第19話



「私の足を引っ張らないように、などとはいちいち言うまでもないと考えている」


 グラスのワインをくるくる回しながら、ファレンスは世のことわりを説くかのように言った。


「というより、そんなことは起こりえない。戦闘で、常に私の言う通り動いてくれさえすればいいわけだ。そうだろう?」


「ああ、わかった」


「私からは……おっと、肝心の報酬を忘れていたな。私は公認勇者として、ギルドから受けた依頼を達成した場合でも、ギルド報酬に加えて国からの褒賞がある。それがだいたい、ギルド報酬の10~20倍だ」


「ほほー」


「行動内容にもよるがね。それがあるからこそ、毎晩こういう店で食事を楽しめるというものだ。悪くないだろう」


「故郷のやつらに聞かせてやりたいぜ。なあアリーシャ? 特におまえのなんかに」


 はい、と答えたアリーシャが顔を上げる。

 彼女の手元では、川魚の香草焼きが、信じられないほどきれいに身と骨に解体されていた。すごいなおい。


「ファレンス様、質問をよろしいでしょうか」


「なにかな?」


「パーティ全体で、とのことでしたが」


 嫌みのない気品が見え隠れする仕草で、アリーシャがナプキンで口元を拭く。


「他のメンバーの方々は、ここにお招きなさらなかったのですか?」


「ああ。私はプライベートに理解があるほうだからな。普段の行動は自由だ。いつでも連絡がつくようにさえしてくれれば、それでいい」


「顔合わせは、いつのご予定でしょう」


「だいたい作戦当日になることが多いな。心配いらない、今は他に2人メンバーがいるが、どちらも実直な冒険者だ。私の指示にしっかり応えてくれる」


「左様ですか」


「はは、アリーシャは人見知りかな? 大丈夫だ、そもそも無理に仲良くする必要もない。私の作戦に従ってさえいれば、仕事は間違いなく完遂できるのだから」


 ふーーー、ん……

 なるほどな。

 お酒のおかわりをもらいつつ、じゃあ、


「俺からも聞いていいかい?」


「もちろんだとも」


「その残りの2人とやらは、弓術士と……あと重装戦士と見たが」


「ほう! すごいな、当たりだ……ああ、事前に調べておいたというわけか? はは、人が悪いなゼルスン」


 もちろん調べていた。マロネがな。

 俺は勇者のデータにしか興味なかったが。


「過去には、いなかったのか? 俺みたいな支援職のメンバーは」


「ああ。いたこともあるよ」


「そいつは?」


「彼もいい冒険者だったが、私についてくるには力不足でね」


 ……!

 そういうの……

 そういうのだよ。ファレンス殿。


「さっきも言ったが、パーティは1個の生き物。実力の低いほうに合わせるわけにはいかない。やむなく彼とはたもとを分かつことになった」


「どういうところが力不足だったんだ?」


「正確に言えば、力の使い方をわかっていなかった、といったところかな」


 力の……使い方?

 あのダクテムが?

 ふーむ……?


「我々は冒険者で、特に私のパーティは国家公認の勇者パーティだ。そこらの駆け出し冒険者パーティのように、手当たり次第モンスター相手に暴れ回ればいいわけじゃない。ゼルスン、きみもだ。私のパーティに選ばれた以上、きみは貴重なんだ」


「俺がか?」


「そうだとも。せっかくの力は、できうる限り有効に使わなくてはならない。そうでなければ、人間にとって本当の役には立てないし、倒せる魔王だって倒せない。だろう?」


「……ああ。言ってることはわかるよ」


 裏を返せば、言ってること・・・・・・しかわからなかった・・・・・・・・・

 今のが本音か……?

 だとすると、どういうことだ?


 ダクテムが追放された理由……

 すなわち、ファレンスに必要なものが、まだ見えてこない。

 お酒もう1杯。


「ファレンス様。魔王とおっしゃいましたが」


 分厚いステーキを皿までなめたようにきれいに平らげ、アリーシャが言った。


「今回、倒しに行く相手が魔王、ということですか?」


「よく聞いてくれた。その通りだよ」


 に、と笑うファレンス。

 ぐび、と俺も酒を飲む。


「ほう……ここらで魔王、というと?」


「この町から北に馬で半日足らず、住民が氷の山脈と呼ぶ山地がある。名前のわりに山は普通なんだが、谷底に入り口をもつダンジョンは夏でも肌寒く、奥へ進むほど極寒らしい。主は魔王バドマトス。もともと単なる雪熊の魔物ブリザードベアだったのが、齢経て魔王となったという」


「なるほど。ファレンス殿にふさわしい獲物というわけだ」


「いい表現だ。詩人の才能もあるのか?」


「まかせてくれ。酒飲みの才能もあるぜ? おかわりを」


「ああ――まてきみ何杯目だ!? い、いつのまにこんなにボトルをカラに!?」


 自分の得意が炎系だから、相手には氷を選ぶか。

 妥当な差配だ。あとでマロネに連絡しておこう。


「出発はいつなんだ?」


「あ、明日だ。そう、明日なんだぞ? だから酒のほうはほどほどにだな」


 明日。

 明日になれば、勇者パーティの戦いを目の当たりにできる。

 おまけに必殺らしいスキル付き、か……


 ふふふふ。

 いいじゃないか!!


「よーしじゃあ」


「ほっ。おひらきにするか」


「景気づけにカンパ~イ!!」


「マジかきみ!?」


 うまい酒は飲むに限る!

 うまいタダ酒は、飲み尽くすに限るのだ!



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


ここまでで、もし「おもしろい」と感じていただけたり、

「詩人としては厳しいと思う」と冷静に評論くださったり、

そういうのなくてもお心がゆるすようでありましたら、

心やさしき★★★でのご評価、またご感想など、

なにとぞよろしくお願いいたします!


次は11/22、19時ごろの更新です。

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