第127話 幕間~金煌将軍ジライヤ


 大樹界会議に始まり、魔王軍の襲来、ゲルガンダールの総力を結集しての撃退、その直後の四元老筆頭ゲルマニウスの戴冠。

 後に「ゲルガンダール事変」と呼ばれる一連の騒動で、欠かすことのできない役割を担った「奴」だったが、どうやら一つの違和感を放置して帰って行っちまったらしい。


 魔王軍。そう、魔王軍だ。


 人族と覇権を争っているのは「魔族軍」だ。これは決して勘違いでもなければ、誤植でもねえ。(誤植って何だよ)

 まあ、人族や亜人に取っちゃあそんなのどっちでも同じなんだろうが、撃退された側からしちゃあそうもいかねえ。今回全滅した、文字通り戦死した一万五千の軍の喪失が、今後の魔族の領域の趨勢を決めるかもしれねえとなりゃあ、なおさらだ。






 人族の奴らは誤解してる奴も多いらしいが、魔族の領域を支配しているのは「国」じゃあねえ。

 かといって、無法地帯ってわけでもねえ。そんな奴らが曲がりなりにも「魔族軍」なんて纏まりになって人族に対抗できるわけもねえからな。


 魔族のコミュニティは、種族によって分かれている。

 ああ、それじゃ亜人と変わらねえってか?その通り、そこらへんは全くもって同じだと言っていい。

 違うのは、人族を積極的に敵視しているところくらいか。

 まあ、外見がいかつかったり、胸糞悪い生態を持ってる奴がなぜか多いのも、否定はしねえがな。


 そんな中でも、やっぱり頭一つ、二つ三つ飛びぬけて強い種族も、魔族の歴史の中で何人か出てきた。

 その中でも一番強い個体が、俗に言う魔王だ。

 だが、とにかく強けりゃあ魔王を名乗れるってもんじゃねえ。それじゃあ、他の魔族が納得しねえしな。


 そこでこれぞという魔族に魔王という称号と権威を授けるのが、我らが大魔王様なんだが……

 まあ、その話は今は関係ねえから省く。今は魔王の話だからな。


 とにかくめんどくせえのは、今魔王と呼ばれてる奴が二人いること。

 その二人の実力が伯仲こと。

 その内の片方、剛の魔王の勢力が、ゲルガンダール事変でごっそりと減っちまったことだ。






 ここは、魔族の領域の中の中央部、剛の魔王の本拠地。俗に言う魔王城ってやつだ。

 その廊下の一つを俺様は堂々と歩いているわけだが、すれ違うオークロイヤルガードは俺様に見向きもしない。

 だが、別に無視しているわけじゃない。本当に無視しているとしたらぶっ飛ばしてるからな。

 なら、俺様に遠慮しているかというと、それも違う。もし俺様のことが見えていたら、コイツは問答無用で俺様をぶっ飛ばしに来るだろうからな。まあ、そうなったら普通にぶっ飛ばし返すだけなんだが。


 こうして結界術を使って警備の連中の認識をずらしておかないと、後が面倒くせえんだ。

 もちろん、こんな雑魚のことじゃあねえ。

 この魔王城の主、剛の魔王のことだ。






 と思って、わざわざ目立たない方法で来てやったっていうのに、玉座の間にただ一人、俺様の身長の三倍はある巨大な玉座に座るにふさわしい鎧姿の巨体、黒の獣の魔王、グレイシャル=グレータルグリーズは、俺様に見向きもしねえ。


 結界?そんなもん、とっくに解除してるに決まってんだろ。もっとも、グレイシャルの鼻なら、結界の向こうの俺様の匂いを嗅ぎつけているだろうがな。


 ガスッ


「おいコラ、無視すんな」


 口より先に手が出るのが俺の悪い癖――と矯正されて大分マシになってきたんだが、ついイラっとして得物で叩いちまった。

 さすがにやべえと思って身構えてみるが、グレイシャルはちらりと俺様を一瞥しただけで、すぐに視線を中空に戻しやがった。

 さすがに本気でキレそうになったが、あの黒の獣の末裔とも言われる巨体から声が聞こえたことで、すんでのところで思い留まった。


「ジライヤ殿か。その様子では、そちらの方は首尾よくいったようだな」


「ああ。アンタが今回の侵攻の詳細を知らせてくれたおかげで、『ユグドラシル』の拠点を一つ、潰すことができた。その報告と礼だ」


「フ、冗談はよせ。ジライヤ殿が直接姿を見せる時は、決まって文句がある時だ」


「そうかよ、そっちがその気なら話は早え。なら言わせてもらうぜ。てめえ、何がしてえんだ?」


「何、とは?実際にその眼で見届けたのなら言うまでもなかろう。大樹界会議の会場であるゲルガンダールを攻め、大樹界を我が物にしようとしたのだ」


「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。ワイバーンを利用した杜撰な奇襲、中途半端な軍容、無駄な戦力分散、アンタらしくねえチンタラした進軍速度。極めつけは、アンタが一番嫌ってる手合い、死霊術師を軍に加えたことだ」


「確かに、見る者が見れば、我らしくない采配であっただろうな」


「わかってんのか?アンタ子飼いの魔王軍一万五千が全滅したのはゲルガンダールにやられたんじゃあねえ、アンタが嫌ってる死霊術師が、死霊術の生贄にしたからなんだぜ?こうなることくらい、予測できないアンタじゃねえだろ?剛の魔王さんよ、アンタの身にいったい何があったってんだ?」


「……それを聞いてどうする?」


「逆に、それを聞かねえでどうしろってんだよ。アンタ相手にこんなことを聞けるのは、俺様くらいのもんだろうよ」


 そう言って、じっと見つめる。じっと見上げる。


 獣の魔族だけあって、グレイシャルは融通が利かねえ性格だ。

 だが、仮にも多くの魔族を従える魔王として、聞く耳を持たねえわけじゃあねえ。

 もし仮に、そんな剛の魔王グレイシャルの為人が変わっちまったのだとしたら、一万五千の魔王軍の消失なんかより、よっぽどめんどくせえ事態になりかねねえ。


 だが、言葉の代わりに剛の魔王から出た溜息は、明らかに俺を失望させるものだった。


「……一つだけ忠告しておこう。金煌将軍よ、貴殿の主の望みは重々承知だが、そのために貴殿が頻繁に遠出をするのは感心せぬな。時には主の側で、ゆっくりと物事を見渡すのも大事なことだぞ」


「守りがおろそかになってるってか?見くびるんじゃあねえ。そんなこと、アンタに言われるまでもねえよ」


「それでもだ。彼奴等の魔手は、敵の姿を取って伸びてくるとは限らんということだ」


「アンタは……ちっ、そういうことかよ」


 ……グレイシャルがどんな弱みを握られたか、あるいはどんな取引を持ち掛けられたかは分からねえ。

 ただ一つ確かなことは、俺様が大樹界に赴いてる間に、奴らの手がここまで伸びていたってことだ。


 二歩進んで三歩下がったような気分になりながら、それでも一つだけ尋ねる。


「アンタ、これから一体どうするつもりなんだ?まさかこれで終わり、なんてふざけたことは言わねえよな?」


「さて、どうするか。それは、来るべき時に決めればいいだけのことだろうな」


「そうかよ」


 そう言って、俺様は玉座の間を後にする。こんな抜け殻になった場所に、もう用はねえ。それならそれで、やり方を変えればいいだけのことだからな。


「気を付けることだ。奴らの脅威にではなく、甘美な誘惑に」


 そう捨て台詞を吐くグレイシャルに、俺様は一々反応したりはしねえ。


 したりはしねえが……


「なっ!?貴様はまさか……!!なぜ玉座の間から……!?」


「うるせえ、どけ!!」


 俺様の姿を認めたオークロイヤルガードに、抜く手も見せずに得物を振り抜いて廊下の突き当りの石壁まで吹き飛ばす。


 ドゴォン!!


「曲者だ!!出会え、出会えーーー!!」


 当然、音を聞きつけた警備の兵が大挙して押し寄せるが、俺様の攻撃を防げずに次々と吹き飛んでいく。


 結界?そんなもん、玉座の間を出る前から切ってあるに決まってんだろ。


 要は腹いせだ。八つ当たりだ。逆恨みだ。

 この腹の底から湧いてくるムカムカを発散できる相手がちょうど目の前にいただけの話だ。


 こうして、行きとは全く別の意味で堂々と魔王城を後にした。

 もちろん、死人は出してねえ。怪我人は多数だがな。


 ただし、その後剛の魔王城では、俺様専用の対策として要所要所に結界破りの仕掛けを施したらしいと、風の噂で耳にした。

 心配しなくても二度と行かねえがな。

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