第119話 巨大アンデッドビーストを迎え撃った
「大きいなご主人様!!」
「確かに大きいな。遠近感が狂いそうなくらいに」
俺達が今いるゲルガンダールの尖塔は、自然の力が支配する大樹界の樹木の約二倍ほどの高さが取られている。
分かりやすく言うと、元の世界の六階建てのビルに相当するだろうか。この世界の建築技術を考えるとなかなかの代物だ。
問題は、象のアンデッドビーストの背中が尖塔の最上階にいる俺の眼でも見えない点だ。その一点だけ見ても、その脅威は推して知るべきだろう。
能天気にはしゃぐラキアに逆に妙に冷静なリリーシャだが、確かに俺もいまいち危機感が湧いてこない。
そんな俺に気づいたのか、リリーシャが声をかけてきた。
「どうしたタケト、珍しく迷いのある顔をしているな」
「いや、あれだけでかいと敵とか言われてもなんか現実感が無くてな。そう言うリリーシャこそ、やけに落ち着いてるじゃないか」
「ああ、これはあれだ。死を前にした諦めの境地というやつだ。暗殺を生業としていた者として、見苦しい最期を迎えるわけにもいかんからな」
「さ、最期!?」
いきなり諦め宣言がでてきて驚く俺に、リリーシャは誤解するな、と前置きしてから続けた。
「あくまで私の力ではどうにもならない、という意味だ。かといって、建物に立てこもるなり避難するなりしても、どちらにしても死ぬ可能性は極めて高い。ならば、クロハ一族の矜持を胸に運命を受け入れる方がよほどましだろう」
「ちょっと待った。確かにあんな化け物が襲ってきたら下手な抵抗は無意味かもしれんが、そもそもこっちに来ない可能性だってあるだろう?なら、それを見極めてからでも遅くはないはずだ」
「ん?言ってなかったか、タケト。どれだけの大きさだろうが、例え種族が違おうが、奴はアンデッドだ。亡者である以上、生命の輝きに惹かれる性質を持っている。そして、生者への羨望と憎悪もな」
「あ」
そうだった。
セーン一族の集落でアンデッドビーストと戦った時は、ほぼ被害が出ない形で倒すことができたからうっかりしていたが、元の世界でもアンデッドってやつはそういう存在だった。
はっきり聞かなくてもわかりそうなものだったからこそ、逆に認識が欠けていた。
「あのアンデッドビーストの召喚主であるシャクラが、どこまでこの状況を見越していたかは分からないがな。少なくとも、このまま行けば私たちどころかゲルガンダールの街が原形を留めないほどに破壊しつくされることは、ほぼ間違いない。住民ごとな」
「なら、ゲルガンダールを脱出すれば……いや無理か」
アンデッドビーストにとって、場所はそれほど重要じゃない。奴の狙いはあくまで生き物だ。
ゲルガンダールから逃げ出したとしても、まず間違いなく追ってくる。その巨体を生かした桁違いの速度で。
「となると、残る方法は撃退するしかないが……」
「ご主人様が倒せばいいのではないか?」
「いやラキア、簡単に言うけどな……」
確かにそれも考えないじゃないが、果たして俺の攻撃がどこまで通じるか分からない状況で安請け合いはできない。
それでも、例の竹の短刀なら上手くすれば……
と思ったその時、無意識に腰に手を回して、そこに差しているのが鞘だけになっていることに今更ながらに気づいた。
「しまった、議場に置き忘れたか」
その呟きを聞かれていたらしく、若干言いにくそうにしながらリリーシャが声をかけてきた。
「タケトよ、あの短刀ならシャクラと共に消滅したぞ」
「マ、マジか?」
「うむ。あの時はすさまじい閃光が辺りを埋め尽くしたが、私が思わず目を閉じる一瞬前に、柄ごと粉々に砕け散る様子をこの目で見た。間違いない」
「そうか……」
無意識の行動とはいえ、議場をを去るときに短刀を探そうとしなかったことに気づいてからそんな気はしていたが、やっぱり短刀はもたなかったか。
「タケト、念のために聞くが、あの短刀の代わりは無いのか?」
「無い。あれだけの危険な武器を試しもしないで複数本作るつもりはなかったし、そもそもシャクラ相手に使ったのだって、やむにやまれない状況だと思ってのことだ」
「ならば、今から同じものを作ることは……いやいい、その顔を見れば無理なことは分かる」
リリーシャが途中であきらめたように、あの短刀の製作は竹槍をポンと生やすようにはいかない。
高密度の魔力を注ぎながら時間をかけて特別な竹を生やし、細心の注意を払って少しづつ短刀の形へと仕上げていく作業は、一朝一夕ではできない。
「いつものように、ご主人様の竹槍ではダメなのか?」
「……今回は相手が巨大なアンデッドだ。竹槍でチマチマ削っていけばそのうち倒せるかもしれんが、それじゃあこの一帯が瘴気に侵されて、生き物の住めない土地になってしまう。やるなら一撃、それも強い浄化の力を持った攻撃が一番なんだが、竹槍はもちろん、赤龍棍だってそんな出力の魔力には耐えられない」
そのためのゲルガンダール行だったんだが、まさか望みが叶う寸前にこんなピンチに直面するとは思ってもみなかった。
俺が黙ったことでラキアもリリーシャも沈黙し、万事休すかと思われた、その時だった。
それまで沈黙を守っていたゲルマニウスが立ち上がったのは。
「タケトさんのお話は分かりました。どうやら私の出番のようですね」
「ゲルマニウス……?」
「もともとこの戦いはゲルガンダールに住まう私達のものです。今こそゲルガンダールの底力、というより、伝説のゲルガスト王の力を見せる時が来たようですね」
ガコン
そう言ったゲルマニウスが背中に背負っていたそれ、眩いばかりに輝く白銀の大楯を地面に下ろした。
議場から出る時にゲルマニウスが持ち出した、もっと言えば俺達が議場に飛び込んで視界に入った時から気になってはいた。
やっぱり、あれはドンケスが鍛え上げた――
「あのアンデッドビースト――古の文献でエレガムと呼ばれた巨大魔獣を、あの世に送り返す方法は分かりました。急ぎましょう、彼が押し留めている内に」
なんのことかと思って再び外を見ると、
「おおお、すごいなご主人様!あれはドンケモゴゴゴゴ」
うっかり禁句を言いそうになるラキアと、その口を寸前でふさいだリリーシャも見ている視線の先にあったもの。
ゲルガンダールの途次でドンケスがオーガキングに放った必殺の一撃と同じ色。
ただし、あの時の大戦斧ではなく巨大な光のハンマーが、象のアンデッドビーストの胴体へと横殴りに襲い掛かった。
「アンゲス殿、トゥーデンス殿、トラゼス殿!!」
「こちらはすぐに退却する!グラファスの邪魔になってはいかんからな!」
「住民は、一番生き残る可能性のある坑道に避難させる!」
「こちらのことは心配するな!ゲルマニウス、心置きなく戦え!」
途中すれ違った、ドワーフの戦士団の殿についていた三人のハイドワーフに声をかけられた俺達が、アンデッドビーストエレガムの足元、さっきまで魔王軍一万五千がいた陣地にに辿り着いた時、ゲルガンダールが誇るマスタースミスにして伝説級の戦士であるグラファスは、すでにミスリルの大戦槌を手に獅子奮迅の戦いの真っ最中だった。
「遅いぞゲルマニウス!さっさと手伝え!」
「はっ、はい!」
俺達がついて早々、そう怒鳴りつけたグラファス。心なしか、その表情には余裕がなさそうに見える。
やはり、これだけのデカブツを相手となると、さすがのハイドワーフも長期戦は厳しいらしい。
「まずは奴の動きを封じる。合わせろゲルマニウス!」
「わかりました、いきます!」
グラファスに答えたゲルマニウスがミスリルの大楯を両手で保持しながら空へとかざすと、邪悪なるものを寄せ付けない純白の光を放ち始めた。
パアアアア カッ
「顕現!!」
ゲルマニウスの叫びと共に白の光が一気に拡大、次に視界が晴れた時にはグラファスの大戦槌に匹敵する大きさの光の大楯が、上から覆いかぶさるようにエレガムの動きを封じていた。
「行くぞ!」
そこへさらにグラファスの光の戦槌が振り下ろされ、エレガムはついに膝をつき、その歩みを完全に停止した。
「ふう、これで話をする程度の時間稼ぎはできたな。それで、奴を倒す算段くらいは付けてきたのだろうな?」
「はい、あの巨体にどこまで通用するか分かりませんが……」
そう言ったゲルマニウスが、尖塔で出された討伐案をグラファスに簡潔に告げ始めた。
その間、エレガムを封じる二人の構えは解かれていない。
……体の緊張具合から見てそう長くは持たなそうだが、勢いでついてきたものの、俺がこの場に居る意味ってあるのか?
「なあタケトよ、どう見ても手助けの余地のないこの状況、邪魔にならぬよう私達も避難するべきではないか?」
リリーシャのもっともな意見に頷きかけた俺だが、それよりも早く反応したのはグラファスだった。
「何を言うか、貴様ら娘二人にはやってもらうことが山ほどあるわ!ほれ、そろそろ新手がやってきたぞ」
忌々しそうに話すグラファスだったが、それはリリーシャとラキアに向けたものではなかったらしい。
そうわかるのにそう時間はかからなかった。
オオオ ウウ ウオオオオオ
「アンデッドだと!?しかもこいつらは……」
「ご主人様、囲まれてるぞ!」
四方八方から現れたのは、エレガム召喚の犠牲になった哀れなオーク達だ。
しかもあの巨体に吹き飛ばされたか潰されたか、一部は言葉にするのもはばかられる姿になっている。
原因が死霊魔法とはいえ、バイオハザードとはまさにこのことと言い切れる光景だった。
「とにかく、奴らをここに近づけるな。幸い、奴らはエレガムの瘴気に当てられた急造品だ。動きはノロく、魔核の破壊は容易い。頼んだぞ!」
「ちっ……ラキア、矢は無駄打ちするなよ。最低でも、一矢で五体は片付けろ」
「わかった!努力する!」
それぞれの武器を構えて、オークのアンデッドと戦い始めたリリーシャとラキア。
俺だけ遊んでるわけにもいかないなと赤竜棍を取り出そうとしたその時、グラファスの声が止めた。
「待てタケト、どこへ行く」
「そりゃ、ラキアとリリーシャに加勢に行くに決まって……」
「馬鹿もん、誰もお前に行けとは言っておらん。ちょっとこっちに来い」
「グラファス殿、何を?」
そう言えば確かに俺には声かけてなかったなと思いながら、良く分からないままにグラファスの元へ駆け寄る。
「どうしたんだ?背中は守ってやるから、さっさとあのデカブツを倒してくれよ」
「馬鹿もん!お前の眼は節穴か!今のワシとゲルマニウスにそんな余裕があると本気で思っておるのか!?二人がかりでエレガムの動きを抑えるのがやっとなのだぞ!」
「マジか」
てっきりまだ本気を隠して戦ってるのかと思っていた。
「じゃあ、エレガムの魔核を破壊する役目は誰がやるんだよ?言っとくが、俺もラキアもリリーシャも、エレガムの魔核を破壊できるような大層な武器は持ってないぞ」
「ふん、安心せい。もしもワシとゲルマニウスでも手に余るようならと、ちゃんと秘策を用意しとる。ワシの腰を見てみろ」
そう言われて戦槌を両手で持ったままのグラファスの腰のあたりを見た瞬間、俺の中で嫌な予感がした。それも特大級の。
「武具の街として知られるゲルガンダールの最終兵器が戦槌と大楯の二つだけでは心許ないと考えてな、長い年月をかけてコツコツと素材を集めて作ったのが、そのナイフだ。見た目は小さいが安心しろ、しかるべき実力者が振るえば、ワシらと同等の力を発揮することができる。さあタケト、そのナイフを抜いてエレガムの魔核を――」
「あーー、説明してるところを悪いんだがな」
誰が悪いのかなどと、今更低次元な問題は口にはすまい。
俺が自分の口で話さなかったのも悪いし、グラファスにも顧客の事情をすべからく知る義務があったとも思うし、ドンケスの説明が中途半端だったことも容易に想像がつく。
つまり――
「俺、呪いで金属の武器、一切使えねえんだわ、すまん」
「……いかん、忘れていた」
「……な、なんだですと~~~~~~~~~!?」
できるかぎり動揺させないようにと、冷や汗ダラダラなところを平静を装って告白してみたものの、やはり失敗に終わった。
というか俺のカミングアウトは想像以上にグラファスとゲルマニウスの心をえぐったらしく、エレガムの動きを封じていた光の戦槌と大楯が消滅してしまった。
あ、これ詰んだな……
「いかん!エレガムが!」
「くっ……!!」
別に俺が悪いとは思わないがかといって全く罪悪感を感じないのもどうかと思うし、動揺したグラファスとゲルマニウスの気が緩んでしまったのも無理もないと思うし、解放されておかんむりのエレガムが元凶たる二人のハイドワーフに丸太の数倍の太さはあるだろう右前足を振り下ろしてくるのも当然と言えるし、しかし直接関係ない俺まで巻き添えになるのはさすがにどうかと思うわけで。
つまり何が言いたいかと言うと、そんな死の寸前に体感時間が一気に引き延ばされる体験は文字通り一瞬で終わった。
カッ ズッバアアアアアアアアアン!!
エレガムの体を魔核ごと一撃で両断し消滅させた第三の光の武器によって。
「なんじゃ貴様ら、いつの間に仲良くなった?」
大樹界の森の方から俺達の前に現れた影――光の大戦斧を操りエレガムを倒し、俺達の窮地を救った深編笠を被ったドワーフらしき男によって。
そして、その声を聞いたその時だった。
ビュウウウウウウウウウッ
光の大戦斧の一撃の影響だろう、不意に強いつむじ風が辺りを襲ったかと思ったら、結び方が甘かったんだろう、男の頭を覆っていた深編笠がふわりと風に乗って飛んでしまった。
「あ」
「む」
俺とグラファスのリアクションはこんなものだった、と思う。
思うと言ったのは、二つの小さな声を完全に掻き消すほどのゲルマニウスの大声が、魔王軍の陣地跡に響き渡ったからだ。
「あああああああああにうええええええええええええ!?」
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