第6話 タイムテレポーター

 風馬誠子と神田浩介は二人が住む浩介の家に戻った。浩介は、クローン兵士による強烈な蹴りを側頭部に受けたショックでしばらくは歩きながらも頭がフラフラさせていたが、家に戻る頃にはだいぶよくなっていた。


 二人は家に入ると、誠子は自分の部屋に戻り、浩介は父親である神田博士の執務室のドアをノックした。

「どうぞ」

 博士はいつもどおり呑気な声で応答した。


 博士は椅子に座ったまま振り返った。しかし、浩介の顔面のアザを見るなり表情が変わった。

「何かあったのか?」

「怪しい二人組に襲われたんだ。誠子はクローン兵士だって言ってたけど」と浩介は手でアザを隠しながら少し照れ臭そうに答えた。

「——誠子くんは?彼女に怪我は?」

「大丈夫、二人とも誠子がやっつけたみたい」

「みたいって?」

「僕は気を失ってたから、直接見てないんだ」

 神田博士は朗らかに笑った。

「なるほど。なら、よかった」

 博士は大きく一息ついた。

「なんか、誠子さえ無事なら僕はどうでもいいみたいな言い方に聞こえるけど——」

「当たり前だろ。お前は男なんだから、それぐらいの傷はむしろ勲章だと思わなくちゃ、な」

「まあ、それはそうだけど、でももう少し心配してくれてもいいと思うんだけど」

「そう言うな。無事なのは見たらわかるんだから」

 そういうと博士はまた机に向かった。「少し忙しいのだ——もし、それだけなら誠子くんを呼んできてくれないか?」

 浩介は不承不承にうなずいた。

「でも、その前に、誠子はここ三日間何も食べてないみたいだけど、何かあるの?変な奴らには襲われるし。もしかして……彼女、戦闘用クローンにでもなるの?でもこのままだと戦う前に倒れるよ」


 博士はまた椅子を回転させて振り返った。

「ああ、実は彼女は密命を帯びておる。国家最高機密なので、詳細は話せないが、我々がこのまま平穏な生活を続けられるかどうかは、彼女にかかっているんだ。ここ数日の断食もそのための準備なのだよ」

 浩介は心配そうな表情を浮かべた。

「長い戦いになりそうなの?」

「いや明日の午後には帰ってこられる。だから明日の夕食は、みんなで一緒に食卓を囲むことができると思うよ」

「じゃあ、あとちょっとなんだね。安心した。——なら、誠子を呼んでくるよ」

 といって浩介は部屋を出た。


 しばらくして入れ替わりに誠子が仏頂面のまま博士の部屋に入ってきた。

「クローン兵士に襲われたらしいね」

 博士は念のため誠子の全身を見渡してみたが、擦り傷一つなさそうである。

「ええ。命までは奪っていません」と誠子は軽く言いすてた。

「そうか、それなら大丈夫だ。クローン兵士であろうと殺害したとなれば、面倒なことになるだろうからね」

「で、なんでしょう?そのことと関係することでしょうか?」

「うん、そうだ。特殊任務だ」

「——決行はいつですか」誠子は顔色ひとつ変えない。

「今夜」

「わかりました」

「一応、任務を受けるかどうかは、誠子くん、君次第だ。もし嫌なら断っても構わない。だから前もって言っておくが、君は一分間に三万六千回転の高周波高速カプセルの中で悶え苦しみながら分子レベルにまで分解され一旦死ぬ。その後、分子が再び結合し、生き返る。つまり死ぬ苦しみと生き返る苦しみを味わう。正しく言うとその苦しみをうまくいけば二度ずつ味わう。そして分子分解したままの状態でタイムスリップをする。行き先は幕末だ。天誅という名の殺戮が横行跋扈する一触即発の殺伐とした世界だ。生き残るか死ぬかは君の腕次第。どうする、やるかね?」

「はい」とむしろ何でそんなことを聞くのだと言わんばかりの表情で答えた。

「つまり、姉を倒すのですね」 

 博士はうなずいた。

「しかし、それが真の目的ではない。君の使命はあくまで新撰組副長である土方歳三の命を守りぬくことだ」

「わかりました」


 その時、扉を叩くノックの音がした。

「どうぞ」

 博士はバリトンのような大きな声で叫んだ。扉を開けて入ってきたのは、紺色の背広姿の一人の男だった。


 博士は立ち上がっていた。

「紹介しよう。風馬誠子くんだ」

 男は誠子に右手を差し出した。

「竹中亮平です」

 誠子はおもむろに右手を男のその手に添えた。

「誠子くん、こちらは国家中央情報局長官の竹中さんだよ」

 そういわれて竹中長官は愛想笑いを浮かべたが誠子はただ小さくうなずくだけだった。


「すまんね、竹中くん、まだ意志確認の途中なんじゃ」

 竹中長官は眉を大袈裟に上にあげた後、微笑を浮かべてうなずいた。

「誠子くん。君の任務終了は土方歳三の子供の誕生を見届けるまで。——それでいいのだな?竹中くん」

 竹中長官は大きくうなずいた。

「このあと、君の体内にその任務終了命令を記憶させたプログラムDNA細胞を注入する。だから、任務さえ完了すればその瞬間、君はこの世界に帰ってくることができる。帰国はこの世界では明日の午後。しかし、幕末の世界では任務完了まで三年かかるかもしれないし、それ以上になるかもしれない。それでも、いいね?」

 誠子は顔色を変えることなくうなずいた。すると、竹中長官が話に割って入った。

「それと君は女性だ。生物学的には健康な人間の女性と何ら変わらないと聞いている。もし土方歳三がその配偶者との間に子をなすことができないようなら、君自身が、母胎となることも、考えておいてくれ」

 唐突な竹中長官の発言にまだ16歳の誠子はさすがに少し戸惑いを見せたが、竹中長官はもちろん取り合おうとしない。

「しかし——君は女であることを隠し通さねばならない。そして中岡新三郎という甲府藩士の三男坊となり、新撰組に入隊するのだ。——中岡新三郎の人となりや家族についてはここに書いてある」

 そういって長官はメモを誠子に手渡した。

「一族は飢饉や流行病でほぼ全員死に絶えているが、万が一その家族を知る人間に出会うと面倒だから、一応、出発前に覚えておいてくれたまえ」

 誠子は博士の顔を見たままうなずいた。すると博士は、

「——ならあと一時間後に開始しよう。それまでゆっくり休んで、一時間後に地下の実験室に来てくれ。わかったね」といって柔和な顔をうかべた。

「はい」と風馬誠子はしっかりうなずいた。


 ——それから一時間後、全裸の誠子はタイムテレポーターのカプセルの中に横たわっていた。

 かたわらのコンソールに対面しながら神田博士は隣に立つ竹中長官と話をしている。

「どうやら、テレポーターは順調ですな、竹中長官」

「そうですか、では、決行ですね。成功を祈ります」

 といいながら竹中長官は緊張した面持ちで数回うなずいた。

「誠子くん、気分はどうかね」

 神田博士はカプセルの中の誠子にマイクを通して声をかけた。

 誠子は心なしかはにかみながら小さくうなずいた。その間に分子溶解促進液がカプセルの中に充満し始めている。

「では行くよ。本当は全身麻酔をしてしまえば、楽なんだろうけど、それをやると分子再結合のプロセスに支障が生じるのだよ。だからこのまま分子分解に移行する。ほんのちょっとの間だ、我慢してくれ。すぐに楽になるからね」

 博士は自分自身に言い聞かせるようにそうつぶやくと、竹中長官の顔をチラリと振り返った。そしてすでに促進液の中に完全に没しているカプセルの中の誠子をチラリと見た後、ためらうことなくコンソールの起動ボタンを押した。

 すると、誠子の足元に取り付けられた高周波高速タービンの旋回音がうなり声を上げる。同時にカプセルの中の誠子の体もゆっくり回転し始めた。

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