第30話



「ゴフブルアッ!!」


 魔王バドマトスが大きく口を開け、氷のかたまりを吐き飛ばしてくる。


「<爆裂壱矢>ッ!!」


 弓ちゃんの必死の迎撃が、氷とぶつかって相殺する。

 がんばってるなあ。

 実力以上のものを出してるんじゃないか? さすが勇者の仲間。


 で……

 その勇者が、なんか、反応薄いんだが。

 どうしたんだろう?


「ファレンス? だいじょうぶか?」


「……お……おま……ゼルスン、お、おまえ……」


「おう。どうした」


「おまえ……わ、私の命令に、さ、逆らうのか……?」


「とんでもない! そんな理由がない」


「じゃあ、じゃあ、な? 強化をしてくれ。私と剣とにだ。さっきは手応えがあった、よりレベルの高い強化なら倒せる」


「だから無理だってば」


「……ゼルスン……!」


「今の力では、それはできない」


 そういう設定になっている。

 もちろん本当はできるが、けれどもうそをついている・・・・・・・・わけじゃない・・・・・・だろう?

 だって……


「ステータス登録会で見ただろ? 俺の力を。ちゃんと把握しただろ?」


「そ……それは!」


「あれが最大だ。今でもぴったりそうだ。ファレンスは、あのときの俺の力を基準に判断して、パーティを組んだ。そうだろ?」


「ぐっ……!」


「それ以上にはならない。もう1回、さっきのスキルをかけ直そうか?」


「……そうか。わ……わかったぞ……」


 ファレンスが剣を構え直した。

 やる気になったか。バドマトスくんお待たせ。


 って、

 おいおい?

 なんでこっち向いてる?

 なんで俺に向かって剣を――


「この裏切り者めええええーーーーーッ!!」


 ガキィンッ


 振り下ろされた刃を、アリーシャの剣が受け止めた。

 ファレンスがまた顔色を変える。


「き……貴様っ……!?」


「剣をお引きください」


「ど、どけえええええええ!!」


 何度も叩きつけられる聖剣を、アリーシャが的確に受け、さばき、流す。

 俺への被害がないようにだろう、渡り合いながら少しずつ前へ出て、ファレンスに距離をとらせているようだ。

 並大抵の腕でできることじゃない。


「な、なんだ!? なんなんだ貴様はあ!?」


「ゼルスン様に教えを受けている弟子です」


「ふざけるな! なんだその剣は、なぜ受けきれる!? そ、そこらの剣など、刀身ごとまっぷたつにできるのがこのロンダルギアだぞ!?」


「おっしゃる通りです」


「だからなぜだッ!?」


「むしろなぜわからないのですか」


「な、なにいい……!?」


 アリーシャの言う通り、ファレンスの言葉は間違っていない。

 だから、つまり。

 そういうことだ。


 単に……アリーシャの剣が、ファレンスの剣より格上。

 12聖剣筆頭、聖剣ガルマガルミアの最上級タードクラス。

 世界に2振りしかないその片方、雄剣ゆうけんなのだから。

 そこらの聖剣じゃ、刃こぼれもさせられないな。


「ちょ……ちょっと!? 何やってんのさ!?」


「うむ。弓ちゃんの言う通りだ」


「え、ゆ……? ゆ、弓ちゃんって、なに、あたしのこと……?」


「ファレンスよ、急にどうしたんだ?」


 唖然とする弓ちゃんを横目に、俺は首をかしげた。


「仲間に斬りかかるなんて、そんな作戦聞いたこともないぞ。どういうことだ?」


「黙れ! この裏切り者め!」


「なんだそれ、さっきも言ってたな? 俺は裏切ってなんかいないぞ」


「うそをつけ! お、俺を支援すると言っておいて、本当は魔王に俺を殺させるつもりだったんだろ!?」


「おう?」


「勇者の地位を横取りするつもりだな!? そうはさせるかっ……うぐあっ!?」


 わずかな……どころじゃないな。

 盛大な隙をついたアリーシャの1撃が、ファレンスの手からロンダルギアを弾き飛ばす。


 ぺしゃ、とファレンスはその場にしりもちをついた。

 危険はなくなったと見て取ったか、アリーシャが自らの聖剣を納める。


「御無礼いたしました」


「な……なん、なんだ、貴様の剣はっ……?」


「いろいろと、事情がございまして」


「っこ……こ……この、卑怯者どもめ……!」


「ですから、裏切ってなどいないと…………」


 いや、と俺はアリーシャを制した。


「ふむ。裏切り……ふむふむ。なるほどな」


「ゼルスン様……?」


「ファレンス……おまえの言う通りだ! 俺たちはおまえを裏切っていたぞ!!」


「ゼルスン様?」


 アリーシャの語尾から疑問符がとれないのは、俺の急な言動のせいだろうか。

 それとも、俺がわくわくと、笑っているからだろうか。

 はっきりと自覚できるほどに。


「勇者は裏切りに遭った! 仲間を信じていたのに! ひどい話だ、なんとも哀れなことだ」


「な……!?」


「だとしたらどうする!? 勇者よ!!」


「えっ……」


「頼みの聖剣も通じない! 氷の魔王はいまだ健在! 逃げ道もない、どうする、どうする!?」


「……!!……」


「勇者ファレンス!! どうするんだ!!」






――どうするというのだ?






 かつて、何度も問いかけた、この言葉。

 ここではない。

 我が居城で。

 謁見の間で。

 我が力を最も良く発揮できる場所で。


――勝ち目がないことはわかっただろう


 ぼろぼろになった『彼ら』は、それでもすぐに立ち上がった。

 何度も。

 何度でも。


――もうあきらめたらどうなんだ


 仲間をかばい。

 力を合わせ。

 時に1人の才能にすがり。

 時に皆の想いを1つにし。

 研ぎ澄まされた心でもって、魔王を倒そうと向かってきた。


――なぜそこまでできる


 それは、まるで……

 この俺の、この魔王の闇を。

 自分たちの光で、懸命に照らそうとしてくれているかのようで。


――いったいおまえたちの


 わかってる。

 勇者が戦うのは、あくまで人間たちのためだということは。

 だがそれでも、うれしかった。

 人間にとって恐ろしい存在に違いない魔王のことを、ずっと考え続けてくれていることが。


 同時にこわかった。

 そんなことを可能とする、この世で人間にしか持ちえない、謎のきらきらした感情のことが。


――おまえたちの何がそうさせる


 勇気が。


――おそろしい……うれしい……うらやましい


 うらやましい。


「うらやましいぞ……」


 ちらりとだけ、アリーシャに目を向けて、俺はファレンスに向き直った。


「さあどうする! 勇者ファレンス!!」


「…………」


「まずは立ち上がったらどうだ! 落ちた剣を拾い上げろ! それでどうする! それからどうする! 勇者の答えを見せてみろ!!」


 ファレンスは。

 剣を拾いに行かなかった。


 立ち上がって……いるのかどうかも怪しい様子で、よろよろと魔王バドマトスへと向かう。

 ほう。

 素手か・・・

 素手でなにを――


「魔王よ! 聞いてくれ! 取引しよう!」


 ……ん?


「俺を生かして帰してくれ!!」


 は?


「そうすれば、おまえの要求を呑もうじゃないか! なんだ? 生贄か? まわりの村を私から説得しよう! どうだ!!」


 …………

 ……ふむ……


「ゼルスン様……いかがしますか」


「……そうか」


「ゼルスン様?」


 アリーシャの呼びかけに応えないまま、俺は何度かうなずいた。

 これは。

 アレだ。

 事ここに至っては、うん、アレだ。


 もう答えは、ひとつしか考えられない。

 とても、とても残念なことだがな。


「勇者じゃなかったんだな」


「あ!?」


「ファレンス、おまえは」


 脂汗まみれで振り返るファレンスに、もう1回、俺は繰り返す。


「勇者じゃなかったんだな」



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は11/26、7時ごろの更新です。

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