第115話 アンデッドと対峙した 2


「クハハハハ!あれだけの大きな口を叩いておきながら、人族ごときが『ガングルクス』と正面から打ち合うとは!自殺志願者でももっと賢い方法を取りますよ!」


 そんなシャクラの嘲りを聞き流しながら、俺は小細工なしでドワーフのアンデッドへと突撃した。


 ――当然、戦の素人のシャクラに言われなくとも、パワーが売りのドワーフと力比べをして勝てるとは微塵も思っていない。しかも相手は、ドンケスやグラファスと比べても遜色ないほどの大戦士らしい。どう見ても余裕をかませるような相手じゃない。

 だが、人並み外れた力を持ってさえいれば最強の戦士足りえるのか、と聞かれれば、答えは決まっている。


 否。

 例え腕力で大きく勝っていようとも、を極めた非力には決して勝てはしない。



 ガン! ガガン! ガガガガッガガガガガガガ!!



「クハハハハ!そうです!その勢いで愚かな人族の武器を、腕を、体を、そしてその心を完膚なきまでに破壊した後に命を奪ってやるのです!それでこそ私の作り出した……?」


 武器と武器が連続してぶつかり合う音の中でシャクラの勝ち誇る声が木霊していたが、不意にその声が止んだ。

 理由は言うまでもない。俺がドワーフのアンデッドに倒されるというシャクラの想像が、現実のものになっていないからだろう。


 ガン! ガッガガ! ガガガガン!!


「な、なぜ、どうなって……まさか『ガングルクス』と同等の肉体の持ち主だと言うのですか!?そんなバカな!」


 もちろん、そんなバカなわけがない。

 そう思いながら、触れただけで岩をも粉砕しそうな、フルプレートの鎧から分離した鋼の槍の頭上からの一撃を、赤竜棍を合わせることで、勢いを殺しつつ弾き返す。


 そう、相手と俺の筋力の差が十対一なら、相手が一未満の力しか出せない段階で止めてしまえばいい。


 武器の扱いに関して素人のシャクラには、一見互角の打ち合いをしているようには見えるだろうが、実際はドワーフのアンデッドの強みを完全に封じる戦い方をしているだけだ。

 言ってしまえばただそれだけのことなのだが、もちろん実際にやるとなると、事はそう簡単ではない。


「…………ちっ」


 ガン   ガァン   ガァン!!


 ドワーフのアンデッドの攻撃の感覚が長くなる。

 だが、こちらが有利な状況になっているわけじゃ決してない。

 一振り一振りが遅くなったんじゃない、重くなったんだ。


 ガアン!   ガアァン!   ガギィン!!


 これまでの腕力に任せた振り回しの乱舞から、より必殺の一撃を意識した、腰を入れた振り下ろし。

 もちろん、総鋼の槍に力が乗る前に俺の阻害の攻撃が届いて失敗させるわけだが、さっきまでのラッシュを捌いていた時よりも数倍の体力と精神力が削られていくのを感じていた。

 だが、視界の端のシャクラの未だに動揺が収まっていない様子を見る限り、奴が命令を出しているわけじゃなさそうだ。

 つまり、あのドワーフのアンデッドが生前の経験を元に、自発的に戦い方を変えてきていることになる。


 ……なるほど、言うだけのことはあるじゃないか。


 当然、この状況を打破するためには、多少無理をしてでも俺の方から攻撃を仕掛けるしかないのだが、そこにも一つ大きな問題が存在している。

 と言っても、今の段階ではただの予測に過ぎないので、一度相手の槍の間合いをこじ開けて確かめてみるとしようか。


 ガッッ   ガギイィィン!!


 連撃の中に一度だけ五割増しの力を籠めることで、ドワーフのアンデッドが持つ総鋼の槍の穂先を大きく跳ね上げる。

 そしてがら空きになった胴に横薙ぎの赤竜棍の一撃を加えようとしたその時、槍と全く同じ輝きのフルプレートに魔力がみなぎるのを感知した。


「ちっ!」


 全身の筋肉が悲鳴を上げる声を全力で無視した俺は赤竜棍を振るう体を無理やり急停止させ、骨のきしむ音を聞きながらその反動を利用して一気に後ろに飛び下がった。

 そこから体一つ分移動したその刹那、空気を切り裂く音が俺の喉元を一瞬掠め、そのまま何もない空間を穿った。

 死の淵からの危機から何とか距離を取った俺の目に映ったのは、平らだったはずのフルプレートの胸の装甲からまるで取ってつけたように出現している、ドワーフのアンデッドが持っているものと瓜二つの形状の槍の穂先だった。

 予想外の一撃を躱した俺は、一度距離を取るためにそのまま間合いを開けようとしたが、文字通り鎧から出現した刺突に完璧に合わせるように放たれるドワーフのアンデッドの総鋼の槍の追撃がそれを許さない。

 結局、さっきと全く変わらない展開にせざるを得ないと割り切りながら、ドワーフのアンデッドの機先を制するために、再び赤竜棍を振るい始めた。


 隙のないドワーフのアンデッドの攻撃。それを掻い潜ったとしても鎧から生える第二の槍による迎撃。

 あの槍を赤竜棍で叩き折るという手もないではないが、あの総鋼の槍の強度に対してイチかバチかで試すのは少々ギャンブルが過ぎるってものだろう。


 ……さて、どうしたもんか。


「タケト!」


 再び連続する打撃音の中に、リリーシャの俺の名を呼ぶ声が割り込んでくる。

 黒曜に忠誠を誓っている彼女が純粋に俺の心配をしている、というよりも、単純にこのままでは俺にはあってドワーフのアンデッドにはない、体力の限界という幕切れを危惧してのものなんだろう。

 俺の名前だけを叫んで具体的な指摘をしなかったのは、未だに状況を掴めていないシャクラに気づかれないためか。

 もちろん分かっている、という意味を込めて、一瞬のスキを突いて片手を上げて返事をしたその頭で考える。


 やはり最大の問題は、あの総鋼の槍と穂先が飛び出すフルプレートを掻い潜った上で、アンデッドの心臓部にあるコアを破壊できるかという点だ。

 アンデッドになりながらもなお残る熟練した技量を突破するのはもちろんのこと、特に厄介なのは無詠唱で自在に形状を変えられるフルプレートの存在だろう。俺が全力の一撃をあのフルプレートに打ち込むのは当然としても、仮に胸部装甲を変化させて今の二倍三倍の厚みにされたら、コアを破壊するどころかこっちの赤竜棍の方がおかしくなりかねない。


 ………………仕方ない、不本意極まりないが、アレを使うか。


 そう決意した俺は、ドワーフのアンデッドが持つ槍に一際強い力で赤竜棍を叩きつけると、その反動を利用して間合いの外に飛び退った後、シャクラに告げた。


「遊びは終わりだ。次の一撃で決めてやる」


「ほう、時間稼ぎをするつもりはないということですか。その覚悟に免じて『ガングルクス』にも小細工なしで正面から受けるように命令してあげようではないですか。さあ来なさい人族の青年よ、そして、決して超えられない格の差というものを思い知りながらあの世へ行きなさい!」


 そのシャクラの叫びが上がった瞬間、呼応したようにドワーフのアンデッドの体が何倍にも膨れ上がったかのような錯覚を覚えた。

 いや、単なる錯覚じゃない、膨れ上がったのは体そのものじゃなくその中を流れる魔力――


「気を付けるタケト、来るぞ!」


 リリーシャに言われるまでもなく意識を集中する。

 その瞬間、これまでの力強くもお世辞にも俊敏とは言えないドワーフのアンデッドが、俺めがけてはじけるような速さで突撃してきた。


 一段、いや、二段ほど跳ね上がったそのスピードに、即座に俺は回避と防御の選択肢を捨てる。

 避けようとしても追いつかれるし、竹槍で受けたとしてもこの体ごと押しつぶされる。


 なら――


 重要なのはタイミング。

 遅すぎれば、良くて相打ちにしかならない。かといって、早すぎればこちらの意図を感づかれてしまう。


 だからこそ――


「そこっ!!」


 そう叫んで突き出した竹槍の切っ先は、しかしドワーフのアンデッドの体に達するにはまだ三メートルほどの距離がある。

 そのことを知ってか知らずか、直後に振りかぶっていた己の得物で俺を薙ぎ払おうとしたドワーフのアンデッド。


「ヒャハア!」


 そんな奇声を上げたシャクラがドワーフのアンデッドの勝利を確信した瞬間、今まさに振り下ろされようとしていた総鋼の槍の動きが、その持ち主の体ごと強制的に停止させられた。


 ――腕が伸び切る瞬間に俺の手から離れていた竹槍の打突によって。


「んなっ!?武器を手放しただとっ!?」


 シャクラがそう叫ぶが、当のドワーフのアンデッドは事態が飲みこめていないようで、未だに動きが止まったままだ。



 知らないのか?

 一流の侍ってやつはな、己が武器にこだわらない奴のことを言うんだよ。



 そう在りたいという願望も込めながら、俺は腰に手を回してそこに収められていたものを鞘から逆手で引き抜き、抜く手も見せずにドワーフのアンデッドの鎧の隙間、右脇の辺りから心臓の代わりに位置するアンデッドの核目掛けて突き通した。


「バ、バカなああああああ!?……い、いや、その程度の長さの刃物では『ガングルクス』の分厚い筋肉を突破することは、いえ、それ以前に、マギ・イモータルウォーリアの核を破壊するのは不可能!!ク、クハハハハハハ!!愚かにもドワーフの頑丈さを見誤りましたね!!」


 確かにシャクラの言う通り、俺が使用した得物は、生き物の胴体を貫ける刀のような長柄の武器じゃない。

 俺が腰から引き抜き、ドワーフのアンデッドの心臓に突き刺そうとしたのは、短刀。

 残念なことに、この短刀ではアンデッドの核に届かないという、シャクラの言い分は正しかった。


「やれ、『ガングルクス』!!」


「タケト!!」


 シャクラとリリーシャの叫びが同時に響く中、それでも俺は短刀から手を離さない。


 勝負はもうついたからな。



「竹田無双流魔導小太刀術奥義、虎狼牙」



 カッ   ドオオオオオオオオオオオオン!!


 その瞬間、俺が短刀に込めた膨大な魔力がドワーフのアンデッドの体内で爆発、その頑強な上半身を鉄壁の鎧ごと吹き飛ばし、飛び散る体液を蒸発させながら白い光を放出させた。


 カンカラカラーーーン


 そして白の閃光が収まった後に残されたのは、議場の床に落ちた総鋼の槍と、下半身だけが崩れ落ちたドワーフのアンデッドのなれの果て。そして、胴の杖を取り落とし、自我を失ったかのように呆然と立ち尽くすシャクラの姿だけだった。



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