第117話 ゲルマニウスと会った


「……ケト、タケト!大丈夫か!?」


 後頭部に柔らかい感触を憶えながら、リリーシャの切迫した声に目が覚める。

 そういえば戦いの最中だったなと記憶を揺り起こして、呼びかけに応えた。


「……ああ、なんともない、と思う。それより、俺はどれくらい気絶していた?」


「ほとんど時間は経っていない。お前が吹き飛ぶのを見て駆けつけてから、すぐに目を覚ましたからな」


「そうか……ところで、そろそろ起きたいんだが、俺の頭を抱えてる手を離してもらってもいいか?」


「む、私の膝枕は不満か?」


「いや、そういうことじゃ無くてだな……」


「冗談だ。今日はこのくらいで勘弁してやる。この続きは近いうちにな」


 この続きってなんだ!?


 なんてことを思いつつ、名残惜しくもリリーシャの太ももから解放されて起き上がった俺は、爺ちゃんから叩き込まれた行動の一環として、体に異常が無いか各部を動かして確認する。


 ……よかった、どうやらちゃんと受け身を取れていたようで、何の問題もない。

 正直、結界として生やしていた竹のどれかにぶつかっていたら、骨折どころじゃ済まなかったからな。

 あの時は、リリーシャを含めて周囲の被害を抑えるために必要だと思ってやったことだが、少し考えが足りなさ過ぎたか?

 まあ、過ぎたことを言っても仕方がないし、こうして無事だったんだ。次に生かすために反省はしても、過剰な後悔は為にならないし、してる場合でもないか。


「俺のことよりも、リリーシャの方は大丈夫か?」


「ああ、お前が張った結界のお陰で、精々強めの衝撃波が通体を襲った程度で済んだ。まあ、こんなことは論より証拠だ。周りを見てみろ」


 そう言われて一安心して、改めて議場の中を見回してみると、一か所だけ明らかにさっきと様変わりしているところがあった。


「破壊、というよりは、ピンポイント爆撃の跡みたいだな……やべえな」


 もちろん、その箇所とは魔核爆発寸前のシャクラをを倒した場所のことであり、議場の床どころかその下の地面まで深々と抉れていたことから、俺が気絶した際の威力のすさまじさを物語っていた。


あれじゃシャクラの肉体は……確認するまでもないし、する術もないか。


「おそらくはシャクラの魔核かタケトの力のどちらかが上回り、竹の結界で外への圧力が抑え込まれた結果、あのような小規模で強力な爆発に至ったのだろう。万が一爆発に直接触れていたら、今頃タケトの命はなかっただろうな。吹き飛ばされたのは最良の結果だったかもしれん」


 うーん、竹の短刀といい結界といい、やっぱりぶっつけ本番すぎたか。

 俺もリリーシャも一応無事だったんだ。改善の余地はあるが、上出来だと言うべきなんだろうな。


 っと、反省はこれくらいにしとかないとな。今は行動の時だ。


「で、これからどうするタケト。当初の目的は、シャクラを討ったことで達成したわけだし、後はゲルガンダール側に任せて様子を見るという手もあるが……」


 口ではそう言うリリーシャだったが、心の内では含みのあるような雰囲気を出していることはすぐに分かった。

 もちろん、その理由にも。


 っていうか、これだけ分かりやすい怯えた気配を出していれば、壁越しだろうがなんだろうが関係ないんだけどな。


「そこに居るのは分かってる。出てこないのならこちらから行くぞ?」


「お二人ともご無事ですか!」


 リリーシャが壁の向こう側へ声をかけて隠し扉がゆっくりと開くのと、さっきまで議場に居たドワーフの元老の一人が衛兵隊を引き連れて正面扉からなだれ込んできたのは、ほぼ同時のことだった。






「……すでに事は敗れたのだ。今更逃げる気も、抵抗する気もない。殺すなら殺せ」


「残念ですヤングル殿。あなたほどの方が外法の死霊術師と手を組むとは……あなたの処遇は、この危機を乗り切った後に、ゲルガンダールの掟に従って決めさせていただきます」


 そう宣告したドワーフの元老の合図で、二人の衛兵に議場の外へと連行されるヤングルと呼ばれたドワーフ。

 その後ろ姿を見届けた後、ドワーフの元老はこっちに向き直っていきなり頭を下げた。


「先ほどは本当に助かりました。おかげで手遅れになる前に危機に対処することが出来そうです。名乗るのが遅れましたが私は――」


「その先は必要ないぞ、ゲルマニウス殿。貴殿の名を知らずして、このゲルガンダールに居られるものか。もちろん、このタケトも含めてな」


 ……いや、普通に知らなかったんだけど?

 覚えてるのはドワーフ族のリーダーが四人の元老だってことくらいで、名前まではフォローしきれてないぞ?

 ついこの間まで黒曜のことで目の敵にしてたと思ったら、最近やけに俺への評価が爆上がりしてやしないか、リリーシャよ?


 そんな風に呆気に取られている俺の心情を知ってか知らずか、ゲルマニウスは穏やかな笑みで頷いた。


「それは光栄なことです。誠に無礼かと思いますが、私の方でも人を使ってあなた方のことを調べさせていただきました、クロハ一族頭領リリーシャ殿。そして、ライネルリス殿の異種族の御友人という、極めて特異な立場をお持ちの人族の青年、タケト殿。聞けば、かなりの腕前の持ち主とか」


「あー、気を遣ってくれるのは嬉しいんですが、すぐに本題に入ってくれて構わないですよ。こっちも仲間の安否を確かめに行きたいんで」


「……そうですね。この状況下、話の早いことに越したことはありませんね」


 一種の思考の後、頷いたゲルマニウスは幾分か顔を引き締めながら話し始めた。


「タケト殿とリリーシャ殿もご存じかと思いますが、ゲルガンダールの内部に突如出現したアンデッドが引き起こした混乱は、徐々にですが収束に向かっています。被害の確認や葬儀のことを考えると事後処理の方が頭の痛い問題ですが、今はひとまず置いておきましょう。目下の問題は外の脅威です」


「外?」


「はい。現在のところゲルガンダール外周部の一角をオークを中心とした魔王軍一万五千が布陣し、このゲルガンダールを攻め落とそうと狙っています。ですが、それ自体は特に問題ではありません」


「だろうな。その程度の数の力押しでゲルガンダールが落とせるなら、とっくの昔に魔王軍に滅ぼされているはずだ」


 俺の考えを代弁するかのように、ゲルマニウスに相槌を打つリリーシャ。

 当然だ。いくらゲルガンダールが守りにくい造りとはいえ、そこに暮らしているのはほぼ全員が戦士として戦えるドワーフ族だ。

 自分達で鍛え上げた強力な武具を山のように持っている上に、仲間や家族をアンデッドにされた恨みをぶつけようと士気も上がっているはずだ。

 聞いた限りでは、現状魔王軍の勝ち目は限りなく薄い。


「おそらくは、ゲルガンダール内部をアンデッドの急激な増殖で壊滅に追い込んだ後に、外周部に待機している魔王軍で悠々と占領するつもりだったのでしょう。むしろ魔王軍は、残存するアンデッドの掃討が主目的だったのかもしれません」


 だが、その企みは失敗した。

 アンデッドによる混乱は早々に収束し、本命のシャクラによる大樹界会議急襲も不発に終わったからな。

 なら、なんで……


「問題がないのならば、すぐにでもゲルガンダールの戦士団を出陣させて魔王軍を威嚇するなり蹴散らすなりして追い払えばいい。破壊工作が失敗した上に、ここは亜人の勢力圏の真っただ中だ。戦士団を一当てするだけで退却するだろう」


 もっともなリリーシャの意見に、ゲルマニウスは穏やかな笑みを浮かべた。


「ええ、本来ならば、私もすぐにでも出陣して外にいる魔王軍を全員血祭りに上げたいところなのですが」


 前言撤回。

 アレは穏やかな笑みじゃなくて、噴火直前の活火山が内部にマグマを限界まで溜め込んでいるような、、自分の街を攻撃された怒りを理性を抑え込んでる表情だ。


 ……すっかり忘れていたが、目の前の一見人の良さそうなドワーフって、あのドンケスの弟なんだよな。つまり、少なくとも三百年前までは前線で戦いまくってた歴戦の戦士でもあるってことだ。

 人を見かけで判断しちゃいかんってことだよな。

 いや、ドワーフの見かけをうんぬん言えるほど、知ってるわけじゃないんだが。


「だからこそ不気味なのです。万を超える軍の指揮官ともなれば、ドワーフだろうと魔族だろうと、その考え方にさほど違いはありません。もはや勝てる見込みのなくなった戦場に留まり続ける愚を理解できないはずがないのです。それでも今なお動かないというのであれば――」


「魔王軍にはまだ切り札が残されているかもしれない、ってことだな」


「ええ、それが私の推測です」


 俺の言葉に、ゲルマニウスが大きく頷いて見せた。

 我が意を得たりとばかりに話を続けようとするゲルマニウスだったが、リリーシャの手がそれを遮った。


「待て。なぜそのような軍事機密ともいえる情報を、私達に教える?確かに貴殿らの窮地を救いはしたが、それはあくまで余所者のお節介に過ぎない。何か魂胆がなければ、そもそもこんな話などしないはずだ」


 そうリリーシャに言われるのを予測していたのか、ゲルマニウスの返事は単純で明快なものだった。


「残念ながら我らがゲルガンダールは、戦略面で魔王軍に大きく後れを取っているのが現状です。幸いなことに今は圧倒的有利な立場にいると思われますが、窮地に追い込まれている魔王軍と同様に、万が一にもこの地を落とされるわけにもいきません。そこで、タケト殿とリリーシャ殿には我が軍の本陣に入っていただき、色々と助言をしていただきたいのです」


「馬鹿な、ゲルガンダールほどの都市なら、優秀な参謀がいくらでもいるだろう」


「いえ、聞けばお二人は、ゲルガンダールに至るまでに魔王軍との戦闘を幾度もこなされてきたとか。永く魔王軍との相互不干渉を貫いてきた私達にとって、貴重な生きた知識と経験をお持ちなのです」


「だからと言って、今すぐに返事をできるものでもないのは分かっているはずだ。雇用契約を結ぶというのならせめて最低限の条件を――」


「そのくらいにしておいてやれ、リリーシャ」


 俺はリリーシャの肩に手をやって止めると、軽い感じの口調を意識しながらゲルマニウスに言った。


「いいですよ。どうせ乗り掛かった船ですし、決着を見届けたい気持ちもあるんで」


「おお、それではさっそく――」


「ただし、一つだけすぐにでも呑んでもらいたい条件があります」


「……最大限善処することはお約束します」


 緊張の面持ちで待っているゲルマニウスには悪いが、俺の要求は本当に大したことじゃない。


「友達になってください」


 相手がお偉いさんだろうが何だろうが、極力肩ひじの張った付き合いってのは御免蒙ごめんこうむりたいんだよ。

 特に、どんな形であれ共に戦場に赴こうというのなら、なおさらにな。

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