランド・【イフリート】・アロスメデッサ>」


 によく似た闇のスキル!


 ゴウ、と音すらともなって、聖剣をオレンジのオーラが包む。

 それを鞘に納め、ファレンスが吠えた。


「今までっ……とっておいたのだ!!」


「本当ですか?」


 アリーシャの呟きは、幸か不幸か、俺にしか聞こえていないようだったが……


「<フレイムヴァイオレットジャスト>!!」


 波打つような光の斬撃が、バドマトスを直撃した。

 ガシャアアアン、と氷が砕けたような音が響く。


 ……いや?

 ような・・・、ではないな。

 本当に氷が砕けている。


「な……に……!?」


「グファファフフフフフフフ……! 死ねい!!」


 愕然とするファレンスに、初めて短く単語を切ったバドマトスが、つぶてのような氷を群れで発射する。


「あぶねえっ……!」


 とっさに前へ出た鎧くんが、盾となってファレンスを守った。

 これが、いわゆる『勝手な動き』なのかどうか。

 ファレンスが反応してくれないから、ちょっとわからないな。

 でもたぶん違うのかな。


「そんな……バカな! <フレイムヴァイオレットジャスト>!!」


 再び放たれる奥義。

 またもバドマトスを直撃し――いや。


 していない。

 氷だ。


 氷の壁を空中に生み出し、ファレンスの攻撃を軽減している。

 なんと、この魔王。

 戦いの中で、相手のことを……攻撃の特性を見切りはじめたか。


「おろかなりおろかなり人間ども決して生かしては帰さん決してだ」


「ぜ……ゼルスンッ!!」


 はいゼルスンです。


「私と剣を! 両方強化してくれ!!」


「わかった」


「急げ!!」


「<ユニオン・【イフリート】・パイオカロテス>」


 っぽい闇スキル。

 これは強いぞ。


 ファレンス自体の特性と。

 聖剣の持つポテンシャル。

 どちらにも強化を施した。間違いなく今までで最強だ。


 あとは……

 勇者たる者のもつ、実力が発揮されれば!


「くらええええええ<アルティメットヴァイオレットジャスト>!!」


 螺旋らせんに渦巻く赤光が、バドマトスの氷盾を貫いた。


「ギャガアアアアアアアアアア!?」


 響き渡る悲鳴。

 ゆっくりと巨体が倒れてゆく。

 視界の端で、ファレンスがほっと脱力するのがわかった。


 さすがは勇者殿……

 ……と、言いたいところだが。


「まだ楽しめそうだなあ」


「……え……? ゼルスン? きみはなにを……」


 倒れかけたバドマトスが、後ろ足で踏みとどまる。


「ゴブファアアッ!!」


 居直りざまに放たれた氷の矢が、ファレンスたちを襲った。


「ぐあっ!?」


「だ、ダンナあ!?」


 タテノスの防御が、きわどいところで間に合わない。

 右腕を撃ち抜かれたファレンスが、がくりとひざをついた。


「ば……ばか、な! なんだこの魔王はっ……!?」


「だ、ダンナ……!」


「タテノス!! 貴様、もっとしっかり守らないかッ!?」


「うっ……!?」


「仕事分の働きもできんやつに払う金はないぞ! どう責任をとる気だ!?」


 うん?

 なんか……

 のんきだな?

 そんなやりとりをしている場合じゃないと思うが……


 ああ、そうか。

 バドマトスが、神殿の壁際から離れないことが、ファレンスにはわかっているんだな?

 この神殿のどこかにあるエネルギー源から、氷を伝って力を受け取っている。

 だからこその、あの耐久力というわけだろうが。


「それを見切っての世間話・・・か。勇者は余裕だなあ……」


「余裕、ですか……」


 アリーシャが、奥歯ですりつぶすように呟く。

 余裕だろ?

 さあ、おもしろくなってきた。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


更新が遅れてしまい、申し訳ありません。


次は11/25、19時ごろの更新です。

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