四角柱

「死ぬならどんながいいよ?」

 なにげねえ質問のつもりだった。

 男二人、高校の帰り道。道草に寄り道、脇に逸れまくって雑談もわけのわからないところまで行き着いて。「いつか死ぬよな俺たち」って話になった。

 だから冗談のつもりだったんだぜ? 死ぬならどういう風に死にてえか、なんて。俺の期待してた答えは「どうせ死ぬなら派手に死にたいよね、爆破とか」みたいな、軽いものだった。

 でも。

 あいつは夕焼けに表情を溶かして、こう言った。

「どうせ死ぬなら、できるだけシンプルに死にたいよ」

「シンプル……って?」

 想定外の答えを受けて、俺はオウム返しした。なんだよシンプルって。死に様に単純も複雑もあるか?

「うん」

 前髪を揺らしてあいつは笑う。逆光で顔の半分が潰れて見えない。あいつの眼鏡が街を反射している。

「痛いとか苦しいとか感じたくないから」

「あーー…………?」

 わかったようなわからないような。あるいははぐらかされたのか?

「だからシンプルに死にたい。死んだら…………四角柱になりたい」

「……えぁ? し、四角ゥ?」

 急にわからなくなった。いや、わかった瞬間なんてどこにもなかったんだろうけど。

 わかんねえ。

 こいつの言ってること、なんにも。

 そもそも俺たちはお互いのことをよく知らない。

 俺は不良で、こいつは落ちこぼれで。共に迫害されて、逃げて。逃げた先の保健室で出会った。

 俺はベッドでサボってて、あいつは保健室登校で、ちょっと遅れてやってきた。9時半くらいだったと思う。

 いつ見ても汚れてるブレザーだった。絵の具が襟や裾にべったりこびりついている。クリーニングする金もねえからそのまま放置してるらしい。

「絵ばっか描いてるから成績取れねえんだ」

 と俺が言うと、

「君もそれは同じなんじゃない?」

 と返された。

 意外だった。こいつ喋れたのか。教室じゃいつも俯いてて、休み時間なんてずっと寝たフリしてんのに。誰とも喋りたくないんだと思ってた。

「喋れんだな、お前」

 俺は思ったことをそのまま言った。

「喋れてないかもしれないよ」

「は?」

「君が勝手に僕の言葉を補正してるだけかも。実際はただ奇声を上げてるだけって可能性もある」

「…………上げてるのか? 奇声」

「いや」

「…………何言ってんだお前?」

「はは」

 初めて会話を交わしても、「不気味なやつ」って評価は変わらなかったけど。

 でもはぐれ者同士、たびたび保健室で顔を合わせた。うちは進学校で、校内は常にヒリヒリしている。どいつもこいつも親から「いい会社に就職しろ」って圧を年がら年中受けてて、それが絶対的な正義だと洗脳されてる野郎どもだ。

 そいつらからすれば俺たち不真面目族は、ゴミと同じに映るのだろう。

 どの道俺には親のコネだけで入った学校についていく頭なんてねえし、こいつには頭はあってもやる気がねえ。

 だから出会いは必然だったのかもな。

 俺たちが友達になるのも。

 だってお互い、どこにも居場所がなかったんだから。

「四角柱。要するにまあ……人じゃなくなりたい」

「なんで?」

「死んだあとも人でいることを強要されるのは、気に食わないから」

 俺にはこいつがわからねえ。

 友達になって、話をして、少し近づいたと思った。でも実際は、俺とこいつの間にはとんでもなく遠い距離がある。

 それはこいつが俺に敷いている壁であり、「他人」という相容れない関係性が生む壁でもあった。

「気に食わねえって……ふうん」

 それでも少しずつ、わかってきたこともある。

 こいつにはこいつなりに従うべき「芯」があって、それを俺は永遠に理解できないってことだ。

 でもまあ、わかんねえならわかんねえで別にいいよな。

 そこは踏み込むべき場所じゃねえんだ。わかんねえってことは。

「俺は別に気にしねえけどな。むしろ人として死にたいくらいだけど」

「うーん、なんかね」

 お互い家に帰りたくないからって引き伸ばした帰り道、たまにはこんな話もいいか。

 俺は必死に言葉を紡ぐこいつの頭をじっと眺めていた。


「僕たちさ、なんか人じゃないみたいじゃんか」

「親からも先生からもああしろこうしろって言われて」

「その命令に従うのって、ロボットみたいじゃん」

「でもそれが『普通の人間』がやることらしいんだよ」

「それがあの人たちが見てる人間だったとしたらさ……」

「そんなのはもう、めんどくさくて、嫌で」

「だから四角柱になりたい。手足なんて複雑なものはいらなくて、シンプルな図形になりたい」


 しがらみ。

 やるべきこと。

 常識。

 色んなもの植え付けられてるんだな、俺たちって。知らないうちに。それがすっごく疲れるんだな。

「なるほどな……」

 俺はこいつのことわからない。

 こいつも俺のこと、全然わかってないだろう。

 それでもお互いの呼吸の仕方をだんだんと覚えてきた。息が合うようになってきた。

 わからなくてもわかりあえることを知った。

「俺はどうせ死ぬならさ」

 こんなのはどうせ、長い人生のたった一瞬だ。

 だからいいんだよな。

「爆発して死にてえよ」

「君らしいね」

 ほら、やっぱこいつは俺のことわかってねえ。

 俺は死ぬ時、お前みたいなやつの隣で静かに死にたいんだよ。

 バーカ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る