第123話 ゲルガンダールの闇を知った 後編


 トン


「ガッ!?」


 背後から竹槍で首筋を軽く叩き失神させ、周囲に誰もいないことを確認してから、一息つく。


 坑道に隠されていた三つ目の隠し通路から金の将に促されて侵入してから、どれくらい経ったか。

 等間隔に魔道具の照明が設置されているとはいえ、微妙に曲がりくねった隠し通路を進むうちに、すでに方向感覚は失われている。

 魔力感知を使えばどのくらい深く潜ったかくらいは分かるだろうが、今は文字通り潜っている、潜入している最中だ。間違っても自分の居場所を主張するような真似はできない。


 そんなことを考えながら、足元に倒れた男を見る。


 ……人族、だよな。どう見ても。


 ドワーフではあり得ない背丈。エルフよりもがっちりした体格。魔族とは違って何の違和感もない肌の色と輪郭。

 断言とまでは行かないが、見える範囲では人族以外の結論に到達しない。


 しかし、長く元老を務めてきたゲルマニウスすら知らない隠し通路に居た時点で、この人族の男の正体は一つに絞られる。



 秘密結社ユグドラシル



 しかし、俺が気絶させた男からは特に強さを感じなかった。

 気絶させる時だって、特に戦闘になったわけじゃない。むしろ全く気づかれずに背後に回れたほどで、拍子抜けしたくらいだ。

 だからこそ、戦闘力のない人族がこんな場所にいるちぐはぐさが際立つ。


 ……殺さなくてもいいとは言ってたが、とりあえず逃げられないようにはしておくべきか。


 俺は気絶している男の服の袖をナイフで切り取ると、血流が止まらない程度に手足をきつく戒めてから、この先のことを考える。


 といっても、人間、好奇心には逆らえないようになっている。

 ヤバそうな雰囲気を感じ取っていても、すでに巻き込まれた身としては中途半端が一番気持ち悪い。

 そう考えて気持ちの整理をつけた俺は、どこへ辿り着くともわからない隠し通路の中を粛々と進むことにした。






 どんな道にも、それが例え得体のしれない隠し通路でも終わりはあるもので、見張りをしていると思しき男を二人ほど気絶させて進んだ先に(エルフと魔族だった)、通路の出口らしき明るく照らされた広い空間に辿り着いた。


「よう、遅かったじゃねえか。てめえが一番最後だぜ」


 大量の照明に一瞬目がくらんだ俺を出迎えたのは、退屈そうな雰囲気を隠そうともしない金の将だった。


「ここはいったい?」


「ああん?俺様の話を聞いてなかったのか?ユグドラシルの拠点だって言っただろうが。正確には拠点っていうより、集積施設だがな」


 確かにそんなことを言われた気がするが、集積施設ってのは初耳だ。


 そんな俺の心の声が届いたのか、「疑うんなら自分の眼で見てみろ」とあごで近くにある木箱を指示した金の将に誘導されるように、何の気もなしに木の蓋を開けてみた。


「っ――!?」


 ……詳しくは言うまい。端的に事実だけを述べると、箱一杯に種々雑多な頭部が詰め込まれていた。


「な、なんでこんなことを……」


「はっ、誰がやったかなんてのは知らねえし、知る気もねえ。ただ、ユグドラシルの奴らがこんな趣味の悪いものを集めてどこかに送ってるってのだけは確かだ。そして、俺様はそれをぶっ潰す。他になんか必要か?」


 金の将にそう言われて、吐きそうな気分のまま俺は辺りを見回す。

 地下深くとは思えないほど広い空間には、同じような木箱は何十、何百も積まれている。

 このすべてが同じ中身とは限らないが、少なくとも気分が良くなるようなことがないのは確かなようだ。


「……とりあえず、ここの奴らをぶちのめしたくなったな」


「ククク、さっきまでとはずいぶんと態度が違うじゃねえか。俺様としては手間が省けるから大歓迎だがな。なら急げよ、もたもたしてっと、あいつらに全部持ってかれちまうぜ?」


 その時、木箱の壁の向こうから複数の戦闘音が聞こえてきた。


「言ったろ、てめえが一番最後だってな。あいつら、特にゲルマニウスの奴は、怒りまくって暴れ回ってるぜ」






 俺と金の将が辿り着いた時には、まさに乱戦の真っ最中だった。


 そこにいたのは、俺とは別ルートでここに来たはずの、お互いに距離を取って立っているアーヴィンとゲルマニウス。そして、二人を包囲しつつ武器を向ける種々雑多な種族の集団だった。

 さっき感じた通り、全員がその辺の道ですれ違っても何の違和感も抱かないほど、普通の人達に見える。

 さっきの胸糞悪い木箱の中身さえ見ていなければ、戦おうという気持ちにならなかったはずだ。


 ……いや、一つだけ、明らかに一般人とは違うところがある。

 目だ。無表情の顔には似つかわしくない、異様に輝く目が、常軌を逸している何よりの証になっている。

 その輝きがアーヴィンとゲルマニウスの二人と対峙する全員の眼に宿っている。万が一にも話が通じそうな相手じゃない。


「……」


 ふいに、正面のトゲ付きの鈍器を持ったドワーフが、無言のままアーヴィンの方へと走った。

 その迷いのない動きと手にした武器に、明確な殺意を感じる。

 それを待ち構えるアーヴィンだが、奴は一人じゃなかった。いや、正確には一人なんだが、孤立無援じゃなかった。


「トカゲ……?」


 そこにいたのは、アーヴィンの前方に立ちはだかる赤い人族サイズと、アーヴィンの肩に乗っている二の腕サイズ緑の個体の、二匹のトカゲだった。


 確かに、これまで見て来たようなサイズの竜をここで暴れさせるのは難しいのは分かる。

 だからって、竜の代わりにトカゲに戦わせようっていうのか……?


「バカ言ってんじゃねえ。奴は竜使いだぞ、その竜使いが使役してんだから、竜に決まってんだろうが。」


 そんな考えが顔に出てたんだろうか。そう金の将に指摘されて、アーヴィンを守るように敵を威嚇する二匹を改めて見る。

 確かに頭部がトカゲのそれとはまったく異なって、凶暴さと美しさが同居しているように見える。そして何より、あの生き物の頂点に立っていると自覚している王者の風格は、トカゲなんかに出せるものじゃない。


 その、大きい方のトカゲが――


「ゴアアァ!!」


 雄たけびと共に火を吹いた。

 あまりの眩しさに一瞬視界が奪われたが、すぐに復活する。

 そして見たのは、断面が消し炭になって崩れ落ちるドワーフのものらしき下半身だった。


「おいおい、オーバーキルにもほどがあるだろ。よりにもよって、業火級かよ」


 呆れたように呟く金の将だが、戦いは待ってくれない。

 消し炭になった仲間を思ってか隙と見たか、今度はアーヴィンの背後にいた人族の中年の女がピッチフォークを構えながら突撃する。


 アーヴィンからは完全な死角。だが、肩口から敵の姿をはっきりとその眼に捉えた緑の小さなトカゲ竜が哭いた。


「キシャアアアアアアァ!!」


 ズドン


 そんな鈍い音が響いたかと思うと、包囲陣の一角が突如崩れた。

 よくよく見てみると、人族の中年の女が複数の仲間に激突していて、四肢があらぬ方向へ曲がっている。


「あっちも暴風級かよ。あいつらは気性の荒さで契約が難しいはずなんだがな、どうやって手なずけたんだか」


 半ば感心したように言う金の将。

 俺も全くの同意なんだが、事態は待ってはくれない。

 アーヴィンへの攻撃は自殺行為だと思ったのか、包囲している奴らの中から、一見武器も防具も持たない丸腰のゲルマニウスの方へと五人が襲い掛かった。


 だが、


「バカが、さっき失敗したから、アーヴィンを狙ったんだろうが。ハイドワーフの馬鹿力を舐め過ぎだ」


 ゴッ ゴッ  ゴゴッ ゴッ


 金の将が言うか言わないかの内に振るわれたハイドワーフの拳。

 都合五回の打撃は一発づつ敵の胴体を穿ち、明らかに致命傷とわかるほどに大きく陥没させながら包囲陣の方へと吹き飛ばした。

 そしてその勢いのままに残った敵目掛けて突撃するゲルマニウスと、呼応して二体の竜に攻撃させるアーヴィン。

 すでに包囲陣どころか戦意すらあるか怪しい敵の惨状を見ていると、金の将がクククと笑いながら声をかけてきた。


「いいのかよ?あれじゃ、今から行っても間に合うか分からんぜ?」


「……いや、もういい。俺が行っても邪魔になりそうだ」


 邪魔どころか本当にすぐに終わりそうな戦場を眺めているうちに、さっきの怒りがどこかへ失せてしまった。

 ……あの二人を敵に回した時点で、ご愁傷様と言うしかないな。






 油断しているつもりはなかった。呆れ半分だったのは認めるが、少なくともアーヴィンとゲルマニウスの蹂躙劇をしっかりと目に焼き付けていた。


「ちっ、やっぱり『使徒』が紛れ込んでいやがったか!」


 金の将がそう言って飛び出した時には、すでに崩壊していた包囲陣の内の三人が突然武器を捨てたかと思ったら、懐から黒い杭のようなものを取り出していた。


 あれはまさか――


 気づいた俺も衝動的に飛び出す。

 だが、出遅れた俺はもちろんのこと、先発した金の将も間に合わない。


「てめえら下がれ!!」


 金の将の鬼気迫る声に、前方にいたアーヴィンとゲルマニウスも思わず後退する。その直後だった。


 ドス  ドス  ドス


 エルフの男、ドワーフの女性、そして人族の老人が同時に心臓へと黒杭を突き刺し叫んだ。


 やっぱり、こいつらはシャクラと同じ――


 心臓に杭を突き立てたのだ、普通に考えれば間違いなく致命傷。

 だが、痛みと苦しみに絶叫するはずの三人の表情は、まるで人生最高の日を迎えたかのように喜びに満ちていた。


「「「ユグドラシルに永遠を!!」」」


 そう言った三人の全身に、一瞬にして黒い血管が浮き出る。


 まずい、一人ならともかく、三人同時にシャクラと同じように魔核爆発を起こされたらひとたまりもない。

 いや、それだけじゃない。この地下空間が崩壊すれば地上のゲルガンダールだってただでは済まない。それこそ、魔王軍侵攻と同等かそれ以上の被害が出る危険だってある。


 時間にする必要すらない僅かな逡巡。

 だが、俺の中に生じたそのわずかな間に、独り動いた奴がいた。


「しゃらくせえ!!」


 奴――金の将が少しもスピードを落とさないままに担いでいた黄金の棒を振り下ろす。


「召喚、『金煌極牢陣』!!」


 金の将の叫びと共に、魔核爆発寸前の証に心臓を黒く光らせた三人の頭上に黄金の鉄柵がそれぞれ出現、そのまま地上にとがった先端が突き刺さり三人を閉じ込めた。


「死ぬならてめえらだけで死んどけ!『執行』!!」


 その金の将の詠唱と共に三つの光の牢獄から無数の刃が出現、中にいた三人の全身を一瞬で串刺しにした。

 その直後、黒い光を放っていた三人の心臓が爆発――するかに思えたが、僅かに光の牢獄を揺らしただけで終わった。


「い、今のは……」


「ひゃーーー、見てるだけの方が心臓に悪いさね」


 俺の心を代弁するように呆然とするゲルマニウス。

 一方、アーヴィンも表情こそ驚いた素振りを見せていたが、俺からすると落ち着いているようにしか見えない。

 その証拠に、前に向けたアーヴィンの手のひらには、複雑な紋様の魔法陣が浮かんでいた。


 まさか、金の将の様に三つの魔核爆発を同時に抑え込む方法を持ってるとは思いたくはないが……

 アーヴィン。こいつの底はまだまだ見えないな。


 そんなことを考えていると、苛立ち交じりの金の将の言葉が飛んできた。


「おら、もう用は済んだから、とっとと帰れ」


「ちょ、ジライヤのダンナ、それはいくら何でもタケト達にあんまりじゃないさね?せめて礼の一つも言った方が……」


「黙れアーヴィン」


 金の将にしては、これまでで一番小さな声。

 しかしそこに込められた感情は、これまでのどの悪態よりも暗く冷たいものだった。


「……その名前で呼んでいいと、俺様は許可した覚えはねえぜ。それに、礼を言うってんなら俺様じゃなくてそっちの方だろうが。ゲルガンダールのもう一つの危機を教えてやった上に、手伝わせてやったんだ。特に、肝心な時に間抜け面を晒してやがったそこの馬鹿にかける言葉なんてあるはずねえだろ」


 わかったらさっさと行け。


 そう言って、アーヴィンにジライヤと呼ばれた金の将は自分の方から去っていった。

 俺達に出て行けと言った手前、おそらくはこの地下空間の調査をするつもりなんだろう。


 それを踏まえた上でどうしようかと迷っていると、ゲルマニウスが肩を叩いてきた。


「タケトさん、ここはひとまず帰りましょう」


「いいのか、ゲルマニウス?ここを一番調べたいのは、お前のはずだろ?」


「その通りです。ですが、誰にも知らせずにここまで来ている以上、朝までに戻らないと大騒ぎになるでしょうし、何より、今の私は彼に大きな借りがある身です。ここで不義理を働くわけにはいきません。ここの調査は、しかるべき態勢を取った後に行えば済む話です」


「あーー、ゲルマニウスのダンナ、それはちょっと諦めた方がいいさね」


 そう言って横やりを入れてきた第三の人物は、もちろんアーヴィンだ。


「今、この地下空間はジライヤのダンナの結界魔法で隠し通路ごと覆われている。許可がある俺達以外の生き物はこっから出られない仕組みなんだが、おそらくダンナのことだ、一通りの調査が終われば地下空間ごと証拠を消し去るつもりさね」


「そ、そんな!?」


「おいおいアーヴィン、いくらなんでもそれは乱暴すぎるだろ」


「言ったさね、《ユグドラシル》はほとんど知る者のいない闇の組織だって。支配階級の王侯貴族ですら、存在を知ってる奴はほぼ皆無。それはつまり、存在を知ったや奴はほぼ全員が消されてるって話にもなるさね。ジライヤのダンナは、何一つ証拠を残さないことで間接的にゲルガンダールを守ろうとしている。その意味を考えるなら、今日のことは忘れるさね」


 そんな俺の反論を予測していたかのように、アーヴィンが舌鋒鋭く切り返してきた。


「……ここはアーヴィンさんの言う通りにするしかなさそうですね」


「ゲルマニウス……」


「ですが、私にもドワーフ族を統べるものとしての意地があります。即位の諸々が済んだ後で、独自に調べさせてもらいます。これほどの危険な組織、ドワーフ王として見逃すわけにはいきません」


「好きにするさね。俺としては、ジライヤのダンナの言う通りにした後のことまで干渉する気はないさね」


 そう言って首をすくめたアーヴィンが「一番近い出口はこっちさね」と言って歩き出し、俺とゲルマニウスがそれに続く。


 アーヴィンの奴は言葉にこそしなかったが、ゲルマニウスへの言葉はそのままそっくり俺にも当てはまる。

 いや、あの時とっさに躊躇しちまった時点で、俺が《ユグドラシル》に首を突っ込む資格はゲルマニウス以下だと言ってもいい。

 そのことが分かっているから、アーヴィンはあえて俺に言うことをしなかったんだろう。


 ……ちっ、今度は武器を交えることもなく負けちまった。


 爺ちゃん以外で、同じ相手に二度敗北した苦い事実を胸に深く深く刻みながら、俺は地下空間を出た。

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