第118話 魔王軍マジやべえと思った


「本当に動きが無いな」


「ええ、敵の真っただ中なのです。攻めるにしろ退くにしろ、もう少し動きがあってもいいのですが」


「ところでゲルマニウス、その口調は何とかならないか?俺だけタメ口ってのも居心地が悪いんだが……」


「あはは、それだけは勘弁してください、タケトさん。こればかりは生まれ持った性分ですので」


 武具づくりのために無節操に穴を掘りまくった結果、ゲルガンダールという街がすり鉢状の構造になっていることは先述の通りだ。当然、防衛拠点はそのすり鉢のふちをぐるりと覆うように作られている。

 特に魔族の領域の方角に対する防備は厚く、いくつもの尖塔がそびえ立って、日夜監視を続けているそうだ。


 俺、リリーシャ、ゲルマニウス、ついでに行きがけの駄賃で合流したラキアの四人が今いるのは、そのうちの一つ、大樹界の森の木を伐採して作ったと思われる陣地に駐留している魔王軍一万五千を一望できる、尖塔の最上階だった。


「それにしても、さすがにちょっと遠すぎて何をしてるのかまでは分からないか……」


「そうですね、本来は魔獣の襲撃を警戒するためにこの尖塔はありますから、存在さえ確認できれば十分なんですよ。ですが!そう言われると思いまして、私の工房で作っている最新式のぼうえ――」


「よし、じゃあこれを使ってみるか」


 そう言った俺がアイテムボックス機能のある竹の背負い籠から取り出したのは、大の男の二の腕ほどのサイズの竹の筒だ。

 太さの違うパーツを複雑に組み合わせ、両端にはそれぞれ大小のレンズがはめ込まれている。


 そう、望遠鏡だ。


 といっても、俺がやったのは望遠鏡のパーツを用意するところくらいで、後はせいぜい望遠鏡製作のノウハウを持つグラファスの要求通りに竹の部分の部品を加工したくらいのものだ。

 そうして出来上がったのが、全く同じ性能の試作品三本。

 その内の二本をグラファスに送り、一本俺用としてもらった物が、今この手にある望遠鏡だ。


 そんなことを思い出しながら、窓を開けて眼下の魔王軍へと対物レンズを向け、接眼レンズに目を近づけた。


 ……おお、よく見えるよく見える。

 いちおう完成直後に動作確認はしたが、本格的に使うのはこれが初めてだが、手を伸ばせば掴めそうなくらいに良く見えている。

 だが、さすがに魔王軍全体を見るには近すぎるので、グラファスから聞いていた望遠鏡上部にあるツマミで倍率を調整すると、見事に景色が遠ざかった。


 この望遠鏡は、一見元の世界のそれと変わらないように見えるが、実は内部機構の一部に魔法技術が使われているそうだ。

 倍率調整機能もその一つで、つまり一度故障したらゲルガンダールまで来ないと修理ができないということでもある。


 ……今度、望遠鏡用のケースも作っとくか。


 そんな風に気を散らしていたのが悪かったのか、少々刺激が強すぎる光景を目撃してしまい、思わず接眼レンズから目を離した。


「どうしたタケト、顔色が悪いぞ?」


「い、いや……たまたまオーク達の食事する様子が見えたんだがな、その中心で丸焼きになっていた食材のシルエットが、やけに足の長いブタだったんでな……」


「そ、そうか……あいつらは悪食だからな。極端な話、食えれば何でもいいという輩が多いらしいからな……」


「ちょ、ちょっとそれを貸してください、タケトさん!」


 俺とリリーシャが気まずい空気になっているところに、いきなりゲルマニウスがひったくるように望遠鏡を持っていった。


「こ、これは……!?なっ!こ、こんなに……ぬぐぐぐ……!!」


「あー、ゲルマニウス、そろそろ本題に入ってほしいんだが」


「……はっ、失礼しました。そうですね、今は非常事態でしたね」


 きっと最後のは製作したグラファスへの嫉妬なんだろうな、と思いながら望遠鏡を返却してもらうが、掴んでいるゲルマニウスの握力が強すぎて、受け取れない。


「あのー、ゲルマニウス?」


「……タケトさん、これを一体どこで?」


「グ、グラファスにもらったんだが……」


「いつ、どのようにもらったのですか?あと、制作過程について何か知っていることはありませんか?」


「さ、さあ?俺はもらっただけで、作り方についてはなんにも……」


「そうですか……後で本人に質す以外になさそうですね……」


 俺が製作に(直接)関わっていないのは事実だ。何一つ嘘はついていない。いないが……


 さっきの戦士としての狂気もそうだが、さすがはドワーフ族の元老を務めるだけあって、モノづくりへの情熱が半端じゃない。

 もちろん誉め言葉じゃない。

 ゲルガンダールを守る責任者の一人なんだからTPOは弁えてほしいと、切実に思う。


 そんな俺の願いが通じたのか、ノックの後に部屋の扉が開いて見覚えのあるドワーフの姿が現れた。

「おお、ゲルマニウス、待たせたな。お客人もいっしょか。ということは、参謀として招き入れたということだな。状況の説明は済ませたのか?」


「トラゼス殿。いいえ、これから始めるところです」


「なに、まだだったのか。まどろっこしいのう。ええい、ワシが説明してやる。全員座れ」


 トラゼスと呼ばれたドワーフの登場に動揺したのか、ゲルマニウスの力が緩んだので素早く望遠鏡を取り戻して、リリーシャの隣に座る。

 ちょっと残念そうな気配を見せたゲルマニウスも、小さくため息をつきながら俺の向かいの席に着いた。


 ん?ラキアはどうしてるかって?

 言うまでもなく、あいつは自由だ。今は尖塔からの景色に釘付けで、ずっと外を見ている。

 もちろんゲルマニウスにも説明してある。「基本スルーで」と。


「それでトラゼス殿、各種族の代表の方達は?」


「安心せい。全員無事で、ちゃんとしかるべき場所に避難させた。もちろん厳重な警備と治療魔法の使い手をつけた上でな」


「そうですか。ひとまず最悪の事態は免れたというところですね。それにしてはずいぶんと時間がかかったようですが」


「うむ。一部の方達が遊軍として参加したいと無理を申されてな……正直、説得の方に時間がかかったのだ」


「それは……光景が目に浮かぶようですね」


「特に例の方は、その昔大魔法の誤射でゲルガンダールの運河に穴を開けて、下層を水浸しにした前科があるからな……」


「……ご苦労様でした、トラゼス殿」


 ……うん、俺も同感だ。

 特に、某エルフ族の女王様とかは、嬉々として参加したがりそうだな。面白半分で。ほぼ間違いなくその前科者だろうし。


「ほほほ、ごめんなさいね」


 うん、当時の光景が目に浮かぶ。

 トラゼスさん、グッジョブ!!


「それから、下の戦士団本陣にも寄って、アンゲスとトゥーデンスにも話を聞いて来た。斥候からの情報を総合するに、やはり魔王軍はゲルガンダールを攻める動きも、逆に退却する動きも全く見せていないそうだ」


「では、何かを待っているとしか考えられませんね……」


「うむ。アンゲスもトゥーデンスも同意見でな、とにかく斥候の数を増やして魔王軍の意図を何としても暴き出すと言っておった」


「ご主人様!そのボーエンキョウとやらを貸してくれ!もっと遠くを見てみたい!」


「はいはい、後でちゃんと返すんだぞ?」


「わかった!」


「では、今のところは斥候の報告を待つ以外にないのですね……」


「うむ……ところでゲルマニウスよ、あの空気を全く読まぬ娘は何なのだ?」


「タケトさんの従者だそうです。気にしないでいいそうですよ」


「そ、そうか……」


 若干顔をひくつかせながら頷いたトラゼスさんだったが、やっぱり完全スルーとはいかなかったようで、じろりと俺の方を見てきた。


 ……いや、言いたいことは分かるが、あのラキアを制御できるもんならとっくの昔にやってるよ。


 そんな無言のやり取りがどう作用したのかは知らないが、不意にトラゼスさんが何かを思い出したような素振りをした。


「おおそうだ、斥候の報告で一つ気になるものがあったと、アンゲスが言っておったぞ」


「ほう、どんなことですか?」


「なんでも、魔王軍の陣地に隔絶された一角があって、そこにエルフやら獣人やらの捕虜が大勢集められているとか」


「ふむ……?妙ですね。今回の魔王軍はほとんどがオークです。そんな彼らが目の前の御馳走に手を付けることもなく捕虜にしたままとは……」


「引っかかるのはそこだ。念のため確認したが、悪食で有名なオーク共が捕虜に手を付けた形跡が今のところ見られないとのことだ。これは指揮官からの手出し無用の厳命がない限り、あり得ぬ話だ」


 そう言えば、俺もオーク同士で仲良く食事を楽しんでいる(?)光景を今さっき目の当たりにしたな。

 いくらオークでも、仲間に手を出す前にまずは捕虜に目が行きそうなもんだが……


 ん?捕虜?


 おいおいおいおい、まさか……


「ゲルマニウス、トラゼスさん。ちょっと突拍子もない質問かもしれないが、答えてくれると嬉しい。例えば、死霊魔法でアンデッドビーストを呼び出そうとした場合、条件さえ揃っていれば、死霊術師以外でも呼び出せるものなのか?」


「なに、アンデッドビーストだと。なぜ今、そのような話が出てくる?」


「いいから答えてほしい。下手をすると、一刻を争う事態かもしれない」


 唐突に真剣な態度になった俺に面食らったかのようなトラゼスさんの代わりに、ゲルマニウスが口を開いた。


「え、ええ、理論上は可能です。ただし、要となる魔法陣や一部の素材の錬成、生贄の用意、素体となる魔獣の死体など、普通の魔導師では用意できないものが多いので、実際に行うとなると極めて難しいですが」


「じゃあ、その必要なものをほぼ準備し終わってるとしたら、どうだ?具体的に言うと、あそこにいる捕虜を生贄にする予定で、あの辺りに大魔獣の死体が埋まってたりしたとしたら?」


「っ!?トラゼス殿、あの辺りには確か……!」


「すぐに本陣に……ええい、階段では遅いか!」


 そう言ったトラゼスさんが、望遠鏡に夢中で窓に張り付きっぱなしのラキアを押しのけ、開いている窓から躊躇なくその身を躍らせた。


「なっ!?」


「ちょっ!?」


 ――ドスウゥゥン


 思わずその後を追うように窓から身を乗り出して地面を確認するが、なんとトラゼスさんは何のケガも感じさせずに見事に地面に着地した後、何事もなかったかのように戦士団の本陣に向かって走り去ってしまったのが遠目にわかった。


 ハイドワーフっていうのはつくづく規格外の存在だな、と驚き半分、呆れ半分に思ったその時、


「ご主人様、何か光ってるぞ!」


 頬が触れるほど近くに居たラキアの指さす方向を見た瞬間、俺は悪い予感が的中したことを知った。


「……まずいな」


 その色には見覚えがあった。

 すでに太陽が昇って久しいというのに、邪悪を体現したかのような黒。

 さらには、日光を押しのけるような峻烈な輝きが辺りを支配しているという矛盾。


「あれはまさか、文献でしか見たことのない死霊魔法の禁術、反魂の秘法の光!?」


 しかも、セーン一族の集落で見たものよりも強く大きく輝いている。

 もしあの光と同等のサイズのアンデッドビーストが出現したら……


「ご主人様、魔王軍の様子がおかしいぞ!」


「なんだと!?」


 どうやら少々冷静さを欠いていたらしい。

 ラキアにそう指摘されるまで黒の輝きに気を取られていた俺は、ラキアが持っていた望遠鏡を返してもらうとそちらの方角へと向けた。


 いや、望遠鏡がなくとも状況は理解できたかもしれない。

 むしろ見なければよかったと思うほどの地獄絵図が、魔王軍を襲っていた。


「やはり、こうなりましたか」


 同じく窓から見ていたゲルマニウスが、苦悩と憐みの眼を見せていた。


「ゲルマニウス、あれはいったい……?」


「タケトさんにもすでに推察はできているかもしれませんが、術の失敗です」


 望遠鏡越しの俺の視界には、もはや軍の体を為していないオーク達が陣地の中を逃げ惑う光景が映し出されていた。

 いや、それだけならどんなによかったことか。

 視界に入っていた一体のオークが突然苦しみ出したかと思った瞬間、全身から血を噴出させながらその場に倒れ伏し、動かなくなった。

 そんな惨劇が魔王軍の陣地のそこかしこで起きていた。


「私は死霊術に関しては門外漢なので断定はできませんが、あの辺りの地中深くに眠る大魔獣の死体を魔王軍が本当に利用しようとしたのなら、おそらく原因は生贄の不足でしょう」


「不足?」


「ええ。本来の反魂の秘法は、生贄の他に大地の龍脈から魔力を得て発動すると記憶しているのですが、ここはドワーフ族が長年支配してきたゲルガンダールです。当然、龍脈の力を借りることなどできません」


「なんだ?じゃあ、魔王軍の死霊術師はアホなのか?」


 いきなり口を挟んできたラキアだが、これには俺も同意見だ。

 どういう経緯か知らんが、反魂の秘法を発動した魔王軍の術者は、死霊術師としての初歩すら知らなかったことになる。

 その結果、魔王軍一万五千が壊滅状態に陥っているのだから、アホ呼ばわりの一つもしたくなるのが人情だろう。


「……あるいは本当に知らなかった。もっと言えば、騙されて術を発動したのかもな。例えば、高位の死霊術師のシャクラに」


「あり得ますね。己の目的のためなら、同胞であるはずの魔族を犠牲にすることくらい、あの死霊術師なら考えそうなことです」


 種族が違うとはいえ、他人の尊厳なんて微塵も考えちゃいなかったシャクラのことだ。魔王軍一万五千なんて手駒くらいにしか考えていなかったことは容易に想像がつく。この場合は手駒どころか生贄だが。

 そして、ゲルガンダール攻略の手柄を独り占めにするには、魔王軍には全滅してもらった方が都合がいいと考えてもおかしくない。

 そう、例えば死霊魔法の発動に失敗するとか。


「ん?ならば術は失敗するのだろう?魔王軍が自滅するだけなら、これですべて解決なのではないのか?」


 いつもはアホな子のくせに、時々ラキアは鋭いことを言う。

 俺も気になっていたことだが、ゲルマニウスの厳しい表情を見る限り、そう簡単に事は運ばないらしい。


「ええ、通常なら術は完成せずに生贄が犠牲になるだけでしょう。ですが、その近くに居た魔王軍一万五千が龍脈の代わりを果たせば話は別です。そして用意周到に私達の裏をかいたシャクラなら――」


 その時、前方の黒光が一際強く輝いたかと思うと、不意に消滅した。

 その代わりに、そこに在ったのは――


「でかいな!」


「恐れていたことが現実となったようですね……」


 この世界に疎い俺には、アレがどんな名前の魔獣なのかは知らない。

 ただ、元の世界でそっくりな動物を図鑑で見たことがある。


 灰色の皮膚に長い四つ足。薄い膜のような耳は大きく、何より目を引くのは地につきそうなほど長い鼻と両脇に生える同尺の二本の牙。

 ただ一つ違うのは、あれがすでに死んでいて、行きとし生ける者達全ての敵だという厳然たる事実だ。


 元の世界で象と呼ばれている、しかし桁違いのサイズのアンデッドビーストが、魔王軍の陣地に出現していた。


 まったく、死霊術師ってのは死んだ後も厄介極まる存在だな。

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