第3話
『彼』はすぐ、俺の目の前までやってきた。
黒々としたあごひげ。筋骨たくましい肉体。
左眼は向こう傷で潰れているが、右眼に鋭く熱い光を宿している。
無骨な鉄製の兜にも、年季の入った鎧にも、無数の傷が刻まれていた。
その手には、磨き抜かれた長大な槍。
誰がどう見ても、歴戦の勇士と表現するに違いない、4、50歳ほどの人間……
「……ふん」
俺は鼻を鳴らした。
いや違うんだ。
そうしようと思って、自分で鼻を鳴らしたわけじゃない。
なつかしくて……
なつかしくって、もう。つい。
6年、いや7年ぶりか!?
久しぶりだなあ。強そうになったなあ。
でも変わってないなあ!
くううカワイイやつめ!! カワイイオッサンめ!!
だが。
この情を顔に出すわけにはいかない。
「よくぞ……ここまでたどり着いたな。勇者よ」
なるたけ厳かな声を出す。
本音だ。
よくがんばった。
ほんとよくがんばったよー。
どれほどの修羅場をくぐり抜けてきたか、たたずまいひとつでよくわかる。
なんて立派なんだ。
これだから人間はすばらしい。
彼の育成にたずさわったというだけの俺にまで、これほどの充足感を与えてくれるなんて。うむ。
今日倒されても、いい。
ちゃんと、そういう気分になれた。
いいじゃないか。
「ふ……」
男もまた、小さく鼻を鳴らした。
……苦笑い?
いや。そう見えたのは、俺の気のせいか。
「よくぞ、か……ふふふ」
「なんだ……? どうした?」
「問答無用」
男が槍を構えた。
その穂先に、赤い魔力のオーラが宿る。
ふむ……ふむ。ふむ。
そうだな。
「1人か……? 勇者よ」
「見ての通りだ」
ふむ……
なるほど。
1人なら、道なき道も抜けてこられる。
西方のラギアルドをはじめとする防御網を、どうやってくぐり抜けたのかと不思議だったが。納得だな。
だが同時に、腑に落ちない点も出てきた。
仲間が、いない……?
どういうわけだ。
だって、彼は。
槍使いなどではなかったはずだぞ……?
「その槍で、この魔王と戦おうというのか?」
「問答無用と言ったはずだ」
「……よかろう」
突っぱねられては、ぜひもない。
俺は謁見の間のすみに目配せした。
控えていたアリーシャが、そっと姿を隠す。
うむ、これでいい。
では。
「かかってくるがいい!」
「ぬおおおおおおおお!! <ライアストロード!!>」
突きのかたちで放たれた魔力が、空中で無数の槍に分裂した。
初歩的ではある。
武器に魔力をのせる意義の第1は、魔力にその武器を覚えさせること。
もともとの性質である『力』が槍の性能を覚え、重さを持たぬがゆえ飛び道具として使いやすい。
魔法使いが扱う魔法のように、手に持たぬ火や水の性質まで覚えさせることはできないが、それでも便利だ。
『スキル』というやつだな。
がんばって覚えたのか……
なんてえらいんだ!
「威力も申し分ないな……」
抑えきれない感慨を結局呟きにしながら、俺は歩を進めた。
降り注ぐ魔力の槍が、体を、足を、顔を直撃している。
痛いぞ。
心地のよい痛みだ。
「くらえい!!」
男の行動によどみはなかった。
向かい来る俺に、すばやく次の手を放つ。
ナイフじゃない。
ダガー、よりもさらに大きい物が数本、まっすぐに飛んでくる。
短槍?
投げにくかろうに、上手だなあ。
「ふん」
右手をわずかばかり振って、空気の渦を巻き起こす。
竜巻のようなそれに弾かれ、すべての短槍はあらぬ方向へ散った。
だが、たぶん今のも目くらまし……
本命の攻撃を見せてくれ!
「ぬうんッ!」
あれっ!?
槍投げてきた!
最初から持ってたでっかいの! うそでしょ!?
さすがにそれ手放したらダメだろどうやって魔力使うの、おいおい倒す気でやってるか!?
ダメだぞ!
ちゃんとやれよ!
「なめるな!!」
気合いとともに、槍が空中で裂けた。
……裂けた?
いや。今はいい。
メインの武器を失って、男は、
「うおおおおおお!!」
そう、殴りかかってくるしかない。
そりゃそうするしかない。
だがマジかおまえ。
いいかげんに……ッ
!!
さっきの短槍が……俺を取り囲んでいる。
等間隔で床に突き刺さり、ぼんやりと魔力の光を宿している。
弾かれたあとも、制御していたというのか!
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