第122話 ゲルガンダールの闇を知った 前編
状況を確認する。
まずは俺の装備だ。
服装はいつもの紺の着物に山袴。袴を穿いてきて正解だった。少なくとも着物の裾に足を取られることはない。
次に武器だ。
主武装は、腰につけた革のポーチに入った赤竜棍。まあ、外出の時の当然の備えだ。
他には、襟元に仕込んだ四本の竹串手裏剣。それだけだ。
いざという時の切り札が一つきりというのは少し心許ないが、敵の裏をかくことなんて一度あれば十分だ。
そして、現状だ。
時刻は夜。それも煌々と月明かりが差す好天だ。
これが曇りだったら明らかに不利になるところだった。
相手は魔族だ、視界が利かない状況でも、聴覚なり嗅覚なりを駆使してくる可能性は十分にある。
死角に入られた時こそ、警戒するべきか。
最後に、敵だ。
敵は魔族軍最強の金の将一人――と言いたいところだが、奴を連れてきたアーヴィンが曲者だ。
一見、人当たりの良さそうな優男という雰囲気の男だが、その反面心の内を滅多に見せないタイプだってことは、短い付き合いの中でわかっている。
それでも、グノワルドの騎士としてこの場に居るんならまだ信用も置けるんだが、先日奴はプライベートでゲルガンダールにいると明言している。
そして、魔族と連れ立って現れたという事実。
敵と認識するには十分だ。
「おいアーヴィン、ことと次第によっちゃ……」
「待った!まずは俺の話を聞くさね!」
「バカ言うな、どう見てもそんな状況じゃないだろうが」
俺かゲルマニウスか、どっちが狙いか知らないが、とりあえず一当てした隙に何とかこの場を離脱するしかないと、赤竜棍を収めたポーチへへが触れかけたその時だった。
「待て待て待て、そいつはただの顔つなぎだ。俺様一人じゃどうやったって穏便に行かねえからな、とりあえず俺様の話を聞け。それでも納得いかねえなら相手してやるからよ」
金の将のその言葉に、俺もいったん戦意を収める。
アーヴィンに続いて突如現れたその時から、初めて会った時に全身で感じた猛獣のような殺気が鳴りを潜めているのは気になっていた。
だが、まさか金の将の方が俺に話があるとは、完全に予想外の出来事だ。
「勘違いすんな。てめえはついでだ。たまたま一緒にいるところに出くわしたからな、お情けで結界の中に入れてやってるだけの話だ」
中々に無礼な物言いで俺の感情を逆なでしてくる金の将。
だが、その乱暴な言葉に陰に隠れた真意に気づかないほど、バカじゃないつもりだ。
「まずは、即位おめでとうさん、と言っておこうか、新ドワーフ王ゲルマニウスさんよ」
「……全ての魔族を統べる方の最側近に一番に祝辞を述べられるとは、光栄の至りですね」
「いらねえいらねえ、そんな世辞。まあ、久々に大樹界が大きく変わろうっていう節目を目撃してんだ、魔族軍の端くれとしては、ここでアンタを始末なりするのがスジなんだろうがな」
物騒なことを言いつつも、金の将からは相変わらず微塵の殺気も感じられない。
なら、あの時問答無用で俺にかかってきたのは何だったのかと問い詰めたくもなるが、どうやらそんな悠長なことを言ってる場合じゃないらしい。
それは、金の将の次の言葉でわかった。
「だがあいにく、今の俺の任務はそんなことじゃねえ。なあゲルマニウスさんよ、ゲルガンダール侵攻の張本人である陰気ネクロ野郎シャクラの
「っ――!?」
言葉もなく息を飲むしかない。
魔王軍の死霊術師、シャクラは語っていた。
シャクラの目的は、大樹界会議のメンバーの暗殺と、自らが作り出したマギ・イモータルウォーリアの性能テストだと。
あれだけの被害を双方に引き起こしたゲルガンダール侵攻は、まるで事のついでの様に。
だが、奴のいまわの際の言動には、腑に落ちない点があった。
「そこの向こう見ずバカが、シャクラの魔核爆発を阻止したことはもう知ってんだろうが、その原因となったコレに関しては、全く調査が進んでねえんだろ?」
そう言いながら金の将が懐から取り出したのは、紛れもなくあの時シャクラが自らの胸に突き刺した黒い木杭だった。
「そ、それはしかるべき場所に厳重に保管していたはず……!?返しなさい!」
木杭を取り返そうと思わず駆け出そうとしたゲルマニウスの動きを、金の将は絶妙なタイミングで黄金の棒を突き付けることによって封じた。
「おっと、やめときな。こいつはアンタの手に無い方がいいぜ。アンタ一人ならどうとでもなるだろうがな、ゲルガンダールの民全ての命を犠牲にするわけにはいかねえだろ?」
「なっ……!?」
「その代わりと言っちゃあなんだが、アンタに一つ、このゲルガンダールの闇を教えてやろうと思ってな」
「ゲルガンダールの、闇……?」
何を言ってるんだこいつ?
ゲルマニウスは、長年元老としてゲルガンダールを収めてきたハイドワーフだぞ?
そのゲルマニウスが知らないことなんてあるはずが――
「そこは、ドワーフ族が支配してるわけじゃねえ。いや、この言い方は正確じゃねえな。ドワーフも関わっちゃいるが、そもそも特定の種族の支配にあるわけじゃねえ。ドワーフ族とは全く関係のないところで闇の中で密かに、おぞましく活動してる外道共の巣窟だ」
そう言い切った金の将の煌く瞳。
そこには確かな怒りが渦巻いていた。
「手を貸せ、ドワーフ王。今夜の俺の任務はそこへのカチコミだ」
「とまあ、表裏あわせて全部で四つある出入り口をこの四人で封鎖して、中の奴らを一網打尽にするって寸法さね」
金の将による強力無比な認識阻害の結界の中、道すがらアーヴィンが語ってくれた作戦がこんな感じだ。
「……おい、ついでとか言いながら、俺のこともきっちり頭数に入ってるんじゃねえか」
「あははは、まあ多分、奴なりのジョークさね。実際にはタケトを抜いた三人じゃ、一人や二人、取り逃がす危険も無いじゃない」
そんな風に話しながら歩く俺とアーヴィンとは対照的に、前を歩く二人は口を閉ざしたままだ。
金の将の方は、これから始まる任務とやらが気に入らないというのは、全身から出ている不機嫌のオーラからなんとなくわかる。
ゲルマニウスの方は、正直よくわからない。
というより、察知すらできていない闇の組織があるなんて聞かされて、心の中を整理できていないんだろう。
「ここだ」
そう言った金の将が立ち止まったのは、人家も少なくなった街の外れ、ではなく、すり鉢状のゲルガンダールの中腹辺り、建物も多く昼間は人通りもそれなりにありそうな坑道の前だった。
「こんなところに……?」
「そんなバカな。ここは少し離れた別の坑道につながっているので、生活道路として今も人流が絶えていません。そんな坑道にどうやって……」
「だからこそ闇が紛れやすいってことだろ、奴らにとってはな。行くぜ」
吐き捨てるように言って先へ進んだ金の将の後に続いて、戒厳令によって夜間の消灯が義務付けられた闇が支配する行動へと、俺達も足を踏み入れた。
「っと、一つ目はここだったな」
前を進む金の将の魔力を頼りに、それでもおっかなびっくり歩を進めながらようやく坑道の闇に目が慣れてきた頃、崩落が起きたと思われる行き止まりの土砂の手前で、奴は突然立ち止まった。
誰何する間もないままに奴が持つ黄金の棒が翻り、土砂の一点を無造作についたと思った瞬間、地響きと共に見る見るうちに土砂が崩れ落ち、その下から人一人分くらいの穴が姿を現した。
「こ、これは……!?」
「仕掛け自体は単純だが、魔法陣が使われているのは起点となるたった一個の小石だ。その小石が起動すると、後は連鎖的に他の土砂も動くようになっているらしいぜ。魔法に疎いアンタらドワーフ族が気付かねえのも無理はねえ」
大して興味もなさそうに、それでもショックを受けているゲルマニウスに説明するように言った金の将。
そこに同情の念があったのか確認する間もなく、奴はアーヴィンへと視線を向けた。
「ここは任せたぜ」
「わかってるさね。それよりこれで、借り一の返済さね。残りは――」
「わあってんよ、残りの貸もな」
うざったそうに手を振る金の将に、首をすくめながら穴へと入っていくアーヴィン。
それを横目に見届けながらもと来た道へと引き返す金の将に俺とゲルマニウスがついていくと、背中越しに声をかけてきた。
「今のと同じ、ゲルガンダールが把握してねえ、とある施設に通じている隠し通路があと三つある。それを俺達四人で押さえ、警備を蹴散らしながら突入する。それぞれの出入り口さえ塞いでくれりゃあ、あとはどうでもいい。その場で待つか、施設まで進もうが。敵を殺そうが、殺さまいが、好きにしろ」
どこか投げやりなその言葉を聞いている内に、金の将が再び立ち止まって再び金の棒を振るった。
その先にあった小石が魔法陣を浮かび上がらせながら光り、隠し通路がその姿を現す。
「次はアンタの番だ、ゲルマニウス」
そう言って促す金の将だったが、当のゲルマニウスはその場を動こうとしなかった。
「ま、待ってください!まだ肝心な話を聞いていません!この通路の先には一体何があるというのですか!?」」
「あ?聞いてどうすんだよ?」
「それはもちろんゲルガンダールを治める者として……」
「やめとけやめとけ。命がいくつあっても足りやしねえぞ」
空いている手を振ってさっさと行けと促す金の将。
その声は、さっきよりはいくらか真剣みが増しているように思える。
「アンタを巻き込もうと思ったのはな、手っ取り早く誘える口の堅い戦力がそこのバカとアンタしかいなかったからだ。さっきは手伝わせてるアーヴィンの手前ああ言ったがな、俺様としてはその入り口で待つことを是非ともお勧めしてえんだよ」
「私はドワーフ族の王です!」
「それがどうした」
あくまでもこれまでと変わらない軽口。
だが、ゲルマニウスの背負っているものを鼻で笑うようなその物言いは、逆に金の将の苛立ちを示しているようだ。
「さっき言ったことを繰り返すのは俺さまの主義じゃねえがな、事と次第によっちゃあ、このゲルガンダールごと滅びる可能性だってあるんだぜ?この先にはそれだけの力を秘めた奴らの息がかかってんだ。生半可な覚悟で踏み入っていい領域じゃねえんだぜ?」
言葉自体は脅しそのものだが、金の将の口調はあくまでも軽い。
判断材料はくれてやった。後は自分で決めろと言わんばかりだ。
だが、ゲルマニウスの返事は、
「私も先ほど言った通りです。私はドワーフ族の王です。この先にあるものを見極める義務があります。教えてください、あなたほどの方がそこまで警戒する者達とは、いったい何者なのですか?」
「ちっ、これだからドワーフは」
苛立ちまじりの、しかしどこかこうなることを予感していたかのような舌打ちをした後、金の将は俺の方を見た。
「いいか、てめえはゲルマニウスのついでだ。二度も説明する気はねえからな。と言っても、奴らの存在すらこの間まで知らなかったお前らに、現時点で言えるのはただ一つ、組織の名前だけだ」
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「この俺様の力をもってしても、拠点どころか構成員の尻尾すら掴ませねえ。わずかに得た手がかりの糸を辿って、ようやくこの拠点に辿り着いたんだ」
そこまで言って、俺とゲルマニウスを睨む金の将。
ただしその眼差しはこれまでの獰猛な獣のそれではなく、冷徹な戦士の殺気に満ちたものだ。
「いいか、殺す殺さねえはお前らの自由だが、一人も逃がすな。逃がしたら、お前らの命もここで終わると思え」
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