先輩のもの

 人骨がダイヤモンドになる。

 一昔前そんなニュースを見て、悪友たちと「じゃあ俺死んだらダイヤモンドにしてもらお」などとふざけあったことを思い出した。

「これ? ふふ」

 夏休み。人の少ない第2校舎。

 ひっそりと活動していたオカルト研究部……先輩から呼び出されて行くと、そこには先輩しかいなくて。

 話題作りに指差したシャーペンを彼女は細い指で持ち、蠱惑的に笑った。

「おじいちゃんの骨」

 俺はなんて答えていいかわからず、蝉の声が代わりに止むことなく鳴いていた。

 この汗は暑さのせいじゃない。


 オカルト研究部と言うと、うちの学校ではサボりの代名詞だった。

 うちの学校はなんだか知らんが部活に力を入れており、野球部やサッカー部は当然のように強豪として名を馳せ、その他柔道部剣道部以下13部も同様。文化部の活躍も目覚ましく、この前県外から吹奏楽部に取材の依頼が来た。

 それらの部の活躍で市から入る助成金に校長が目をくらましたのかなんなのか、一昨年から生徒は全員部活動に入ることが義務化された。

 当然帰宅部連中は大ブーイングだ。しかし単位をチラつかせられてはたまったもんじゃない。帰宅という大切な活動の邪魔をしない、できるだけ楽な部活動をヤツらは探した。

 ある者は裁縫部に入り指先を針で刺しまくり、ある者は調理部に入り母親から家事を押し付けられ、ある者は、本当に部活を嫌がったヤツらは、防空壕となるような部活を「設立」したのだ。

 それがオカルト研究部……別名元帰宅部のオアシス、空調の効いてない漫画喫茶、朝の読書タイムの続き、この時間を潰すためだけに俺ゲーム機隠し持ってるわ、あいつ今朝生活指導室行ってたぞ、である。

 要するにマジでサボタージュをしたがった連中のいる場所だ。

 しかし部員は全員サボりが目的の連中、夏休みには部室はがらんどうだ。活動内容がないんだから集会も練習もない。

 そのはずだったのに、連絡が来た。

 『やー、会おうよ』

 先輩からである。

 この先輩、学内ではちょっとした有名人だ。

 やれネチネチ説教でおなじみ生活指導の増田と口喧嘩で勝利しただの、やれ違反が多すぎて100枚超えの反省文を抱えてるだの、やれその全てを踏み倒してるのになぜか怒られないだの…………とにかく「問題児」なのである。

 この先輩も元帰宅部と同じく「部活動義務化」の煽りを受けた人で、そしてこのオカルト研究部の部長なのだ。

 なぜここまでいい噂を聞かない人が部活を立ち上げられたのかわからないが、まあ噂は噂だったということなのだろう(一部では「枕」疑惑が上がっているが)。

 今問題なのはそこではない。

 その問題児に、なぜか俺が目をつけられているという事実だ。

 正直メールを受け取った時、バックレようと思った。先輩から指定された時間じゃないけどその日バイトもあったし、バイトって疲れるから英気を養わないといけないし。なので勤務時間と被ってることにして断ろうと思ったのだ。

 だが、なぜだか来てしまった。どうしても断る気にはなれなかった。暑さで頭がバカになってたのかもしれない。

(…………まあ、いざとなったらバイト口実にして逃げればいいしな)

 校庭では今日も元気に運動部のみなさんが声を張り上げて練習をしている。体育館からも声が聞こえてくる。吹奏楽部の演奏も休み前と比べればまとまってきてる。

(休みの学校って来たことねえな……)

 例年は帰宅部だったのだから、当然だ。

 空きが多い靴箱に非日常感を覚えつつ、渡り廊下を渡る。サボることが目的に設立された部活に割り当てられる部屋など、普段誰も使わない第2校舎の空き教室くらいだ。

 静かな廊下を一人で歩き、オカ研の部室を目指す。その間、先輩のことはあまり考えないようにしていた。

「……ちわっす」

「あ、来たね」

 先輩は窓枠に座っていた。ここ一階だからあまり様にはなってない。

 二階だったら危なっかしくて見てられなかっただろうから、どっちもどっちだな。窓枠は座るところじゃない。

「…………」

「…………」

 さっそく、無言だ。なんだ。なんか用があって呼び出したんじゃないのかよ。

 先輩はずっと窓の外を見るばかりだ。その手にはスマホも本もない。

 そういや先輩が部室にいるのって珍しいな……。

 この人は筋金入りのサボり魔らしく、放課後はオカ研さえ来ない。たまに顧問の増田が見にくるというのに、サボりを隠そうともしていない。それで増田が何も言わないのが不気味だが……。

 オカ研はなんというか、治外法権感が強い。

 出生も音頭を取っている人も特殊なせいか、なにをやってても黙認されているフシがあるのだ。実際最初は叱責が怖くて部室に来ていた元帰宅部も、部長がサボって何も言われてないところを見るや否や来なくなった。どいつもこいつも正直でよろしいことだ。

 そういえば、俺はなぜだか残ってるな……。

 この部室に律儀に残ってる人間なんて、オカ研に入って読書の楽しみに目覚めた暇人くらいのものなのに。あとはただ駄弁りたいやつとゲーム持ち込んでるやつか。

「あ、」

「ん?」

 しまった。思わず声を出してしまった。

 俺は慌てて話題を探し、目を泳がせる。なにか、話の掴みになるようなものは……。

「えっと……あ」

 それは机の上にあった。

「それ……」

「シャーペン?」

「あ、はい……」

 変わったデザインのシャーペンだった。現代アートとでも言うんだろうか。

 正直言うと持ちにくそうで普段遣いには向いてなさそうなのだが、見る分にはたしかにカッコいい。人の指の骨……いや、ペンを握った骨のデザインか?

 そのシャーペンが先輩の手にあると、機能性とか無視して買いたくなるくらい魅力的に見える。先輩がこのペンのCMに出るといい。すぐ売れる。

「ペン、ですよね」

「ううん、おじいちゃん」

「ああ、おじいちゃん……おじいちゃん?」

 おじいちゃん???

 呆けた俺は思わず先輩の顔を直視して、そのいたずらな笑顔を目の当たりにした。

 動悸。

 ドキ。

「これね、ふふ」

 蠱惑的な笑み。逆光で紛れる輪郭。世界と先輩との境界がなくなっていく。

 まるでこの部室まるごと先輩の腹の中のようだ。熱があって、出られない……。

「おじいちゃんの遺骨なの」

「おじいちゃん……って」

 にこ。先輩は笑う。俺はつい目を逸らす。逸らした先の本棚に、ミステリー小説ばかりが並んでいるのが見えた。

 オカルト研究部。

 サボり魔の先輩。

 なにも言わない先生たち。

「私のおじいちゃん、市長だったんだよ」

 市からの助成金に目がくらんだ校長。

 結局コネかよ……。

 神秘というのも、暴かれれば大したことのないただの事実だ。

「んふ」

 でも先輩が醸し出すこの雰囲気は、暴けそうにない。


 その後は何事もなく、俺は普通にバイトをして帰宅した。

「…………」

 骨を握った感触がまだ手に残っている。というか、なんてものを握らせるんだ。

 しかしあの先輩のことだ、実は「偽物でした」でもおかしくはない。それを本物と感じさせるあの雰囲気がおかしいだけだ。

 ……それだけでも十分ミステリーだな。

「なんだったんだ…………」

 俺はばたりと自室のベッドに倒れ込む。

 いつだっけ。先輩が本を読んでる姿を見た。

 入学直後。レクリエーションと称して校内を見て回っている途中。

 階段の踊り場にある窓枠に座って、先輩は本を読んでいた。オカ研とは違ってそこは二階だったから、あの時よりダサくはなかった。

 だからだろうか。やたらとそのシーンが印象に残っている。先輩が呼んでいた本。ブックカバーもしてなくて、タイトルが見えたんだ。

(同じ本買ったんだよな、つい……)

 あの人が持ってるだけでなんでもすごく見えてしまう。やっぱCMとかやるべきだよ。

 先輩のものってだけで骨さえ羨ましく思えるなら。

 それはきっとダイヤモンド以上の価値があるだろう。

(案外、そういう話なのかもな……)

 それが今日、俺があの部室に行った理由だろう。

 結局あの人がいる場所が一番美しいんだから。

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短話 藤原(の)コウト @hujiwaranokouto

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