第125話 帰り路についた


 エルフの女王ライネルリスの妹にして次期女王候補、リーネルリス。


 魔法の才能はエルフ族史上屈指の実力者の姉に匹敵するものがあるらしいが、取り巻き達の人選を誤ったのかかなり性格に難がある。

 その上、これまで外の世界を見てこなかったせいかエルフ至上主義とやらに傾倒していて、特に人族への偏見は重症の域に達している。

 そんな妹に広い世界を見せたいという姉心なのか、今回のゲルガンダール行に同行させたライネさん。

 そこまでなら高貴な御方の麗しい家族愛で済むんだろうが、ライネさんの発想はそこからさらに踏み込んだ(踏み外しているのかもしれない)ものになった。

 なんと、ゲルガンダール滞在期間中、リーネ一人を俺達に預けたのだ。しかも、取り巻きの同行を一人も許さずに。

 当初はとんでもないお荷物を渡されたなと内心頭を抱えたもんだが、一度手合わせをした後は驚くほど素直になって、言うことを聞くようになっていった。

 とはいえ、それとこれとは話が別、久々の姉との再会を喜ぶ間もなく衝撃の爆弾発言をその長い耳で聞いたリーネのファーストリアクションは、全くもって予想通りのものだった。






「は、はあああ?なんでわたしが……バ、ババ、バッカじゃないの!!」


 ほらな、俺の予想通り全力で拒絶しただ――いや、いつもより明らかに勢いがないな。


 いつもの透明感のある白い肌が、耳まで真っ赤になっている。

 久々の姉妹の再会で緊張してるのか?


「なんでエルフ族次期女王のこのわたしが人族の田舎なんかに行かなくちゃならないのよ。ま、まあ、お姉様の命令って言うんならしか――」


「あら、そんなに嫌なら別にいいわ。やっぱりジルジュに行ってもらうことにするから」


「え……?」


 お、顔色が元に戻――り過ぎだな。今度は白を通り越して、一目でわかるほどに青ざめている。

 いくらライネさんの再会に緊張してるって言ったって、さすがに度が過ぎてる。

 ひょっとしてどこか具合でも悪いのか?


「ねえタケトさん、あなたは、リーネとジルジュのどっちに来てほしいのかしら?」


「え?そりゃあ、来る気のある奴が来ればいいと――」


 ――いや、違う違う。うっかり場に流されそうになってるが、一応コルリ村の代官の身として、先に聞いておくことがあるだろ。

 すんでのところでそう思い直した俺は、コホンと咳払いをして仕切りなおす。


「それよりもまず聞いておきたいんですけど、なんでコルリ村なんですか?ライネさんなら、他にも人族とのコネくらい有りそうですけど」


 こう言っちゃなんだが、リーネの言う通りコルリ村は田舎だ。いくら頼みやすい状況とはいえ、エルフの王族のリーネを託すには少々無理があると思うんだが。


「あらタケトさん、それは買い被りというものよ。確かに取引相手に人族のお知り合いも何人かいないわけじゃないけれど、タケトさんのように親密なカンケイになっている殿方は居ないのよ?」


 ……なんか色々と語弊のある言い方だな。

 あと、ライネさんの背後で急激にまなじりを上げているリーネの怒りようが凄い。

 俺、なんか悪いことしたか?


 そんな妹の様子に気づいているのかいないのか、ライネさんは涼しい顔で話を続ける。


「それと、その人族のお知り合いから聞いた話だけれど、そのコルリ村、最近面白いことになっているらしいわね。特に人材面で」


「……」


 反応しない、のが正解だと思う。

 なぜだか分からないが、ここで肯定するのも否定するのも、どっちに転んでも追い詰められるような気がしてならなかったからだ。

 いや、それは保留という選択肢でも、結局結末は変わらない気もするんだが。


 そんな俺の沈黙をどう捉えたんだろうか。

 探るような眼で俺を見ていたライネさんが不意にパンと手を叩くと、艶然とした笑みを浮かべた。


「ああそうそう、こちらからお願いしてリーネを置いてもらおうというのに、肝心な話をしていなかったわね」


 そう言ったライネさんが部屋の隅に控えていたお供の女性に目配せすると、その女性が手に提げていた袋を俺に差し出した。


「リーネの滞在中の雑費はここから差し引いてもらえるかしら。残りは、お礼ということで受け取ってちょうだい」


 中身の分からないものを突然差し出されたら、確認してみたいと思うのは人の性だと思う。

 ここで俺がつい油断してしまったとしても、責める人など誰もいないはずだ。多分。


 そんなわけでついフラフラを手を伸ばして袋の口を開けて中を見てみた。


「……」


「おおっ、キラキラだな!!」


 具体的な中身に関しては語るまい。

 ただ一つだけ言うとすれば、この中身を見た人は、誰もが目をキラキラさせながら欲望の渦に飲みこまれることだろう。賭けてもいい。


「なんでも、コルリ村は最近大きな災害に見舞われたそうね。そして風の噂では、近隣の家を失った人達を受け入れる準備の真っ最中だとか。その袋がただの報酬で受け取りにくいのなら、慈善活動への寄付という形にしてもらっても構わないわ」


 ……正直、この大事な時にセリカたちに諸々を任せてコルリ村を出てきて、後ろめたい気持ちが無かったと言ったらウソになる。いや、かなりある。

 タダより高いものはない、ということわざは重々承知のつもりだが、この輝きに抗える力を今の俺は持っていない。

 爺ちゃん、これは竹田無双流じゃ太刀打ちできなかったよ……


 別に戦っていたわけじゃないはずだが、なぜか物凄く負けた気分で「よろしくお願いします」と言った俺の眼には、「それでいいのよ」と言わんばかりにパーフェクトスマイルでうなづくライネさんと、その後ろでなぜか小さく飛び跳ねながら喜んでいるリーネの可愛いしぐさだった。






 そんなこんなで肉体的にも精神的にも慌ただしくもなんとか荷造りを終え、いよいよゲルガンダールを去る日がやって来た。

 グラファスによると、戒厳令が解除になるので、いままでゲルガンダール内に押し留められていた外の人達が一斉に各門に殺到するのだという。

 その中には、ライネさんやアングレンさん、竜人族とアーヴィンといった賓客も含まれるので、俺達のような中途半端な不審者にかまけている暇はとてもないのだそうだ。

 そんなわけでこの絶好の機会にグラファスの工房を出発したのだが、ここで一つ大きな問題があった。

 ずばり、帰りの手段である。


 言うまでもなく、行きはティリンガ族の船団に紛れる形で大樹界会議中のゲルガンダールの検問を潜り抜けたわけだが、その時に衛兵に目をつけられている以上、同じ手は使えない。

 となると当然ここまでの旅路で使った竹船も置いていくことになるわけだが、これはジルジュにもらってもらうことにした。

 こっちとしては大助かりなわけだが、「結果として族長からの命を守れなくなったばかりか、船まで譲ってもらってどう礼を言えばいいか分からないな」と、ジルジュは恐縮しっぱなしだった。


 というわけで行きに使った移動手段を失った俺達だが、コルリ村までの道のりを徒歩で制覇することはできれば避けたい。

 行き以上の日数がかかると、コルリ村に帰る前に冬が到来する危険があるからだ。

 幸か不幸かまだ俺は体験したことはないが、コルリ村の冬は相当厳しいらしい。

 かく言う俺も、コルリ村の冬支度のために奔走していたこともあるから、準備した竹炭の量を見ればある程度の想像がつく。

 雪が降る前にコルリ村に帰り着く。これは帰りの行程の絶対条件だ。


「もちろん、そんなことはわかっとる。ワシが何年コルリ村に住んどると思っとるのだ、当然冬の訪れを計算して日程を組んどるに決まっとろうが」


「いやドンケス、そうは言うけど……」


「そうだぞドンケス!コルリ村に帰るのではないのか!」


「このわたしをこんな地下深くに連れてくるなんていい度胸してるじゃない!」


 ラキアに続いて文句を言ったリーネの言う通り、ここは地下深く、ゲルガンダールに無数に点在する坑道の一つだ。

 先頭を歩くドンケスがもつランタンの明かり一つを頼りにして、俺、ラキア、リーネ、リリーシャの順に、真っ暗な坑道をひたすらに歩く。

 ドンケスの案内でグラファスの大工房の隠し通路から歩いてきたが、いくつもの分岐点を進んできたせいで、地上へ戻る道もわからないほどになっている。

 また、コルリ村へ帰るにしてはそれぞれが背負っている荷物も多すぎで、ドンケスへの不信感を助長する一因になっている。

 それでも「ワシに任せておけ」と言われたらとりあえず従うくらいの信頼関係は築いてきたつもりなので、ここまで唯々諾々とついてきたが、そろそろ理由の一つでも聞いておきたいところではある。


 そう言えばこういう時に真っ先に問い質しそうなリリーシャがなんでか沈黙してるな、と思いつつもドンケスに声をかけようと思ったその時だった。

 坑道の奥からランタンのものとは違う明かりが見えたのは。


「遅いぞ貴様ら」


「お待ちしていましたよ、皆さん」


 その先に待っていたのは、今朝いつの間にかにいなくなっていたグラファスと、戒厳令解除直後で多忙のはずのゲルマニウス。

 そして――


「やはり、ゲルガンダールの地下に高速移動手段があるという噂は本当だったか」


 納得の声色のリリーシャの言う通り、坑道の突き当りにあったのは、人が乗れるタイプのトロッコ列車と、果てが見えないほどにどこまでも続く直線の坑道と敷かれたレールだった。

 等間隔に並ぶ魔石が発する明かりが照らす圧倒的な光景に呆然としていると、珍しく自慢げな表情を見せているグラファスがこっちに近づいてきた。


「貴様らがやって来た時からゲルガストに頼まれていてな、弟子たちに密かに整備をやらせていたのだが、なんとか間に合ったな」


 最終点検なのか、今も忙しそうにトロッコ列車の周りを走り回っている高弟の人達。

 おそらく通常の仕事の上に整備をしてくれていたのだと思うと、知らなかったとはいえ少々申し訳ない気持ちにもなる。

 そんな思いが顔に出ていたんだろうか、ゲルマニウスが笑いながら言った。


「ここ最近は利用する機会がなかったので、整備にはちょうど良いタイミングだったのです。むしろ使っていただくと助かるくらいですよ。ゲルガンダールを救ってくださった礼にもなりませんが、遠慮なく乗ってください」


 と、そこで言葉を切ったゲルマニウスが俺の耳元に顔を寄せると、


「アーヴィン殿から聞きました。御用の際にはぜひご一報ください。私の力の限りを以て駆けつけますので」


「……わかった」


 周りの眼もあってか具体的なことは何も言わなかったゲルマニウスだが、その意味することは十分に伝わった。


 ……今は考えるのはよそう。さすがに、俺の一存で決められる話じゃない。全てはコルリ村に帰ってからだ。


「何をぼさっとしておるタケト!さっさと荷物を積まんか!」


 いつの間にかに荷積みを開始していたドンケスに怒鳴られた俺は、悩みを振り切るためにトロッコ列車へと歩き出した。






 高弟の人達が手伝ってくれたことで、荷積みも滞りなく終わり(旅にしては多すぎる荷物はトロッコ列車を想定してのことだったようだ)、いよいよ別れの時がやって来た。


「世話になったな、グラファス」


「竹材が足りなくなったら、使者を寄こすからな。ちゃんと準備をしておけよ」


 これまでの礼にといくつかの竹製品の試作品と共に大量の竹材をプレゼントしたのだが、早くも催促しているグラファスの様子を見る限りは、あまり長くはもたなそうだ。

 とりあえず「用意しとくよ」と返し、隣のゲルマニウスに目を向ける。


「タケトさん、今回は本当に――」


「お礼はもういいよ。改まって言われる間柄じゃないしな。友達として当然のことをしたまでだ」


「そうですか……そうですよね。では、タケトさんが困ったときにも、遠慮なく私を頼ってくれる、そういうことですね」


「まあ……そういうことだな」


 ドワーフには似つかわしくない、それでいて有無を言わさない笑みを浮かべるゲルマニウスに、俺が返せたりアクションはこの程度だ。

 それは、大樹界に新たな時代の到来を確かに感じさせるほどに、王の風格を見せている。


「ではな」


「うむ」 「ええ」


 それに対して、三人のハイドワーフが交わした別れの言葉は、たったこれだけ。


 ……簡単でいいな。コミュ障の俺としては羨ましい限りだよ。


「出発するぞ」


 生まれ変わるならドワーフも悪くないなと思っていると、先頭の車両で何やらハンドル付きのコンソールらしきものをいじっていたドンケスの声と共に、トロッコ列車が動き出した。


「タケトさん、お元気で!」


「たまには手紙を寄こせよ!」


 声をかけてくれるゲルマニウスとグラファス。

 その後ろで高弟の人達も手を振ってくれている。


「ゲルマニウスも、グラファスも、元気でな!」


 それに俺も手を振り返す。


「おいしかったぞーーー!!」


 なぜかわけのわからないことを言ってブンブン手を振る、隣のラキア。(多分、ゲルガンダールで食べた料理の数々のことを言ってるんだろう。わけわかんなくないな)

 後ろを見ると、並んで座っているリリーシャとリーネも控えめながら手を振り返している。


 ドワーフ達の姿がどんどん小さくなり、やがて緩やかな上り坂に差し掛かって見えなくなったことで、とうとうゲルガンダールを去ったんだな、という実感が、俺の中で芽生えた。



 ガコン!!



「うわっ!?」 「おおっ!1」 「くっ!」 「キャッ!?」


「おお、すっかり忘れておった」


 その時、一際強い振動が起きて俺を含めた四人からが一斉に叫び声が上がる。

 それを聞いてようやく思い出したと言った感じで、ドンケスがとんでもないことを言い始めた。


「全員、座席に備え付けてある器具で体を固定しろ。このトロッコ列車は体重が重いドワーフが使うことを前提に作られておるからな、この先の急勾配で下手をすれば外に投げ出されるかもしれん」


「はあっ!?」 「ちょっとそこのドワーフ!なんでそんな大事なことを今になって言うのよ!」


 俺が怒り混じりの間抜けな声を上げ、リーネが猛然と抗議するが、当のドンケスは仏頂面のままで堪えた風は微塵もない。


「忘れておったのだから仕方があるまい。ああ、それとな、車外に投げ出されて無事だったとしても、地中をナワバリに生きる魔物には気をつけろよ。奴らは地中を掘削して自在に動き回る。とてもではないが地上の生き物では太刀打ちできん。いいか、車外に投げ出されたら全力で逃げろ。そうだな、丸三日も走り続ければ地上に出られるだろう」


「バカを言うな!!ドワーフ族でもない者がそんなスタミナがあると思うのか!?」


「ん?おお、言われてみれば確かにそうだな。ならば、精々振り落とされぬように早く体を固定しろ。そら、急勾配はもうすぐだぞ」


「おわあああ!!」 「きゃああああ!?」 「イヤアアアアアアアア!!??」 


「ウキャハハハハハハハハハハハハハ!!」


 どれが誰の悲鳴だったのか、あえて言いはすまい。

 まあ、一人だけ明らかに絶叫のベクトルが違った(大喜びといってもいい)ラキアだけは特定してもいいかもしれない。


 かくして、大樹界の旅程で、約二名を除いて最大の危機を迎えた俺達は、いつ果てるとも知れない地獄のジェットコースターでコルリ村への一本道を爆走するのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る