現代恋病

 カタンッ。

「…………何の音だ?」

 玄関のほうから音がした。作業をいったん中断し、恐る恐る音の出どころに近づく。

 やだなあ。幽霊とか俺苦手なんだよ。

 しかしというかなんというか、玄関にはなにもいなかった。

「何だこれ……」

 けど〝何か〟があった。

「……ラブレター?」


 ラブレター。

 恋文。

 愛を伝える青春専用アイテム。

「……だよなあ、これ。どう見ても……」

 玄関の郵便受けに挟まっていたこれ。ハートのシールで封がしてあるし、わざとらしいくらいにラブレターだ。

 イタズラか? と疑いはするものの、こういうイタズラをしてくる友人に心当たりはない。友人じゃないやつがやってきたのかもしれないが、だとしたら怖すぎる。

(とりあえず読んでみるか……?)

 カミソリとか入ってたら嫌だから、気を付けて開けよう。

 そんな危惧とは裏腹に、入っていたのは手紙が一枚だけだった。

 そしてその内容は明らかにラブレターだった。

(頭の中で朗読するのも恥ずかしいくらいだ……)

 そこに書かれているのは、それこそ学生諸君がやるようなピュアな思いの丈だった。やれ仕事に取り組む時の横顔だの、その成果だの、声だの顔だの、よくもまあこんな短い言葉で詰め込んだもんだ、と感心するくらいの文章だ。

(っていうか)

 仕事、と来るくらいなのだから、同僚か? 俺はふむ、と職場のことを思い出してみた。おっさんの顔しか浮かばねえな。

 だがこの字はどう見ても女性の筆致だ。仕事柄そういうのはよく目にする。

 つうか、仕事って。

(コピーライターやってるけどさ……ほとんど職場なんか行かねーぞ俺……)

 職場に行く時もあるけど、大体会議とか資料もらいに行く時とかだ。会議も仕事だけど、本業の文章書いてるのはほとんど家でやってる。時々ファミレスとか喫茶店で仕事することもあるけど、それを把握されてるとしたら怖い話だ。

(つうかこれ、そういう「怖い話」なんじゃねえの……?)

 俺はよくラブレターを読み返してみる。そしたらまあ、出るわ出るわ。

 単に「同僚」ってだけじゃ知り得ない情報の塊だ。肝が冷える思いだった。俺は何を見られてるんだ?

 まさか……。

「Twitter補足されてる……とかか、これ……」

 あ〜〜……デザイン系もかじってるから、遊びで作ったロゴとか投稿したりしてるもんな、俺……。日常ツイートもよくするし、フォロワーも300人弱いるし……。

 「そういうの」は出さないようにしてたけど、バレてるとしか思えない。職場の人間に垢バレすることほど恥ずかしいものはないな。幸い会社の悪口とかは書いてないけど……。

 と、俺はそこでもう一つの可能性に気づく。

「フォロワー……」

 もし、この300人弱の中の一人が俺を特定して、ストーカーまがいのことをしていたとしたら?

 俺は自分のツイートを見返してみる。天気の話から近所の道の写真まで、一個一個の情報は大したことないが、なるほど繋げれば特定くらいはできそうな情報群だ。

 いや、極めつけはこれか。

『アパートの前に中身入ってる牛乳パック捨てられてた なにこれ』

 ……そういや、そういう手法があるんだっけ……。

 クソ、完全にやられてるなこれは。あとはツイートの内容から行動を探れば、部屋も顔も割れるってことか。自分の行動を逐一ツイートなんかするんじゃなかった。在宅が暇だからって、別の遊びに手を出せばよかった……!

 待て。待てよ。そういや手紙には「仕事してる時の顔」って書いてあったよな。

 それが外で仕事してる時「だけ」を指さないんであれば、

(隠しカメラとか……?)

 喉が干上がる感覚。そこらじゅうのものひっくり返して漁りたくなる。でも、このラブレターが届いたのってついさっきなんだよ。

 まだいるんだよ。近くに。こいつ。

 今もまだ俺を見ているのかもしれないんだ。「気づいた」って思われるのは、まずいかもしれない。

 そうだ、落ち着け俺。普段どおりの行動を心がけよう。普段どおりの俺なら…………。

 …………ラブレターが来たことツイートするな。

 クソ、どんだけ危機回避能力のない野郎なんだ。だから家特定されるんだよ!

 だが疑われるわけにはいかない。俺は「イタズラだったら嫌だな〜」とだけツイートした。写真もなし。送った相手にだけ伝わればいい。

 ふ〜……。

 よし。

(警察行ってみよう)

 まだ事件性もなんもないけど、相談くらいはしてみてもいいかもしれない。俺は気持ち急いで準備をして、靴を履いて玄関を開ける。交番どっちだっけ。

 ふと、左側に人影。ちょうど死角にいて、ぶつかりそうになった。

 ……死角?

 あれ、この人見たことないな。このアパートの住人なら一回くらいすれ違ったことあるはずだけど…………。

 なんて呆けた刹那。

「好きです」

 脇腹に電撃みたいな衝撃が――――

 ああ、スタンガンって思ったよりデカいんだな……。

 


 

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