第18話



 ファレンスに連れ込まれた店は、酒場というよりは高級レストランだった。

 客は身なりのしっかりした者ばかり。

 おそらく貴族階級か特級商人たちだろう。

 楽団のしめやかな演奏が響く中、食事と談笑を楽しんでいる。


 これは……なるほど。

 ワイワイガヤガヤグビグビガシャーン、的なのを想像してただけに、少々面食らったのも確かだが。

 そういうその、アレだな。わかるぞ。

 魔王こーゆーふいんき・・・・も知ってる。

 だって魔王だし。


「なじみの店だからな、遠慮なくやってくれたまえ」


 ワインのテイスティングをすませたファレンスが、テーブルの向かいで悠然と構えている。

 給仕が、俺とアリーシャのグラスにも注いでくれるが……


高価たかいんだろうな、これ」


「間違いないかと」


「もしマロネがいたら、ボトル奪って『売り飛ばしましょう!』とかなってそうだな」


「それも間違いないかと。食器類も、かなりの物ばかりですよ」


「む、言われてみれば……! テーブルごと売り払いかねないな」


「そういえば、マロネ様のお声が聞こえませんね」


「あっちはあっちでメシだとよ。オレのいぬまに豪勢なモン食ってやがった、帰ったらしばき倒す」


 ひそひそと貧乏くさいことをささやき合う俺たちに、ふふん、とファレンスが笑った。

 笑ったよな今の?

 鼻で? かもしれないけど。


「仲がいいんだな。本当に師弟かい?」


「うん? そうだが?」


「自分でなまぐさと言っていたし、恋人だったりするのかな?」


「はっはっはっ、おもしろいことを言う」


 修行の妨げになるだけだ。

 それでなくても、アリーシャに恋人だと?

 ……ゆるさん! なんとなくゆるさん!

 恋人なんて魔王ゆるさないからな、アリーシャ!


「だがゼルスン。私のパーティに加わる以上は、ルールを覚えていってもらいたい」


「まだゼルスン様は、ファレンス様のパーティに加わるとお返事したわけではないのでは」


「むん……?」


 これこれ、と俺はやんわりアリーシャをおさえた。


「口を挟むな、アリーシャ。ファレンス殿、ルールって言ったか?」


「ああ、そうだ。この勇者ファレンスと行動をともにするためのルールだ」


「騎士団には団規があるというが、そういうものかい?」


「それと同等以上と考えてもらいたい」


 なにそれこわい。


「ひとつ。私に聞こえない話はしてはいけない。すべての情報は、私を通すように」


「……それは?」


「パーティは1個の生き物だ。その頭脳、すなわち意思決定をするのは私。行動に差し障りがないように、メンバーのことは常に把握しておきたい、というわけだ」


「なるほど。そういうものか」


 ふむ、とひとつうなずいておく。

 聞く限り、トップにかなりの負担がかかるやりかたに思えるが……

 さばききる自信があるということなんだろうな。

 さすがは勇者だ。


「…………」


 アリーシャが横目で訴えかけてくるが、俺はただ料理を食べることで答えとした。

 今は、ファレンスに自由にしゃべらせてみたい。


「もうひとつ。常に全力を尽くすこと。それを前提に、作戦を組み立てさせてもらう」


「ふむ。わかった」


「きみの能力は、ステータス登録会で把握させてもらった。力だけでなく、小技にも期待しているよ」


「がんばるよ」


「さらにひとつ。セオリーを守ること。これがいちばん重要だ」


「セオリー?」


「私のパーティには必勝の手段がある」


 ほう……!

 そーゆーの。

 そーゆーのだよファレンスくん。


「教えてもらえるのかい?」


「もちろんだ。といって、そう大げさなものでもない」


「うむ?」


「私のこの剣、ロンダルギアには固有スキルがある。聖なる炎を波と化し、斬撃とともに敵に叩きつける技……<ヴァイオレットジャスト>というスキルだ」


「ほお~……」


「美しい技……ああ、とても強く、とても美しい技なのだよ」


 あれ。

 またうっとりしてるぞコイツ。

 ワイン片手に。

 あっちがう、ワイングラスに映る自分と見つめ合ってやがる!

 スゲー! なにやってんのスゲーオモシレー!


「…………」


 アリーシャの半眼もけっこーオモシレー。


「あの技で灼かれる敵は幸運というものだ。最強の技こそが最大の慈悲。ゼルスン、アリーシャ、きみたちにも早く見せてあげたいな! <ヴァイオレットジャスト>の赤い輝きを……!」


「めっちゃ楽しみにしてる。めっちゃ」


「ありがとう。まあ要するに、<ヴァイオレットジャスト>で敵を倒す。パーティ全体で、そのために尽くす。それが必勝の戦術だ」


「ファレンス殿。俺は、そう、あのアレだ、支援スキルしか使えないんだが?」


 そういう設定でやらせていただいております。

 魔王城から旅に出たときのダクテムに、なるたけ近くした状態だな。


「そうなのか? 神官は器用なものだと思っていたが」


「そうなんだろうさ。俺が不器用なだけでね。不合格かな?」


「とんでもない、だったらはじめから声をかけたりしない。昼間のあの力だけで、私にはきみの有能さが見えている。使えるスキルは?」


「強化なら、対象を問わない。弱体化は生物に限る。無生物、ゴーレムなんかが相手だと、デバフはしんどいな」


 できるけどね。


「いや、立派なものだ。強化対象を問わないということは、たとえば私と、私の剣とを同時に強化できたりも?」


「お安いご用だ」


「すばらしい。きみはすばらしいぞゼルスン。そしていち早くきみを見出した私もまたすばらしい」


 その流れ好きだなファレンスくん。

 これも固有スキルなんじゃないのか。


 それはともかく、これ、お酒おかわりもらっていいのかな?

 あ、勝手に注いでくれた。うれしい。

 ありがとう給仕くん。



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お読みくださり、ありがとうございます。


次は11/22、7時ごろの更新です。

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