第5話
魔王城地下の1室に、ダクテムは運びこまれていた。
……牢屋とかじゃないぞ、念のため。
最後のスキルに力のすべてを注ぎこんだのは本当だったようで、ダクテムは立つこともままならなくなってしまったからな。
人間が安静にするのに、魔王城でいちばん適した環境が地下室というだけだ。
「ゆっくり休めよ……」
ベッドに横たわったダクテムに、静かに声をかける。
返事はない。
闇の精霊による回復を受け、昏睡状態になっているのだ。
精霊の力は人間にも効果があるが、やはり闇の眷属のすること。
精神エネルギーのバランスが、しばらくのあいだ大きく崩れてしまう。
戦った手応えからしても……目を覚ますまで、かなりの時間がかかるだろう。
よくぞそこまで力を尽くしたな。
見事だったぞ、ダクテム。
俺はアリーシャを連れ、地下室を出た。
やたらめったら長い階段をあっちこっちのぼり、謁見の間ではなく俺の私室へ戻る。
「やれやれ……ずっと思ってるが、広すぎるな
「仕様でしょう」
「そうだけども」
「あまりにコンパクトなお城では、せっかくたどり着いた勇者たちも肩すかしというものです」
「城門開けたら謁見の間! 斬新でいいと思うがなあ」
「斬新であればいいというものでは……」
極めてまっとうなアリーシャの意見ののち、俺たちは黙りこんだ。
アリーシャは……ふむ。
口を開く様子はないな。
俺がなにか話したそうにしている、とすでに察しをつけて、自分から話があるとしても待つつもりなのだろう。
賢い子だ。
しかし、どう切り出したものかなあ――
『ゼルス様~。こちらですかー?』
ノックの音とともに、甲高い声が聞こえた。
入室を許可すると、ツインテールの少女が入ってくる。
背が低い。
そのわりに服がでかい。
真っ黒なローブのすそを思いきり引きずりながら、ちまちました両手を高々と掲げる。
「魔王がために死なんことを!!」
「おう、ありがとう。そのあいさつ定期的にするのほんとおまえだけだな、マロネ」
「ふふん? 皆、自覚が足りないのですね。魔王ゼルス様の部下としての」
小さな胸をせいいっぱい反らして、闇の精霊マロネは得意げに笑った。
こんなちんちくりんだが、俺の侍従にして、右腕でもある。
我が組織に、軍に、なくてはならない存在だ。
「マロネは常にゼルス様の第1の臣下たるべく、あらゆる努力を尽くしております。努力? いいえ言葉が違いましたね。マロネにとって生きるとは、すなわちゼルス様にお仕えすること! 呼吸すらも努力に等しいのです」
「今日はいつにも増してセリフ長いなおまえ」
「あっと申しわけありません、マロネとしたことが。敬愛の気持ちが抑えきれず。ひと仕事こなしたあとのゼルス様のお顔は格別ですゆえ!」
「せっせと持ち上げてくれるわりには、かげでいろいろほざいとるようだな? なんだ? 俺の言うことは鼻で笑って聞き流せだとか?」
「ぎくり」
「蒸し返すわけじゃないが今思い出した、昨日のおやつの様子がおかしかったぞ。北からの差し入れだとかいうあのケーキ、数のわりに皿がでかすぎた」
「ぎくぎく」
「誰ぞが盗み食いしたと考えると、なにやら頭の中でピーンと音がするんだが……」
「ご病気では?」
「ぶっとばすぞおまえ」
アリーシャあ!! といきなりマロネが牙をむいた。
無表情のまま全身でビクッと反応する器用なアリーシャに、ガルルルと詰め寄る。
「おまえかあ! ゼルス様の神聖なお耳にしょ~~~もないこと告げ口したのは!」
「確かにそれはわたしですけど、魔王が神聖とはこれいかに……」
「ほんとだねー、言葉ってむつかしい。黙らっしゃいッ!! ちょっとあんたどーゆーこと!? ひみつダヨ、ってマロネ言ったじゃん! あんたもハイって言ったじゃん! なのにしゃべっちゃうとか悪魔かオメー!?」
「人間です」
「だねー。いやいやいや! キーッ!!」
どっちかというと悪魔はおまえだろ、闇の精霊。
出自的にも、口の悪さ的にも。
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