第2話



「固結びではなく、もっと……」


 グラスをサイドテーブルに戻し、俺は指先でそれをチンと弾いた。


「なんかこう、ビビるぐらいほどけない結び方でも編み出してやろうか」


「なぜそうまで。マロネ様、泣いてしまわれます」


「ひまだからだ」


「もう1局やりますか?」


「やろう。だが、そうではなく……」


 ふう、とため息をつき、俺は遠く広がる青空を眺めた。

 広がる青空。そう。

 この謁見の間には、正面の壁がない。


 全開放状態。城は小高い山の上にあるので、空も地平もよく見える。

 今日も自然の緑がまばゆいではないか。

 世界はかくも美しい。


 危険が危ないのでやめましょう危ない、と家来たちには言われているが、気にしていない。

 というか別のところが気になるわ、アホしかおらんのかうちの城には。


 勇者たちが空から飛びこんでくるかもしれない?

 上等。

 遠距離から魔法で狙い撃ちされるかもしれない?

 かまわんかまわん。

 かまわん……というのに。


「来ないな。勇者」


「はい」


「なぜかな」


「追い返しているからかと」


「追い返せるところまでは来てくれてるのか?」


「先日も、西のラギアルドさんから報告があったはずですが。勇者パーティ撃退成功、損害補填求ム、と」


「ああー……そうだった、そうであった。ラギアルドめ、強いな」


「なぜ憎々しげなのですか。腹心の配下に」


「憎くなどないぞ? あとで褒美も送る。やつの大好きなピーナッツチョコレートだ」


「仮にも魔王城の4方を守る将軍が、本当にそれで大よろこびするから始末に困ります……。マロネ様が日々おっしゃっておられるように、生活環境の改善が必要かと」


「あー。そーなー。それなー。やることはー、まあー、あるんだわよなー」


「だわよな……。そんなにお退屈ですか?」


「というより、うーむ」


 ずりずりとケツをすべらせ、玉座に浅く身をあずけたまま、俺は視線をさまよわせた。

 謁見の間の両側、壁際に並ぶ石像たち……


 剣をたずさえた若者や、

 杖を掲げた少女や、

 ハンマーを担いだ偉丈夫。

 ローブ姿の老人もいる。


 いずれ劣らぬ勇士たち。

 かつて魔王城ここを巣立っていった、なつかしくも愛おしい人間たちよ。


「見込み違い……ではないはず、なんだがなあ」


「先輩がたのお話でしょうか」


「そうとも。誰をとっても、実力に不足はないはずだ。いやない。1人くらいは、強い仲間たちを連れて、ここまでたどり着いていてもいいんだが……」


「この世にヒトの国が数あるように」


 席を立ったアリーシャが、俺のグラスに酒を注ぎ足してくれた。


「魔王城もたくさんございます。ここではない、どこか別の場所で戦っているのでしょう」


「要するに浮気だな? ひどい! 魔王こんなに待ち焦がれてるのに!」


「バカバカしすぎます。そもそも、魔王様がそうしろとおっしゃったはずでは」


「まあそうなんだが。だが俺は、最後から2番目のタイミングまでには必ず俺を・・・・倒しに来い・・・・・、とも言ったはずだぞ。なんだ、そんなに手こずっちゃってるのか、あいつらは?」


「わかりませんが、相手も魔王ですから」


「そんなことないだろ魔王なんかヘボだ!」


「あなた様はどちら様で?」


「魔王だが?」


 わたしもいただきます、とアリーシャが自分の分の酒を注いだ。

 つらいことでもあったんだろうか? 魔王は心配だぞ。


「この世は闇が多すぎる……」


 再びグラスを干して、俺は青空をにらんだ。

 のんきに青々としおって。

 貴様もたまには戦ってみたらどうなんだ。


「おまえも早く独り立ちして、勇者のつとめを果たしに行かねばならんな、アリーシャよ」


「はい。退屈も嫌いではありませんけれど」


「はっはっはっ、そうかーそれはおまえアレかー、俺様の手がけた勇者育成プログラムを退屈とぬかしているわけでメッチャいい度胸じゃねーかチクショウやってやんよ! 明日から俺が直々にビシバシ――」


 ご注進! と野太い声が響く。

 謁見の間に駆けこんできた常識外れにおおきな8本足の馬が、ゼッヘゼッヘと荒く呼吸しながら人語をまくしたてた。


「由々しき事態でございます魔王様!」


「おう馬。相変わらずめっちゃ馬だな」


「スレイプニルでございます!」


「やかましい。そう呼んで欲しかったら、人の部分くらい生やせ。あんま魔物魔物してるとモテないぞ」


 まものまものってめっちゃ言いづらいな。

 にゅう、と馬の背中から、イカツいヒゲのオッサンが現れた。


「由々しき事態でございます魔王様!!」


「なんで2回言った? でもスゲーそれっぽいからゆるす。特にその由々しきっていうのが」


「ありがたき幸せ。勇者が襲ってきましたぞ!」


「……なに?」


 アリーシャと顔を見合わせた俺に、オッサンが続ける。


「魔王城の正門前に、勇者がたどり着いております!!」


 ……ほう。

 ここまでぜんぜん名前が出なかったから、自分で言っちゃうが……


「この魔王ゼルスの城の、前に?」


「は!」


「勇者が?」


「おります!」


 いいじゃないか!!


 と、アリーシャと交わした会話の流れからすれば、そう言うべきなんだろうがな。


「……なぜだ?」


 俺は眉間にしわを寄せ、玉座から立ち上がった。

 何にせよ――遊びの時間は、終わりにせねばならんようだ。


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