第6話
「マロネよ」
と、静かに呼びかける俺の声に、いろいろと察しをつけたのか。
人間の国の中でも東方にあるという不思議な文化『土下座』を敢行するマロネに、俺は微笑みかけた。
「許しを得たいか?」
「得とうございます……マロネは得とうございます……」
「もう俺のおやつを盗み食いしないか?」
「しません決して……他の仲間のにします。でもゼルス様のがいちばんおいしいんだもん……」
「そんなにツインテール型の墓標が欲しいか」
「たった今ココロを入れかえました!!」
「よろしい。今から言う仕事をこなせば不問とする」
「ありがたき幸せ!! ……仕事?」
「人の町へ行く用意をしてくれ」
ほえ、とマロネが顔を上げた。
人里に忍びこむこと自体は、そんなに珍しいことじゃない。
部下は頻繁に出向いているし、俺もときどき空気を感じに行く。
もっとも……
今回の目的地のような、いわゆる大都市は珍しいがな。
「勇者パーティにまぎれこむ」
「……は? ……へっ!?」
「変装、というより本職の装備だな、ひとそろい用意してくれ。ジョブは魔法使い系、スキルとしては味方支援だ。国家の公認を受けているクラスのパーティに紛れたとき、いい意味でも悪い意味でも目立たない程度のレベルで頼むぞ」
「は、はあ……それはまたなんというか、大胆不敵といいますか。魔王側からやったら反則といいますか」
「知ったことか」
「ふひひひひでもイイですねえ、マロネはそーゆーの好きですよお! 寝ているスキに勇者全滅! いや、内部から人間関係を崩壊させてもいいかも!? 実行犯の力量と趣味が物を言いますねえ! 誰が行くんですか?」
「俺だ」
「ゼルス様かあー! ゼルス様はちょっと人間好きすぎて肝心なところでマジメくさりそーでおもんない……………………。……はい?」
俺だ、と繰り返し、玉座よりずっと座り心地のいいイスの上で足を組みかえる。
「外見をいじるつもりは……化けるつもりはない。背格好は今のままで頼む」
「……ちょっ……と。はい? え、なにを……おっしゃって? るんですか?」
「なにがだ」
「誰が入りこむですって?」
「俺だ」
「ゼルス様が?」
「ああ」
「勇者パーティに? それも、公認クラス……魔王城へのカチコミをリアルに狙ってくるようなレベルのやつらに?」
「そうなるな」
マロネは奇妙な行動を取った。
土下座の姿勢から立ち上がり、そのままあさっての方向を向く。
壁に向かってなにやら1礼、神妙な顔つきでぶつぶつ呟いてから、俺に向き直って――
「アホかオメーーーッ!!?」
「……ああ、なるほど。今のはおまえの実家に向かって挨拶したのか」
「そうです!」
「これから命をかけて俺に意見するから。最悪、無礼をとがめられて殺されるかもしれない、と」
「はいです!」
「生んでくれた闇の森のお父さんお母さんありがとう、と」
「もう思い残すことはありません!」
「早まるな」
安すぎるだろ精霊の生涯。
「まあ作法はどうあれ、俺とて自分に忠告してくれる者をむげに扱おうとは思わん。安心しろ」
「ぜ、ゼルス様あ……!」
「特に俺のような立場になると、そういった存在も貴重になる。マロネはまさに忠臣と言えるだろう」
「ありがたきお言葉あいてててあててあてててて」
「おまえのような者をどれだけそばに置けるか、それこそが王たる資質。これからもよろしく頼むぞマロネ」
「ならばなぜ自慢のツインテールを引っ張られてあてててて痛いですゼルス様あ」
「『アホ』と『オメー』は聞き流せんだろ」
仕上げにちょうちょ結びにして、俺はイスに戻った。
座りはせず、窓の外に目を向ける。
……相変わらず、よく晴れている。
こんな天気の日に、これほど落ち着かない思いを抱くはめになるとはな。
「……マロネ。ダクテムの手当、ご苦労だった」
精霊であるマロネには、人間に対しても効果の高い回復スキルが使える。
安静にしていれば治る、というところまで処置したのは彼女だ。
そのあとも今まで、ダクテムの滞在に関する細々した雑務をこなしてくれていた。
ゆえにマロネはまだ、事情を聞いていない。
「いえいえ。まさか、魔王城到達第1号がダクっちだなんて、マロネもびっくりでした。1人で来るなんて、さすがですねえ」
「追い出されたそうだ。パーティを」
「……え?」
アリーシャが注いでくれた酒をぐいっと飲み干し、俺は遠い空をにらみつけた。
「ダクテムは、所属していたパーティを追い出された。最後にひと花咲かせねば、申しわけが……
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