第120話 一難去った 前編


 巨大アンデッドビーストエレガムの討伐から、一週間が経った。


 いや、我ながらずいぶんと話を端折り過ぎなんじゃないかという自覚はあるんだが、これにはちゃんとした理由がある。

 なにしろ、エレガムを倒した後のことを俺自身が何も知らないからだ。


「すぐに戻るぞ。付いてこい」


「急がないとアンゲス殿達が戻ってきてしまいます。ここは私が残りますので、さあ早く」


 あの後、エレガムを倒してゲルガンダールの危機が去った余韻を味わう暇もなく、グラファスとゲルマニウスにそう急かされたドンケスを含めた俺達は、グラファスの案内で魔王軍の陣地跡から程近いゲルガンダールへの隠し坑道へと入り(具体的な入り方はグラファスに目隠しを要求されたので分からなかった)記憶しようとするのが馬鹿らしくなるほどの複雑な行程を経た後、一度も地上に出ることなくグラファスの工房へと帰り着いた。


「これから数日の間、ゲルガンダールは厳戒態勢に入るだろう。いいか、ワシが良いと言うまで決して工房の外に出るな」


 工房に帰り着くなり有無を言わさない口調のグラファスにそう言われ、特に反対する理由もなかったので、今日に至るまでちょっとした引きこもり生活を送ることになったわけだ。


 とは言ってもこの一週間、別に食っちゃ寝食っちゃ寝の怠惰な生活を送っていたわけじゃあない。

 むしろ実際はその逆、魔王軍の襲来で中断していたこの度本来の目的を遂げるための時間だった。


 まあ、俺は何もしてないんだけどな。


「違うわ!その配合では柔らかさが不足して、二百年後には根元から破断するぞ!それでもマスタースミスの称号を持つ男か!」


「うるさいぞゲルガスト!貴様の言う通りにやっていたら、鍛造の段階で溶解してしまうわ!貴様こそ、久しく武具を作っていなかったせいで勘が鈍ったのであろうが!」


「何を言うか!ワシがここを去るときにどうしてもと泣いて頼むからミスリルを分けてやった恩を忘れたか!この恩知らずめ!」


「バカなことを言うな!夜逃げ同然でこの地を離れたくせに、どこにあれほどの量のミスリルを持っていける余裕があったというのだ!それに代金はあの時に相場の倍の額を払ったのだ、今更貴様にとやかく言われる筋合いではないわ!」


「なんだと!」


「なにを!」


 どうやら、ドンケスが別行動をとっていた理由は、俺の工具を作るための材料をゲルガンダール近郊に採取に行っていたかららしく、ちょうどすべての材料を集め終えてゲルガンダールに帰ろうとしていたところを、俺達が戦っていたエレガムの巨体を見て加勢してくれた、ということらしい。


 ……まさに綱渡りの勝利だな。どこかで一つでもタイミングがずれていたらと思うと、ぞっとする。


 そんなこんなで、ゲルガンダールの厳戒態勢を口実にドンケスとグラファスは共同で工具の製作に二人して着手したわけなんだが……

 その化学反応の結果は見ての通り。名人は名人を知るってことわざがあるが、少なくともこの二人のハイドワーフに限って言えば嘘だな。お互いの我が強すぎて一日に十回くらいは口論しないと気が済まないらしい。

 これでちゃんと作業が進むのかと心配になったが、そこは超一流の鍛冶師二人、口だけでなくちゃんと手も動かしているようだ。






 名人二人が絶妙な?コンビネーションで工具作りを進めているところに、果たして俺の出る幕はあるんだろうか?いや、あるはずがない。

 そんな俺ができることといえば、やはり竹細工づくり以外にはなかった。

 な、特に言うことでもないだろ?

 とりあえず、工房内の木工用の一室を借りて、帰り道で必要な竹串手裏剣など補充のために小刀をとったが、それも一日もあれば十分な数が揃えられた。

 残りの時間をどうしたものかと考えた結果、ゲルガンダールでお世話になった人たちにと、暇つぶしを兼ねて竹笊や編み笠(もちろんスキル無し)を作っていた。


 いや、よくよく思い返してみれば、いつもとはちょっと違う竹細工づくりだったとは思う。


「ご主人様!ひーまーなーのーだー!」


 まるで駄々っ子、いや駄々っ子そのもののラキア。

 おもいっきりアウトドア派のラキアにとって、この引きこもり生活が苦痛以外の何物でもないのはよくわかる。

 いつもなら、こういう時はタケノコのハチミツ漬けをなんか渡して大人しくさせるんだが、さすがに一日中食べ物を与え続けるわけにもいかない。

 とりあえず、何かやらせていれば大人しくなるかと思ってラキアが使う矢を自作させてみようと隣に座らせたら、意外なほど集中して作業をやり始めて、問題は解決した。


 ……なんか、思考がラキアの保護者みたいになってるな。

 主=保護者ではないはずなんだが……まあいいか。


 奇妙なことは他にもあった。


「おいタケト、そろそろ食事の時間らしいぞ……って、何をしている?」


「何って、見ればわかるだろ。竹細工だよ」


「違う。そこの従者は何をやっているのかと聞いているんだ」


「いや、それも見たらわかるだろ。俺と同じで竹細工だよ」


「ご主人様、これでいいのか?」


「見せてみろ。……よくできてると思うぞ。後は鍛冶場で矢じりをもらって来い。グラファスに話はついてる」


「わかったのだ!」


 元気よく駆けていくラキアを見たリリーシャが、なぜか深刻そうな表情で少し間考え込んだ後、やけに真剣な目で俺を見てきた。


「タケト、私にも何か作らせろ」


「は?いやでも、ラキアと違ってリリーシャが必要なものなんてないだろ」


「お前が使っていた飛び道具があるだろう?アレの作り方を私にも教えろ」


「ひょっとして竹串手裏剣のことか?言っとくが、あれは金属のナイフとは扱いが全然違うぞ?それと、俺が作ったやつは一本も渡せないからな?」


「かまわん、作り方を教えてくれさえすれば。使い方は、クロハ一族頭領として必ずマスターしてみせる」


 もともとが暇つぶしだったのだ、ここで隣で教える人数が一人増えるくらいなんでもないかと思い、ラキアの反対隣りに座ったリリーシャが竹細工作りに参加した。


 最初は悪戦苦闘していたリリーシャが刃物扱いに慣れて静かな時間が戻ってきた、そう思った頃だった。


「あ、いたいた、タケト……むぅ」


 ふと声がした方へと顔を上げると、重そうなハードカバーの本を抱えたリーネが不満顔で立っていた。


 ……一瞬だけ、見たこともないような眩しい笑顔だったと思ったのは気のせいだろうか?


「なによ、従者とダークエルフを侍らせてデレデレしちゃって。ちょっと姉様を助けたくらいでいい気にならないでよね!」


「いや、別にいい気になった覚えはないんだが。それに、こいつらは単に竹細工を教えてやっているだけだぞ?そうだ、リーネ、お前も何か作るか?例えば竹の髪飾りとか」


「バ、バッカじゃないの!?私がそんな下々の仕事なんてするわけないじゃないの!そ、それに、アクセサリーっていうものは自分で作るんじゃなくって、男性の方から送るものでしょ!」


「あ、ああ、確かにその通りだ」


 ヤバいな。なにが気に障ったのかわからんが、リーネの怒りようがいつもの五割増しだ。

 それに何より、俺の両隣りがリーネに向ける敵意も尋常じゃない。


「いい!アクセサリーは男の方から送るものなんだからね!」


「あ、ああ、よくわかったよ」


「わかればいいのよ、ふん」


 そう言って立ち去るリーネ。

 かと思われたが、なぜか部屋の片隅に座り込んだかと思うと手にしていた本を読み始めた。


 うーん、これはコルリ村に帰る前にリーネに髪飾りの一つでも送った方がいいんだろうか?


「ご主人様!従者というもの、主の晴れの舞台に付き添うために、装飾品の一つでも持っている必要があると思わないか!」


「そ、そういえば、戦闘中に髪が鬱陶しいと思うことが最近あるな。あー、どこかに安価な髪留めの一つでもあればいいんだがな。特に、白黒の大魔獣様の意匠を施した髪飾りなどな!」


 本当になぜかわからないが、ラキアとリリーシャまでリーネと同じようなことを言い始めた。


 あとリリーシャ、その下手くそ極まりない比喩で黒曜のことを誤魔化せていると思うなよ。

 白か黒かで言えば、お前は立派なクロだ。


 まあ、そんなこんながありつつも久々に竹細工に没頭できる日々を過ごした思いがけない一週間だったが、終わりもまた突然だった。


「みなさん、お待たせしました」


 ゲルガンダール四元老、ゲルマニウスの来訪である。

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