第126話 幕間~ゲルガンダールの女子会


 時は少し遡る。


 ドワーフ族が集う大樹界の大都市ゲルガンダールにおいて、魔王軍の侵攻に始まり、死霊術師シャクラの侵入、伝説の魔獣エレガムのアンデッドビースト化などの数々の脅威を見事退けた、数日後のこと。


 普段はとっくに照明が消えているはずの、とある大工房のとある寝室にて、三人の女子の声が姦しくも響き渡り、今まさに三人だけの女子会が始まろうとしていた。


「二人とも、良く集まってくれたな!」


「騒ぎも一段落したことだしな、私としても、一度はっきりとさせておきたいところだった)


「わ、わたしは別に来たくなかったけどね!でも、お姉様から異種族ともっと交流しなさいと言われてるから、し、仕方なくなんだからね!」


「一番来そうになかったリーネが来たのだ、そろそろ私達を集めた理由を聞かせてもらってもいいんじゃないか、ラキア?」


「理由?理由なんか無いぞ」


「おい」 「ちょっと!」


「まあまあ、これでも食べて落ち着くのだ」


「ふ、ふん、お菓子で釣ろうとしたって無駄よ!次期エルフ女王の私の舌に適うクオリティをそこらの下町で出せるわけが……あ、おいしい」


「見事に釣られているじゃないか」


「うるさいわよダークエルフ!し、仕方ないじゃない。ティリンガの里じゃ、アレはダメこれはダメって体に良い食材しか使ってもらえないんだから」


「なるほど、良い暮らしをしているからといって、自由があるとは限らんということか。……ふむ、確かにこの焼き菓子は絶品だな」


「そうだろう!そうだろう!」


「なんでラキアが自慢げなのよ。って、ちょっと、なんでアンタも食べてるのよ!?」


「別に、私は食べないとは一言も言ってないからな」


「くっ、そう言えば……」


「まあ、菓子が無くなれば、私はお暇するがな。明日も早く出て、情報収集をする予定なのでな」


「ちょっと、何勝手に外に出てるのよ!見つかったらタケトに迷惑がかかっちゃうんでしょ!?」


「……ほう」


「な、なによ?」


「いや、何でもない。だが、いらん心配だ。この私が衛兵ごときに見つかると思うのか?」


「そ、それは。でも、タケトに……」


「リーネはご主人様のことがものすごく好きなのだな」


「な、なななななな!?」


「……一度整理しておいた方がいいかもな。ラキア、今現在、タケトに懸想している可能性のある女性はどれくらいいる?」


「けけけ、けけけけけ……!!」


「それは言えん!」


「いいから話せ。数次第では、タケトの奥の序列をはっきりさせておかないとならないかもしれない」


「奥?」


「タケトの女たちの集まりという意味だ。タケトに迷惑をかけないためにも、女同士で話し合う必要も出てくるからな」


「おお!なるほど!ならば、一番に挙がるのはカトレア様だな!」


「カトレア?いや待て……ひょっとして、『裂空の騎士』カトレアのことか?」


「そうなのだ。何を隠そう、ご主人様を伴ってコルリ村に一緒に来たのが、カトレア様なのだ。私の命の恩人だ!」


「ど、どうせ、騎士って言うんだから、筋肉の塊みたいな男女なんでしょ」


「いいや、違うぞ。魔法剣を操る実力も去ることながら、その戦う姿は凛々しさの中に可憐さもあって、思わず見惚れずにはいられなかった。私が男だったら、間違いなく惚れているな!」


「あの裂空の騎士ならば、さもありなんだな」


「へ、へええ……(なにそれ、聞いてないわよ!)」


「そうだろう!あの二人が並び立っている姿は、頼もしさに満ち溢れていたぞ!」


「そうか。……だが、確か裂空の騎士の実家は……だとすると――」


「どうかしたのか?」


「いいや、何でもない。敵が一人減った、そう確信しただけだ」


「???」


「それより、タケトの相手の続きだ」


「……はっ。そうよ、他の女はどんな奴なのよ!」


「もちろん、セリカだな!」


「……シューデルガンド屈指の商人の娘で、あの東の大公の血族か」


「しょ、商人の娘?ま、まさか、その豊満な体と百戦錬磨の手練手管でタケトの奴をメロメロにして、ベ、べべべベッドに引きずり込んだり……」


「リーネは何を言っているのだ?セリカはちっちゃいぞ」


「そう、その脂肪の塊をタケトの顔に押し付けて……ちっちゃい?」


「うむ。ちっちゃくて、元気で、話し上手で、とにかくかわいいのだ」


「リーネ、妄想逞しいのは個人の自由だが、他人の名誉を傷つける類いのものはどうかと思うぞ」


「べ、べつにそんなんじゃ……って、聞き間違いに決まってるでしょ!!」


「……まあ、そういうことにしておくか。それよりも、セリカ嬢か。まだ直接言葉を交わしたことはないが、商人らしい狡猾ぶりは評判だからな。果たしてタケトを利用してどんな企みを巡らせているのか……」


「リリーシャは何を言っているのだ?そんなもの、ご主人様を好きなだけに決まっているではないか」


「は?いやしかし、あのセリカ嬢だぞ?腹心にすら本心を明かさないともっぱらの評判なのに、あの朴念仁のタケトを好きなだけでコルリ村に押しかけるとか、そんなことが……」


「細かいことは私にはよくわからないが、セリカのご主人様への眼差しは、常に愛に満ち溢れているぞ」


「……妙に確信的ね」


「……ラキア、タケトにはそのことは内密に――はできないだろうが、せめてセリカ嬢には言ってやるな。真偽のほどはともかく、恥ずかしさで死ぬかもしれんからな」


「わかったのだ!」


「それで残るは……聖女のシルフィーリアと、獣人の娘のリリィか」


「なに?そいつらも、さっきのセリカと同じように幼児体型なの?」


「違うぞ!」


「……リーネ、そこはオブラートに包むべきところだ。確かにリリィの方はそのまま幼児寄りの少女だが、シルフィーリアは真逆、あの双丘のふくらみを見て、劣情を催さぬ男はいないだろうな」


「なによそれ……!いやらしい!」


「まあ、実際タケトの性格を考えるとそれは否定できんが……特別に親密になる可能性は極めて低いだろうな」


「うん?でも、シルフィはご主人様のことを慕っているぞ」


「それ以上踏み込むことはない、ということだ。あれは神樹教の総本山、マリス教国の聖女だ」


「ちょっと待ちなさいよ!神樹教って言ったら、私達の敵みたいなものじゃない!!」


「それはその通りだが、今は置いておけ。神樹教に身を捧げた女性、とりわけ聖女ともなれば、添い遂げる相手を自分で選ぶことなど不可能だ。必ずと言っていいほど、生まれた直後から近しい家柄との縁を結ぶために利用される。そもそも、教国の外にいること自体がイレギュラーなのだ」


「……なんか、シルフィが可哀そうなのだ」


「おそらくだが、本人も自分の境遇を受け入れているはずだ。ただ、例外があるとすれば、神樹教の教義にあるという伝説の勇者のみだが……まさかな」


「とりあえず、油断ならない相手だってことは分かったわ。まあ、お子様の方は論外として――」


「バカを言うな。リリィは、教義に縛られた聖女などよりもよほど手ごわい相手だぞ」


「うむ、リリィはかわいいぞ」


「え、だって、まだ小さな子供なんでしょ?」


「リリィは獣人だ。獣人は厳しい環境にその身を置くため、体の成長が他種族と比べて非常に早い。あと五年もすれば、十分に大人と呼べる体つきとなるだろう。そして、獣人の女性が伴侶を選ぶ条件はただ一つ、強い子種の持ち主だ。その際、種族の違いは些細な問題となる」


「そ、それって……」


「たとえ十五ほどの年の差があっても、リリィにとってタケトは十二分に異性の対象となっているはずだ。しかも自分の危機を救ってくれた命の恩人だ、とりわけ強く意識しているのは間違いない」


「あ……」


「あ?」


「あの女ったらし!!」


「まあ、それは否定できんな」


「ご主人様はモテモテなのだ!」


「な、なんでアンタたちはそんなに冷静なのよ!?ていうか、アンタたちはタケトのことをどう思っているのよ!?」


「ご主人様だからな!従者としては、夜伽に呼ばれればやぶさかではないぞ!」


「私は、そこまでタケトに興味はない。だがそうだな、子種を何度かもらって、三人から五人ほど子供を産めれば、他に望みはない。タケトは性欲を解消できて、私はクロハ一族の後継ぎを得られる。まさにウィンウィンの関係だな」


「なっ……!!」


「そういうリーネこそ、どうなのだ?ご主人様を好いているのだろう?」


「わ、わたしがあんな女ったらしを好きなわけないじゃない!!そ、それに、物事には順序ってものがあるのよ!まずは何度かデートをして、二度目くらいから手を繋いで、お互いの家を行き来して、でも門限は絶対に守って……」


「リリーシャ、リーネはどうしたのだ?」


「そっとしておいてやれ。箱入りのお嬢様は普段が不自由過ぎて、時々妄想で不満を解消するしか心の平穏を保つ術がなかったんだ」


「わからなかったが、わかった!」


「ひとまず、めぼしい女性はこんなものか。となると、序列一位になりそうなのはセリカ嬢か。身元も確かだし、財力もある。その上これ以上ないほどの後ろ盾も持っている。正妻として最もタケトを支える力がありそうだ」


「ちょっと待った。リリーシャは、大事なことを忘れているぞ」


「大事なこと?他にもタケトに懸想する女がいるのか?」


「それは分からないが、ご主人様は元々、この大樹界よりはるか東の故郷からグノワルドに流れ着いたらしい」


「東だと?人族が住む領域でここよりもさらにというと……」


「その故郷に許嫁がいるかもしれない。正妻にだれがなるかという話は、ご主人様に問い質してからでないと、従者としては認められないぞ」


「……確かに、どれだけその可能性が低くとも、絶対に踏むべき手順ではあるな」


「まあ、ご主人様から家同士の許嫁なんて話を聞いたこともないから、心配するまでもないのだがな!」


「ああ、あの朴念仁のタケトにそんな甲斐性があったとしたら、コルリ村の広場で観衆の中で愛の告白をしてやってもいいぞ!」


 こうして、異郷での三人の女子会は続く。

 それぞれの言葉がどれだけ正鵠を得ているのか、真実を知ることになるのはもう少し先の話である。

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