フォロワーと異世界転生
『速報です、〇〇県沖で発生した地震によって、同県内の〇〇動物園のライオンが檻から逃げたとのニュースが……』
冗談じゃねえ!
俺の人生、こんな馬鹿みたいな偶然によって終わるのかよ!!
……目が覚めたら知らない天井だった。
病院の白い天井を想像したけど、どうも違うらしい。
(小屋……?)
人生で「小屋」っていうカテゴリの建物に入ったことなんかないけど。でもフィクションとかでよく見る、木でできた建物っていえば俺にとっては「小屋」だった。
事実そうなんだろうさ。上体を起こし、俺はキョロキョロ周りを見渡す。正直まだ頭が混乱しているから、このへんの行動はほぼ無意識だ。何か狙ってそうしてるわけじゃない。
ただ「しらない場所だな〜」と呆けていただけだ。
立ち上がり、よろめいて、サイドテーブルに手をついて。一旦腰をベッド脇に落ち着けたところで、俺は思い出す。
目の前に迫る牙、鋭い爪。柔らかい腹から食われていく感覚。痛みとかそういう次元じゃねえアレ。
そして気づけば意識は遠のき。
「どっ……どこだよ、ここ!?」
「あ、気が付きました?」
声がした。聞き覚えがある。
「え……あなた確か……」
「あ、はい。お久しぶりです弥勒Pさん」
「よろすけ@新刊出ますさん……」
「え!? @の後ろも!? ……あぁはい、でも僕です。どうも」
よろすけ@新刊出ますさんとは、俺のフォロワーである。
あるゲームのファンコミュニティで知り合い、意気投合。Twitterで相互なのはもちろん、DMでお互いの担当への愛を語る中で「会いましょう」という話になり、ライブ後の興奮さめやらぬまま二人でオフ会。そこでLINEまで交換してしまった。
つまり一番仲のいいフォロワーである。
「あれ、え? なんでよろすけさんがここに……」
「先に断っておくと、ここ別に僕の家とかじゃないですからね」
「あ、そうなんですか……」
じゃあますます不思議だ。この小屋、としか言いようのない小屋って一体なんなんだろう。
というか俺、死んだはずでは?
「え、じゃあもしかしてここ天国……?」
「うーん、どうなんでしょう」
よろすけさんは、俺の唐突な天国発言に「は?」などと言わず、真面目に考えてくれているようだ。だがちょっと待ってほしい。天国が「もしかして」の候補に入ってしまう状況って一体なんだ???
「弥勒さん、落ち着いて聞いてほしいんですけど」
「あ、ああ。わかりました」
「僕たちって、異世界転生したらしいんですよね」
「……………………」
「……………………」
…………なるほどな。
うん、まあだって確実に死んだしね、俺。あの感触まだ残ってるもん。俺の顔押さえつけてる肉球とか、肋骨バキバキ砕く牙とか。まだ覚えてるんだもん。
そして「天国」って聞いて真面目に考えちゃうのもわかるよ。俺らオタクだもんね。憧れるよね、そういうの。あと死んでるしね。
ん?
死んでる……?
「え!? よろすけさんも死んだんですか!?」
「〝も〟、ってことはやっぱり弥勒さんもそうなんですね……」
なんてこった……!!
俺はいい。どうせどこまで行っても一オタクだ。公式から提供されたものを見て、ギャーギャー騒ぐだけの(課金以外で)全く生産性のないオタクなのだ。
でもよろすけさんは違う! 絵描きなんだ!
@新刊出ますさんなんだよ! 我々(同担)待望のあの傑作!!
一昨日の進捗報告では「あとちょっとですね〜」だったんだ!!!
あの本の完成を世界は見ずにして、世界はよろすけさんという最高峰の人を失ってしまうのか……?
なんて哀れなんだ…………。
「えっと、弥勒さん?」
「あっ、す、すいません。なんか世界があまりにも哀れで……」
「死んだからってそんな、悟ったようなこと言わないでくださいよ……」
落ち着いた俺は、二人で話し合いをすることにした。
議題はもちろんこの状況についてである。
「ふ……ふふ……はは……っ」
「ちょっと! よろすけさん笑いすぎですよ!」
「いや……っ、だって……ライオンて……」
「人の死に様で笑うのってどうかと思いますけどね!」
「あはは! いやーごめんなさいごめんなさい…………ふっ」
……とまあ最初の数分はこんな感じで議論にもならなかったのだが。
「…………はい」
「はい」
共に落ち着いて、状況確認をする。
「まず起きたらこの小屋にいた。その点は二人とも変わりませんね?」
「そうっすね、俺は後に起きたんでアレなんですけど……」
「ああはい、そうですね。僕も起きたらそのベッドにいて」よろすけさんがベッドを指差す。「で、しばらくうろうろしてたら突然弥勒さんが現れて」
「そりゃびっくりしたでしょう」
「何他人事みたいに言ってるんですか。まあびっくりしましたけどね。起こそうともしました」
でも起きなかった。らしい。
「なんでまあ軽く外出たり、棚にあったフルーツとかかじってみたりしたんですけど」
「よくかじれますね、そんなよくわかんないやつ……」
よろすけさんが持っていた果実はなんかトゲトゲしてて、悪魔の実って感じの風貌だった。味は悪くなかったらしいが。
「2時間くらいかな? そしたら弥勒さんが起きた気配がしたんで、戻ってきたって感じです」
「なるほど…………」
とりあえず、まとめるとこうなる。
・俺たちは突然この小屋にいた
・しかもどうやら、元の世界では死んでるらしい
・よろすけさんによると、植物などは少なくとも日本のものではなかった
・悪魔の実はおいしい
「問題なのはこれから、ですよねえ」
「腹も減ったしなあ……」
う〜ん、と考え込む。腹が減る、ということは肉体的には元気らしい。死んだはずなんだけどな。
「まあ考えたって仕方ありません。とりあえず食べ物を探しに出ましょう」
「……うん、まあそれがいいよな。そうですね、そうしましょう!」
そうと決まれば善は急げだ。
俺たちは立ち上がり、小屋の外に出た――
次の瞬間だった。
『おめでとうございます! あなたがたは選ばれました!』
「うお!?」「わあ!」
鼓膜を貫かんばかりの大声!! 例えるなら夜中の電車に乗ってるジジイの咳払いを耳元でやられたくらいの!!
それをこの顔立ちキレイめな、いわゆる女神ポジの野郎がやるんだからどういう感情になっていいかわからない!!
『〝ロール〟を選んでください!!』
「うるっせえ! 何だ!?」
「ろ、ロール!?」
『あなたがたは選ばれました!!』
「うるせえ!!!!」
「ほんとうるさいですねこれ!!」
『〝ロール〟を選んでください!!』
「あわかったぞこれ選択肢ねえな!!」
「もー選ぶからロールが何か説明してくださいよ!!」
『〝ロール〟を選んでください!!』
「説明する気ねえらしいな!? よしよろすけさん、適当になんか言おう!」
「わ、わかりました! せーのっ……」
『〝ロール〟を選』
「勇者ッ!!」「魔王ッ!!」
一瞬の、静寂。
『受諾しました! あなたがたの冒険に幸がありますように!!!!!』
最後に一際大きな声で一方的に祈られ、女神は消えていった。
「だからうるせえんだよ!!」
「え、ていうか弥勒さんなんて言いました……?」
頭がガンガンするなか、さっき適当に叫んだ言葉を思い出す。
「俺? 俺は勇者……って」
「僕は魔王……あれ、弥勒さん……?」
気づけば、俺たちの服装は変わっていた。
俺が着ていたパーカーはどこかに消え失せ、胸だけを守っている薄い鎧に赤いマントが翻っている。腰には鉄の剣が鞘に収まっていた。
一方よろすけさんは禍々しいローブに身を包み、細かい装飾が施された杖を手にしていた。有名な教会の柵の一本とか引っこ抜いたらああいう杖になるだろうか。
まあ、要するに勇者と魔王っぽい格好だった。
「………………」
「………………えーと」
〝ロール〟ってとこは、つまりそういうことなんだろう。
「なんか弥勒さん、戦いたくなってきません?」
「ああよろすけさん、俺もなんかウズウズしてきたところです」
俺たちの新しい人生での生き様は、どうやらさっき決められてしまったらしい。あの声が馬鹿でかい女神に。
勇者と魔王。
ここで会ったが100年の仇敵同士。
俺はゆっくりと剣を抜き、よろすけさんは杖を構えた。
やるべきことはわかっている。
「行きますよ!!」
「ああ、来い!!」
そして俺たちは衝突した。
異世界転生はまだ、始まったばかりである。
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