強かなリザードマン

 リザードマン(同族)の鱗は高く売れる。

 特にこの、沼の街では。

「毎度ありぃ」

 毛皮の鎧にリザードマンの鎧を貼り付けると、耐水性と泳ぎの能力が高まる。防御力の方は若干心もとないが、この街の人間が欲しているのはその水に対する耐性のほうだ。

 この街を囲うように大きな湿地帯がある。沼の街から東に行けば王都で、西に行けば地方の街に繋がる大通りにたどり着く。湿地帯を避けるルートもあるが、突っ切ったほうが三日は早く着く。鮮度が命の商品を抱えた商人たちはもちろん旅路を急がねばならず、ここはそんな彼らのための中継地点として存在する街だ。

 さすがに湿地帯の中にあるだけ、湿気がひどい。だがそれは街道の話だ。店や家の中はちゃんと湿度対策をしており、食料などが腐りにくいようになっている。そういった倉庫を使うのは、有料だが。

 俺はリザードマンではあるが、その実湿気は苦手だ。俺の生まれは砂漠。トカゲはトカゲでも水陸両用ではない。砂の中でじっとしているほうが性に合う。

 それに俺は魔物だ。人間どもに正体がバレたらそれだけで危うい。魔法のローブで姿を隠してはいるが、その燃料となる魔石も底がつきそうだ。

(だからとっとと鱗を売る必要があったんだがな……)

 露天で新しい魔石を購入しつつ、腰に佩いた短刀を少し触る。

 この湿地帯の王は、人間ではない。リザードマンだ。俺みたいな砂漠適応型ではなく、水棲の連中。

 しかし種族としてはとても近い。いわば親戚だ。

 だが別種だ。俺とて同じ砂漠のリザードマンを殺すのには抵抗があるが、ここの連中はそうではない。殺して解体するのに躊躇はない。

 この湿地帯では、人間は動きづらい。湿気で重い空気に足を取られるぬかるみ。この街に至る道でさえ、橋が掛けられないところは船、あるいは泳いで渡る必要がある。

 商人たちは商品を船に乗せ、案内人に牽引してもらっている。その案内人が着る鎧に、よくリザードマンの鱗が使われる。水の抵抗を減らし、できるだけ素早く移動することができるからだ。

 そんな案内人たちを雇うのにももちろん金がいるため、最近は自分で鎧をあつらえて湿地帯を越えようとする商人たちもいる。案内人がいないのであれば街への道もわからないはずだが、まあ大体そういう連中は同時に腕に覚えのあるやつらだ。道中でリザードマンなんかに出くわしても倒せばいいと思っている。

 その算段がうまくいく時もあれば、いかない時もある。よく沼には手足のついた鎧が浮いている。

 鎧を着ているとは言え、所詮は人。沼地で自由に動けるような構造はしてない。

 だが俺はリザードマンだ。砂漠適応型とは言え、体の構造はほとんど一緒。全身が濡れる不快感と、すぐ乾かさねば体温の維持ができない点など、色々問題はあるが人間よりかは動きやすい。

 だから狩れる。殺せる。剥げる。

 そうやって俺は人間の社会に適応していた。

 人間社会は楽だ。金さえあれば大抵のことができる。うまいものも食えるし、いい魔法のスクロールも手に入る。砂漠で閉じこもっていた時とは比べ物にならないくらいの生活水準だ。

 しかしまあ、そうずっとうまくは行かないものだ。

 ある日、魔法のローブを脱いで体を乾かしているところを人間に発見された。俺はもうこの街にいれない。俺はすぐさま逃走を選んだ。荷物などは置きっぱなしだったが、命あっての物種だ。

 だが、いつかそんな日が来ることはわかっていた。だから自分だけが通れる秘密通路を見つけていた。人間では通りづらく、しかしリザードマンの俺なら通れる。ここは沼の街に至る街道からも大きく逸れており、また水棲リザードマンの生息地とも遠い。

 逃げ切れるはずだった。

 秘密通路に、案内人を雇わず迷った冒険者の集団がいた。

 俺が言ったことを覚えているだろうか。

 大抵そういう連中は腕に覚えがあって、だから自分たちなら自力で湿地帯を踏破できるだろうと踏んでいる。

 つまり自分の実力を過信したバカどもなのだ。

 俺は迷わず冒険者集団に飛びつき、食らいつき、殺して、そして逃げた。

 手傷もいくつか負った。バカではあるが決して弱いわけじゃない。一人殺して、残りが面食らっているところで離脱した。せざるを得なかった。

 挟み撃ちになるのはごめんだ。

 俺は沼地を泳ぎ、泳ぎ、やがて誰もいない森にまでやってきた。太陽があまり差さない日陰ばかりの森だが、湿地帯より空気は軽い。体を乾かさねばならない。

 これからどうしようか。

 俺は考えた。砂漠に戻るか、別の場所へ行くか。

 この魔法のローブがあれば、とりあえず人間のフリはできる。

 まあ俺ならどこでもうまくやっていけるだろう。

 これは過信なんかじゃない。

 そう信じている。

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